五話 カラクリサイクル


 ボクと歩美は流れに乗らされ流されて、座布団の上に座った。

 先ほどまでは透き通っていたガラステーブルから変わった木の材質に見えるテーブル――その向こうに、左助は座る。もっとも、このテーブルも本当は変化してなくて、ボクらに錯覚による勘違いを起こしているから、実際はガラステーブルか、木材のテーブルのどちらかなのだろう。


「雑談をするっつったが、ただの雑談じゃねぇ。一応、雑談とは別に用件もあるから安心しろよ、お前ら」


 左助はもうボクらをお前らとしか呼んでいない。ボクらの名前を覚える気がないんじゃないのかと思いながらも「そうですか」と適当に話を合わせる。


「早速だが、お前らは気になっていないか?

 右助にぃと他二人の天才――『天才プログラマー』と『ハイスクールの天才』が今現在何を話しているか気になっているだろ?」


「……そうですね」


 まあ、確かに気になる。この島に来るために、天才二人――紅涼と高原美華は豪奢な船に乗り多くの時間を費やし、さらに右助らと長話をしている。それは裏を返せば、天才が一日の時間を使ってもいいほどの価値ある目的が有る――そう言っても過言ではない。


 天才二人の目的はある程度絞られる。

 有原財団とのコンタクトが取れるからこの島に来たのだと、『高校勉強ハイスクールの天才』――紅涼からすでに聞いているから、それをヒントとして考えればある程度絞れには絞れる。

 だからと言って、天才二人の目的は結局のところ検討もつかない。


「私も気になる!」


 先ほどまで不機嫌だったのはどこへやら。眼をキラキラ輝かせてテーブルを飛び越えて、左助の顔をじっと見ていた。左助の眼の先よりも前、くっ付くほどの距離しかとっていない。それほどの近さ。


「歩美ちゃん・・・、戻ってきて」


「はーい」


 てくてくと歩き、ボクの真隣に歩美は戻り、ボクの肩に頭を乗っけた。

 異常な歩美と平常の歩美のギャップに左助は少し驚いたが、すぐに驚きを引っ込める。それは、先ほどの、歩美が殺しを行いかねない状況を見ていたからだろう。そうじゃなきゃ、もっと驚いてもいい場面だ。


「それじゃあ話すぜ。

 奴ら二人は今、有原財団に協力を仰ぐためにこの島に来た。それくらいはなんとなく分かるだろ?」


「まあ……それくらいは……」


「それが分かるなら話は少し早くなるぜ、良かった。じゃあアイツらの目的を話すぜ。

 『ハイスクールの天才』はまあ簡単に言ってしまえば留学だな。端的に行ってしまえば"合法"で高校一年から海外の名高い大学に行ける推薦を送れるのは有原財団ぐらいだから、俺様たちの場所を誰かから聞き出して俺様たちに連絡くれたんだろうぜ。所謂、飛び級をしたいが為に、俺様たちの島に赴いたっつうことだな。

 『天才プログラマー』は俺様たち――有原財団の傘下に入るっつうことらしい。右助にぃに聞いたからほぼ間違いねえぜ」


 なるほどな……。

 確かに涼と美華は今の環境だと――日本内のみの環境だと成長することができないのかもしれない。だから、環境を変えて自身の身の丈に合う環境下に置く。


「それ本当なの? りょーちゃんとみーちゃんはまたどこかに行っちゃうの?」


「りょーちゃんとみーちゃん?」と言って小首を傾げる左助。


 ボクは「りょーちゃんが『ハイスクールの天才』、みーちゃんが『天才プログラマー』ですよ」と付け足したら、左助は理解したようだった。


「ああ、そうか。そうかそうか! お前らは確か友達というよりかは幼馴染――古馴染だったんだよな?

 ここに来るのは大抵、天才だけだ。だから、天才といるのは同じく天才か、はたまた従者とか――そんな記憶しかないからお前らの事前情報を忘却の彼方に吹っ飛ばしちまったのぜ!」


 頭を天に上げてハハハ、と笑う姿は少し演技のようにも感じはしたが、性格が性格だからまあ演技ではない。たとえ演技だとしても、別に問題はない…………と思ってしまうけど。


 それよりも。ボクはどうしても気になってしまう部分がまだ残っている。


「左助さん。一つ、無粋な質問をすると断っておきたいのだけど、そのうえで聞きたいことがある。

 質問してもいいですか?」


「ああ? わざわざ質問に無粋もどうもねぇだろ? 質問なんて全部無粋だ。

 それで? 質問ってなんだ?」


 ボクはそれでも少し、言葉に詰まる。

 もし。もしも、『最悪な人間ホワイトデビル』が――情報通のアイツが嘘を吐いていたなら……。

 その場合、今からする質問は失礼だとか、そんなチャチなもんじゃない。最悪だ。『最悪な人間ホワイトデビル』が最悪な嘘をつくことくらい、容易なのだ。

 まあ、質問しなければどうせ分からないこと。そう思うと気が楽になって言葉として簡単に吐ける。


「有原小島に死人がよく出るってとある情報屋の人間から聞いたんですけど、それって本当なんですか?」


「ああ、そう言えば、そうだな」


 ……。ほぼ即答。


「否定しないんですね……」


「だってここは天才が何人も来る島だぜ? そして、目的は有原財団の権力や金を欲しいと望んでいる奴らがほとんどだ。そんな状況下なら俺様たちを殺そうとも考える奴らが出るだろ? もし殺せれば、金とある程度の権力を手に入れることが可能なんだからな。

 だから結論から言ってしまえば、死人は出してはいるが、別に俺様たちは喜々として殺したわけじゃねぇし、無感情に人殺しをしているわけでもねぇ。殺したのは仕方なく――しょうがなく殺したんだぜ。自己防衛をしっかりしないと、『天才』は本当に何をしてくるのか分からないから、いつ殺しにくるのかわかんねえんだよなぁ……」


 はあ、と、溜息を溢す左助。


 いやいやいや、「はあ」じぇねえよ。

 つまり、つまりアレか?


「つまり、有原小島が占拠されたら有原財団にも尋常な被害が出るから、天才たちがこの島を占拠すると確信したら殺すと……そう言うことですか?」


「そうだぜ。わざわざこっちが苦労して有原財団の一部を譲歩しようとかって話でここに招待したのに、金や権力に目が眩むのか俺様たちを殺して有原小島を乗っ取ろうとしてる奴らが意外と多いんだぜ。有原小島は確かにネットに乗ってなかろうが『表』業界でも知っている人間が多少なりともいるからな。狙われやすいし、陥落させやすい。

 だから、よく天才に狙われているんだぜ。でもって、それに対抗しようとすると必然的に天才を殺さなくてはならない。だからこの島で死人が出るってのは間違っちゃいねえよ。お前らも、有原小島を独占しようなんて考えを持ったら容赦なく殺すけどな」


「ハハハ」と再び顔を空の方向に向けて笑う左助。

 なるほど、死人が多く出るというのはそういうことか。金持ちが狂っているから殺戮ショーを起こしているわけでなく、有原財団の権力や財力を狙っていたから、自己防衛のために自然と殺人を行っているのか。

 まぁ納得はできても恐ろしい部分がかなり残っているけど、無闇にボクらを殺そうとしない。それは確かだ。……良かった。これで安心して――、


「ひーちゃん。怖い顔してるよー?」


「ああ、ごめん」


 平常心平常心。まったく。ボクが熱くなってしまったら、ボク含めた四人全員がどうにもならなくなるじゃないか。

 まあ、切り替えよう。切り替えて……さて何を話そう?


「他に質問したいことはあるのぜ? なるべく質問した方があとあと楽だろ?

 多分一泊以上はするんだしさ」


 ……? 一泊?


「一泊? そう言えばボクはここに来る前に荷物もほとんど持ってきてなかったけど、歩美はけっこうな荷物持ってきてたよな?」


「うん。三泊以上はするかもしれないから、その予定で荷物持ってきてってりょーちゃんとみーちゃん二人に言われたけど……?」


 あれ? おかしいな? ボクはそんな連絡聞いていないんだけどな? てっきり話し合いをする程度だと思っていたから一日もかからないと踏んでいたんだけど。

 こうなると、いろいろと面倒だ。だから思わず呟く。


「最悪だ……」


「お前まさか何も伝えられてないのか!? さすがに同情するぜ……。

 …………しょうがない。俺様が特別にお節介として天才たちに今話しているだろうことを話すぜ!」


「……ありがとうございます?」


 最悪なことがあった代わりに、有原左助直々から情報を得ることができる。

 ということは、落ち込んだのはラッキーだったのかな?

 左助は口を開き、


「二人の天才に課せられているのは『試験』だ。

 今回の場合、この『試験』を合格すれば、二人の天才は願いを叶えることができるんだぜ!」


「『試験』? どういうことだ? それもボクは聞いてないぞ」


「そりゃあ当たり前だぜ。二人の天才も今知った状態だろうしな。本来お前らには、この段階では話さないことだ。そして『試験』が終われば天才二人の要求を俺様たちが受け入れるから、そしたらお前らは帰れるんだぜ」


 そうなのか。……いや待て――、


「ちょっといいかな。『試験』って何をすればいいのかな?

 何かを探すとか、何かテストをするとか」


 『試験』というからには何かしら、試すのだろう。

 それが何かを知っておきたい。


「それだけは絶対に話せないのぜ」


「? いや、それだとどうしようもできない――」


「『試験』の内容はお前らには――天才とお前らには伝えない――教えない。そう言う条件になっているんだぜ。

 だから裏を返せば、お前らも『試験』に合格すれば、お前らも有原財団で叶えられる範囲内なら願いを叶えてやるんだぜ!」


「ということは……ボクたちもその『試験』を受けるのか……?」


「そうだぜ。お前ら二人も『試験』を受けれるぜ。なんでそんな当たり前のことを聞くのぜ?」


 左助のその内容はボクにとってみれば最悪だった。

 だからだろうか? ボクは体の力が抜けていく。

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