六話 『試験』開始
「ひーちゃん大丈夫?」
歩美がボクを心配してくれていた。
だからボクは一時放心していた心を身体の中に戻す。
「大丈夫だ、問題ない」
ボクはなるべく明るい表情でそう答えた。感情を顔にあまり出せないから、明るい表情を歩美に見せていたかは判然としないけど……。
「意外にそんな表情するんだな、お前。正直肝が据わっている感じがあったけどな」
「ぶっきらぼうな顔をしているってよく言われるから、そう見えるだけですよ」
左助は「ふーん」と言い、まるでボクの言い訳にまったく興味のないようにスルーされた。……その対応は少し苦手なんだよね、どうでもいいけど。
しかし、最悪なことになった。ボクはこの最悪な島に来て、それだけの予定だった――ほとんどの事に関与せずにに帰る予定でいたけど、どうやら……というかほぼ間違いなくこの島から出ていくのは無理なのかもしれない。とりあえず、まずはそれを確かめるか。
「左助さん。質問ですけど、ボクと歩美は先にこの島から帰してもらうことはできますか?」
「いや、できないぜ。もう『試験』は始まっちまったし、俺様のチカラをもってしてもどうにもならねぇよ」
「『試験』が……始まった?」
『試験』が始まったということは。先ほどの左助の情報から整理すれば願いを叶えるチャンスができたともいえるし、左助の発言が本当なら、この島からは絶対に出られなくなったことを示唆していると言ってもいい。いや、もう示唆どころか告げられているから、絶望しかない。
「『試験』は『試験』の存在を知ることで始まり、『試験』を解決に導くことで『試験』は終わる。
『試験』に太刀打ちできなければこの島に永遠と居残ってもらうぜ。死ぬまでな」
「死ぬまで?」
おい。
おいおい。死ぬまでってことは人殺しをしているのと変わらな――、
「願いを叶えるにはそれほどの代償が必要なんだぜ。人間――十年以上生きていればいろいろと実感するだろ?
願いを叶えるためには努力が必要で、金銭もなくてはならなくて、時間もなくっちゃいけない」
左助は左腕しかない手で、ボクの顎を滑らかに滑っていく。……気持ち悪い。眼が近い。まあこれは反対の眼(眼帯)でも見ておこう、そうすれば嫌悪感が薄れる。そう意識してもなお、左助の真紅の瞳はボクの深淵を覗きこもうとでもするようにじっとボクの瞳を捉えていた。
「願いを叶えるための、大小様々な"代償"。そして払えきれない代償を抱えた時、人間は死ぬ。そして転生してまた地球に戻る。戻らされる。強制帰還。無限ループ。無限リターン。
未来と来世は永遠と存在する。未来と来世があるなら永遠に希望がある。未来と来世があるなら永遠に絶望がある。未来と来世は永遠と続く。永遠と続くのは、恐怖でしかない。最悪で災厄。最恐に最悪。最悪に最凶。これはどうしようもなく、どうにもならない。これを大抵の人間は神様のいたずらとか、そんなことを言うだろう。しかし――それは果たして神様のいたずらと呼べるのか?」
あまりにもゾッとしてゾッとしない話。
左助の口調など、とうの昔に変わっていたように感じた。まるで今の状態が本物のようで、今の状態が自分だと言わんばかりのことを強制伝達された気がする。
それに。彼は、あるはずの証明できない来世の話をした。真剣に、狂気に
「それ以上私のひーちゃんに触れば殺すよ」
「歩美ちゃん、それだけはやめて……!」
ボクは歩美を言葉で制す。
…………ひーちゃんに触れば殺す、か。
殺す、ねえ……。
人を殺す人間なんて最悪だ。でも。隣人が、友達が、幼馴染が人を殺した事実を作ってしまう方が最悪で残酷でどうしようもなくどうにもならない。
そして人を殺しかけたボクの過去など最高に最悪でシャレにもならない。
人を殺せば犯罪で。でも法律はもちろん人が考えた方針だから、人間という種族の考えかた自体が変われば、人殺しなんて犯罪にもならなくて。
例え人をバラバラにしても、人を炙っても、人を水没させても、人を落としても、人に銃創を付けても…………人が人殺しを問題ないと見なせてしまえば、犯罪でも何でもない。しかしそれらをしたとき、人は終わる。それはもはや人ではない。
武力があるから人を殺せてしまうし、兎にも角にも人間は闘争本能というどうにもならないものまで備わっているから、人殺しからは抗うことはできない。
遠回しの人殺しはまだマシだが、エスカレートしていけばそれは人間として終わっている。
遠回しの、人殺し。
受験という戦争で人殺し。
就職という戦争で人殺し。
企業争いという戦争で人殺し。
恋人争いという戦争で人殺し。
世間という戦争で人殺し。
戦という戦争で人殺し。
戦争という戦争で人殺し。
人殺しという人殺しで人殺し。
結局まったくどうして、どうにもこうにもならないことばかりだ。
ボクも当然その中の一人の人。闘争本能をもつ
「面白くなってきたぜ! これだから人ってのは堪らないぜ!」
だから。この言葉を聞いたとき、左助という人間は終わっていることを確信した。終わっている人間。終わっている人間だから、彼にはもう人間に戻る術なんて持ち合わせいないし、人間が終わっている人間をどうにもすることはできない。
「左助さんは……この島にいて大丈夫なんですか?」
「この島にいて大丈夫? 大丈夫も何もここが俺様たちの居場所のようなモンだからそんな質問はナンセンスってヤツだと思うぜ?」
「そうですか」
どうでもいいや。こいつは完全にボク以上に終わっている。見限りたくはないけど、どうしようもなく終わっている。
終わっている人間にとやかく言う
「っと、どうやら皆こっちに来たようだぜ!」
ボクは左助の視線先を追う。
そこには天才二人と終わっている人間の兄――右助と執事のセバスチャンがいた。
「わー、みーちゃんとりょーちゃんだー!!」と言いながら、子供走りのように手をパーの状態で後ろに下げながら彼らのもとに向かっていく。
歩美の笑顔とは別の微笑を、右助がした。それは、シニカルな微笑だ。嫌な予感が、する。
「これから『試験』を始めます。制限時間は無制限。それでは……始めてください」
有原右助は言った。言い切った。
ボクらはもはや『試験』を終えなければ、ここから帰ることができない。恐らく、逃げ出そうものなら有原財団の権限を躊躇わず、躊躇なく行使してボクらを殺し、存在さえも抹消されるだろう。
絶海の孤島で、絶体絶命の状況がボクたちに襲い掛かってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます