十話 『忌み名』、『ハイスクールの天才』


 『ハイスクールの天才』――くれないりょう


 『ハイスクールの天才』。それは相手から揶揄されるセカンドネーム。

 『高校の枠外の天才になることはない』――そう揶揄される天才になってしまった紅涼。

 『天才』という存在は、何か『凡人』には絶対的にできないことがあるから天才と呼ばれていることが多い。

 しかし『ハイスクールの天才』においては『凡人』が全員いれば、凡人という枠から外れることがない。『天才』の中で最も常識的で、それ故に評価は高くても、将来性はあったとしても、期待は他同年代の『天才』と比べると著しく、圧倒的に低い。

 ハイスクール――高校。

 "高校生"の天才というわけではなく、"高校"の天才。もはや揶揄するために付けられた名――『忌み名』――忌み嫌われた類の名。凡人が恨み恨み重ねたことによってできてしまった呼び名――『ハイスクールの天才』。

 "高校生"であれば高校を卒業できるが、"高校"は高校を絶対に卒業できない。いつまでも、永遠と高校という中でしか、『天才』とは呼ばれない。どんな高校の模試で満点を取ろうが、常に高校で一位を取ろうが、ミスをしまいが、所詮は高校の枠から外れる存在にはなれない。

 『ハイスクールの天才』ならば研究が不得手、新しい存在を発見できず、新しい公式を見つけ出すこともできず、解答のないものに対しては凡人と変わらない可能性もある。だから『ハイスクールの天才』と呼ばれ続ける限り、涼は本当の天才には……なれない。


 だからこそ彼は、今回の『試験』を合格して大学に飛び級で進学することで本当の『天才』へと変わる為に、この島に来たのだろう。

 そんな彼が――いや、そんな彼だからこそ、左助に「俺が質問をしてもいいか?」と聞いた。

 解答することに関して言ってしまえば、最強の彼がそう聞いた。


「もちろんいいぜ!」


 左助の表情は特に変わりが無いように見える。

 左眼の真紅の瞳(カラーコンタクト)。右眼は眼帯で見えず、ある意味表情を読み取りにくい。


 それ故に表情を読み取って相手の意を読み取る方法は、『ハイスクールの天才』は不可能だろう。

 もっとも。『ハイスクールの天才』なのだから、そのような知識を持っているのかボクは判然としないが。



 彼の。紅涼の最も得意とする分野は基礎。高校の分野であればすべて網羅している。だけれど、それは彼の存在は暗記能力がずば抜けているだけだと、そう変換しても問題ないとされている。

 その『ハイスクールの天才』は何を考えているのか知らないが、質問をボクの代わりにする。

 一体全体何を聞きだそうとしているのか凡人のボクには分からない。きっとボクの考えてない部分を質問しようとしているのだろう。

 でも、そもそも。もう質問は一つしかできない。それで一体どうしようと、


「質問を複数に増やせますよね?」


 違った。屁理屈かよ。……これ、断られたら質問終了する――、


「増やせるぜ! 増やすか?」


「当然」


 できるのかよ!! と、ボクは言いたくなったが、今の状態は紅涼と有原左助の対決だ。

 ボクが群雄割拠の如く、その場に割り入っていくのは無粋甚だしい。

 紅涼は質問を続ける。


「まず……無粋な質問なのかもしれないけど、有原両助りょうすけは存在しているのかな?」


「当然だぜ! だって、俺様は三男――末っ子なんだぜ。だから両助にぃは存在するぜ! これは間違いないぜ!

 補足しておくと、俺様三男、右助兄次男、両助兄長男って感じだぜ!」


 かなり有益な情報が得られたな……。これで三人兄弟であることは確認できた。三つ子かどうかは気になるけど恐らく『試験』には必要ないだろう。


「次だ。この島――有原小島は過去に人を殺したことがあるのか?」


「ああ、あるぜ。たださっきも言ったが。ん? いや、人折には言ったから、お前は知らないんだっけか。

 ルール違反をしなければ、お前らは殺されない。

 だから俺様たちは殺人鬼でも殺戮者でも、何でもないぜ!」


「次だ。『試験』の指向性を決める前に『試験』を合格したヤツはいるのか?」


「一応いるぜ。一人だけだけな」


「それは誰だ?」


「秘密だぜ。分かったら、つまらないとは思わないのぜ?」


「それでもいい。教えろ」


「やなこったな。ただ面白いから少しヒントを出すぜ。

 『試験』の方向性を分からない前から『試験』を合格したのは、お前ら四人全員が知っている人物だぜ」


 ……おいおい、マジかよ。四人全員の知り合いってことは小学生のときに、同じ学校に通っていたヤツらか……?

 いやでも……それではあまりに分からない。小学生のときの同級生をボクら四人が全員知っているとは限らない。他の考えとしては有名人か? そのセンならあり得るか?

 有名人なら、この島に来たことは、やはり隠したいものなのだろう。それほどにこの場所は危険だし、そもそもこの場所をテレビにでも報道すれば、何が起こるか分かったものではない。そんな場所であれば、誰だろうとこの島のことを話すことはない。

 


「それは本当に俺ら四人全員が知っている人物なのか?」


「間違いないぜ! そこらへんは『情報』としてもう分かっているのぜ!」


 情報としてもう分かっている? ということは、有名人であるセンは低い、かもな。

 だけど、それ以外でボクら四人全員が知っている人物はいるのだろうか?

 …………いない気がする。なら左助は嘘をついている?


「お前は嘘を吐いていないか?」


 どうやら『ハイスクールの天才』も凡人のボクと同じことが気になっていたようだ。


「それは結構難しい話だぜ? 俺様は一応嘘なんて吐く気はさらさらねぇが、それでも嘘だとお前らが思っちまえば、終わりだぜ?

 そういう質問はいたちごっこ――平行線――話にならない。最悪な質問へと移り変わっていくんだぜ? そんな質問をするなら、俺様が嘘つき野郎かどうか見極めたほうが――速い」


「そりゃあそうだ。でもな。俺は早く情報を知りたい。『試験』というのは時間経過をすればするほど不利になる可能性だって見過ごしてはいけないからな」


「なるほどなるほど、そういう考えを持っているのぜな、『ハイスクールの天才』は。

 まあ。俺様が嘘をついているのかどうかでに答えるなら、簡単だぜ。

 ――俺様は、質問に嘘をいていない」


 ……なるほどな。このような会話の展開をしてしまえば、嘘か真かなんて、分からない。疑心暗鬼になって、何もかもが信用できなくなる。左助のいいようにやられたな――


「嘘は……吐いていないようだな」


 ――? 「どうしてそれが分かるんだ、涼?」

 ボクは、思わず聞いてしまった。


「心理学やメンタリズム、そこらの知識を引っ張りだして実行しただけさ。

 だから、少なくとも、有原左助は嘘を吐いていない」


 ふーん。メンタリズム……そんなとこの知識まであるんだな。しかも相手は片目は隻眼、もう片目はカラーコンタクト入れているっていうのに、相手が嘘をついているかどうかの判断ができるなんて。

 涼は『ハイスクールの天才』というよりも『知識の貯蔵庫ノーレッジボックス』とでも言った方が、本来適切なんだろうな。ただ、年齢が若いのと傲慢故、疎まれて揶揄されて『ハイスクールの天才』が固定してしまったのだろう。全く、一般人が天才を恨むのは、あまりよく分からない。

 天才の方が優良とは限らないのに。天才のほうが、幸せとは限らないのに、どこに恨む要素があるのだろう。


「お前は高校の範囲外の知識まで備えているんだぜな? だからこそ、有原小島の『試験』を合格してさっさと呼び名を変えたい。

 つまり、天才を妬むよりかは一般人を、大多数を超える一般人の考えている紅涼という人間の認識を変えたい。まあつまり、妬みだぜな」


「あ?」


「天才には天才なりのチカラが必要だぜ? ただ、天才から天才と認められようとも、凡人からは"その程度"と言われた天才も少なくない。そしてお前は最も疎まれやすく、妬まれやすい天才だぜ。

 だから近いうち、殺されるぜ?」


「殺されることには慣れてるさ。殺されることには……慣れ過ぎてしまったな」


「そうだぜ。特に、お前ら四人は死に慣れ過ぎてしまったぜな。まるで長期連載している探偵シリーズのように。人々の『調和』を乱す能力でも備えているように……お前ら四人は死に慣れている。自身の心なんてとっくに削れ切って死んでいる。そうだろ?」


 ……。よくもまあ、そこまで調べたよな。ボクらの回り辺りすべてを知りつくしているのか? それだと、少しばかり……というか、かなり妙な部分が露出するが、でもまあそこは金持ちだから誰かを雇って調べさせたんだろう。


「その言い草には慣れているさ。俺も、回帰も、歩美も、『天才プログラマー』も。人を殺してしまう素質があることに慣れ過ぎてしまっているさ」


 ボクたちは慣れ過ぎてしまった。

 モブたちが簡単に目の前で死んでしまうように。何人も。何人も。何人も。目の前で死んでしまった――そのことに慣れてしまった。ボクが死体を見た数は両手両足では数えられない。

 縁を持たずとも、近くにいるだけで人は死んだ……だから、人の死には慣れている。


 ボク含め、ボクの幼馴染全員が、死を目の前で見ることが多い。

 そして何故か事件へと至る。最高に最悪だ。

 ボクは人の死を間際で見て――動いていたものが停止したものに成り変わった姿を見過ぎた。

 事件性があり過ぎるほど、事件性しかないものがボクの前では災厄のように降りかかる。


 ボクの前では人が死ぬ。他人事のようにボクがそう言えるのは仕方ない。ボクは物理的に殺されたことがないのだから。

 さらにボクの幼馴染は、誰一人として、"完璧"には死んでいないのだから。


 だから、今回も『試験』で人が死のうが何だろうが、死ぬのはあの三人……両助りょうすけというまだ会っていない人も含めれば四人。その中の誰かは確定で死ぬだろう。

 相手の死を間接的に起こせるのが、ボクの――人を間接的になら殺してしまえる災厄を振りまいてしまう無意識センス。もちろん間接的に人を殺していることは意図的にしていることではなく、なんとなく、流れ的に"相手"が死ぬべきなのであるから、死ぬのだ。ボクは死の後押しをしてしまう囁きの悪魔――本当にボクはどうしようもない災厄だ。

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