九話 『試験』内容
「じゃあまずは俺様の話を聞いて欲しいんだぜ!」
そう言って、大きなスプーンで皿の上にあった米をすくい上げ、口に入れて丸呑みしてから(どんな芸当だよ……)
「一応な、サンプル? っつうか、お前らの情報は、いくらか俺様たちが持っているっていう、そういう察しはついているのぜ?」
「まあ、はい」
それは察しが付いている。あまりにもボクら四人を知っているんだから。何か情報を得ていないと――知っていないとおかしい。
「察しが付いているなら嬉しいぜ。だけどな、意外とお前らのことはまだ分かっていねぇんだぜ。まあだから言っちゃあなんだけど、俺様はお前たちにも興味が少し湧いてきたから、できる限りお前らや、天才の二人の性格とか、過去とか、それらをもっと知りたいんだぜ!」
「まあ、できる範囲まででならお話しますよ」
できる範囲……もちろんボクと歩美の根底の部分は絶対に話す気はないが。
それよりも。左助はボクに、ボクらの情報を聞きたいと言ってきた。ならば、これを利用するしかない。御恩と奉公――ギブアンドテイク。ボクの情報を知りたいのなら、相手の持っている情報を知ることができる。
「その前に、左助さん。ボクらの情報を提供するにあたって、貴方たちの企んでいる『試験』のヒントをくれますか?」
「ああ、良いぜ!」
意外とあっさり要求を飲んだと、ボクが思うのもつかの間、「ただし」と、左助は付け足して、
「先に質問をするのは俺様だぜ。いいな?」
「はい……」
「おいおい、怪しい目すんなって。もしも俺様がお前の要求を聞かなかったらナイフでもなんでもこの食堂から持ってきて俺様を襲えばいい。右助
「ああ、いいさ」
遠くから、すべての会話内容を聞いていたのか、右助は了解した。おかしいな、美華と涼が口喧嘩をテーブルの端と真逆の端でしているから(ギリギリ声を荒げてはおらず、なんか凡人の罵倒大会の数段上をいくような罵倒を浴びせ合っていると凡人のボクでも分かる)、ボクらの話していた内容全ては聞こえていないだろうに。左腕がない分聴力が敏感になる……とかあるのだろうか?
というか。それより。左助がそれほどの覚悟を持っているレベルでの情報提供――情報交換を提示してきたのは正直言ってこちらにはとてもありがたいことだけど、それはそれで何が裏がありそうで怖い。
「ということだから、さっそく質問だぜ! ずばりっ! 回帰人折と能登歩美の関係ってどうなんだぜ?」
「どう? いや、別に普通の凡人同士で、普通の幼馴染だよ」
「いやいや。いやいやいやいや。俺様はそういう当たりも障りもないような答えを求めているんじゃないぜ。お願いだからそういうことは理解してくれよな。
うーん。お前が質問の穴でも見つけ出そうとしているのなら、それを突けない質問をすればいいってことか」
左助は知りたがっている。ボクと歩美の過去に起きたことを知りたがっている。…………マズイな……。
「お前と歩美との二人の過去には何か途轍もない壮絶な過去があるのぜ? もしそうであれば教えて欲しいのぜ」
したたかだ。言動と打って変わってやり口が違う。これが、有原財団の息子。ただの金持ちではないということだ。
どちらにしても。ボクと歩美のその部分を――過去の部分を曖昧にしなくてはならない。そのためには、話の方向を、話のベクトルを消すのが手っ取り早いはずだ。
「壮絶な過去? ボクのような凡人にそんな壮絶な過去なんてあるわけないじゃないか。
壮絶な過去ってのは凡人よりも天才にあるもののイメージが強いでしょ? だから、ボクにそんな壮絶壮大で激烈な過去なんてあるわけないじゃないですか――」
「いいや、ある」
ぐっとボクの方に距離をつけて真紅の瞳を再び見せつけてくる。でもまあ眼帯の方を向けばいくらかマシ……いや、それはできそうにない。
「俺様の眼を見ろ」
こいつは終わっている人間として出来上がり過ぎている。すでに、右腕でナイフを持っていた。そのままボクの瞳に刺しそうだ。左助の命令に背けばボクは眼が抉り取られる。それを心で理解した。
しかしこうなると話はさらにややこしくなる。ボクに害をなす敵がいれば歩美は本当に人を殺す。
「やめろ、歩美
左助に牙を剥きかけていた歩美を、言葉で抑える。
「アイツのその異常な反応。そんでお前の反応も中々異常だぜ。やっぱり何かあるよな? 壮絶な過去が。それは今俺様に答えられないほどのことなのぜ? それとも事象としてはどうでもいいけど、その過去は自身の胸にしまいこんだとかっていう最高にどうでもいい理由か? どっちだ? どちらなのぜ?
お前と歩美の間には壮絶で壮大な過去が間違いなくあるよな。"ちゃん"を付けるだけで狂いかけている歩美を制し、そしてその本人はと言えば人間性を失いかけている。人間として維持するためにお前のようなヤツが必要というのなら、それは能力とかではなく、過去に何かあったときに二人で一緒にいたからだ。そのときに一緒にいたから、天才よりも凡人に寄り添ってしまったアイツが出来上がった? 違うか? ……違うのぜ?」
これ以上……ボクと歩美の間に部外者の侵入を許してはいけない。この距離なら、眼の一つ程度はこちらも抉ることができるだろう。代わりに、目の前にちらつくナイフが眼に刺さってボクの眼も一つなくなるだろうが、金持ちに対してそこまでのことができるのはこの状況ぐらいじゃないか? そうするとボクもワクワクするな。人を――
「人折さんを殺してはいけない、左助」
「……。……あぁ、悪いぜ右助
ああ。
なんだ。
武力に武力で対抗せずとも、案外何とかなるじゃないか。
「大丈夫だよ、左助さん。ボクはケガも何もなかったんだから」
「いや、お前が謝ることは無いぜ。変な考えが
謝る左助。その態度からか、ボクの思考はクリアになる。客観的に物事を捉えられるようになる。
もしや、これはチャンスなのではなかろうか?
散々ボクたちの真実に迫ってきた左助から、『試験』の内容を少しでも知る機会になるんじゃないか?
「左助さん。『ボクらを襲おうとしたこと』、これを質問してきたという傲慢な置き換えをして……、それでボクが左助さんに質問をする。それでもいいですか?」
「見かけによらず、中身は腹黒いよな、お前。まあいいぜ! 俺様がお前らにいろいろ迷惑かけたのは間違いないんだ、聞いてやるぜ、質問。
ただし、すべてを教える気はさらさらねえけどな!」
「ハハハ!」と、笑う。そのあと片腕のみを器用に使い巧みに食べ物を口に運んで食べていた。片腕だけになると腕の精密度も上がっているんだな、スプーンを何回も回すという無駄のない無駄な動きをしながら口に食べ物を運んでいた……よく食べ物が落ちないものだ。まあそれはいいや。
今は千載一遇と言えるほどか分からないけど、兎にも角にもこの好機を逃すわけにはいかない。
質問。恐らく『試験』の核心をつける質問はできないだろう。回答を拒否されかねない。
それならば。
「質問です、左助さん。
『試験』で何か……ボクらに伝えることが可能な程度で、かつその中で一番重要な情報を教えてください」
これが、一番だろう。少なくとも、ボクという凡人の考えでは、こんな質問がベストとしか思えない。
この質問で、『試験』という存在は即ちどういうものか? その一部分が分かるだけでもボクは満足する。天才二人が満足するかは別だけど。
「可能な程度……可能な程度……か。けっこうそれはアバウトな質問だぜな。回答を提示しにくいのぜ。
だけどその類の質問は俺様でも処理してはいいはずだから、有力な情報を教えられるはずだぜ」
その類の質問なら左助でも答えることが可能? もしかして、質問によっては有原小島の住人で話し合って回答したり、あるいは右助しか回答してはいけないルールが作られているのか?
いや、そんなチャチなものであればいいけど。でもまあルールはあるのか。
有原小島の住民を殺そうとすれば世界外の
世界の法よりもかなり酷い法律ではあるけど、それはもうすべて話されているはずだ。酷すぎる状況、だからそれ以上の状況に陥れられることはほぼない。
そんなボクのどうでもいい思考展開をしている間に、左助は頭をひねらせていた。
「うん、これだぜな。
お前らにある程度有力な情報を言えば、『試験』は始まっているけど、だからと言って現状『試験』を合格できる可能性は、"今は"限りなく零に近いと言ってもいいのぜ。だけどな、これからだぜ。これから起こる"あること"によって『試験』の合格率は格段に上がるぜ。理由があるなら指向性。どういう方向に、どの程度の時間を使えばいいか考えさせられる『試験』に変わるのぜ。だから、まだ『試験』のことについてあまり多くのことを言うべきではないのぜ」
「つまりそれって、時間が経てば『試験』の全貌……全貌は言い過ぎですかね。『試験』の内容がいくらか明らかになるってことですか?」
「そう捉えてもらって構わないぜ! ただまあ、補足しちまうと、結局は俺様たちの言葉から『試験』の内容は教えることはできないってことだな。そこのところは本当に申し訳ねえと思っているのぜ……」
これでいくらか分かった。『試験』は始まってはいるし、『解答』をしてもいい状況ではあるのだろうけど、その『解答』は今してもほとんど無駄だということだ。
「なんか今のだけだと、申し訳ないような気がするのぜ……。もう一つぐらい質問してもいいのぜ」
なんか、って思うだけでここまで『試験』に対する質問をもらえるのか。それほど『試験』は難しいのか? などと考えていると、
「その質問は俺がしてもいいのかな?」
『ハイスクールの天才』――紅涼は左助にそう話しかけた。
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