四話 有原左助


「てっきり騙されるかと思ったけど、見かけによらず正解したから滅茶苦茶驚いているぜ!」


 ボクの目の前に手を出してサムズアップ。


「つーことで、俺様が右助にぃの真似をするのはもういいかな」


 そう言いながら、左助が瞬時に左ポケットから何かを取り出して、それを左目に入れた。

 恐ろしいほどの早業だったので、何を入れたのか見えず、というかてっきり自ら目潰しをするマゾなのかと驚愕しかけたが、その驚愕している数瞬とほぼ同時に、今度はポケットから黒い物を取り出して右目に貼った。

 そして有原左助は顔をボクの方に向けた。


「はっはぁ! どうだ! 俺様カッコイイだろ?」



 ……。

 …………。

 完全にボクの心配は――左助がマゾだという心配は杞憂だった。ただ別の心配が出てきた。

 有原左助は頭がオカシイということだ。この場合でいう頭のオカシイというのは――中二病という意味。


 有原左助。兄弟の右助と違い、中二病。


 言動の"言"のみで見れば中二病的要素はあまりないように、今のところ・・・・・は感じているけど、"動"の部分は完全に中二病。

 先ほどしていた動きは左目には赤色のコンタクトを入れ、右目には眼帯を貼っただけのようだ。それは中二病としか思えないほどに、中二病だった。

 みずから赤目にするためにカラーコンタクトを入れ、もう片方はケガもしていないのに眼帯を付けているのは、もう、本当に、どうしようもなく中二病だと断定できる。


「俺様カッコイイだろ???」


 先ほど、ボクと歩美の反応がなかったからか、ボクたちのほうにグッと近づき問いただす。


「かっこいいですよ」


 面倒だからボクは適当にあしらった。


「これかっこいいの? ひーちゃん?」


「ああ。これは中二病って言って、人間が思春期時代に陥ってしまう典型的な例でね。一度なってしまったが黒歴史、後で見返えすと自身までもが恐怖故悶えてしまうほど、しかし他者から見れば最高の病気なんだ。

 大体は、年月が経てば自覚できるけど、ボクらよりも年上そうに見えて、なおかつ完全完璧に無自覚な人間で中二病をしているのは一周以上回ってある意味かっこいいと言っても全く可笑しくはないんだと思うよ」


 適当に「へー」と歩美は言いながら、左助をまじまじと見る。まじまじと。じまじまと。焼き付くように。焼き焦がすように見つめていた。たとえ、左助が酷い死に方をしても、その死人を左助だと認識してしまうほどに左助の身体の、ありとあらゆる部分を歩美は観察している。そしてそのまま、歩美が気絶しそうだと判断したボクは、歩美のその行動を止める。


「歩美ちゃん・・・。それくらいにしといてあげなよ。左助が可哀想だろ?」


「そうなの? 分かった」


「ん? 俺様が可哀想ってどういうことだ? さっき俺様のことをカッコイイって言ったよな?」


 今になってボクの方を睨む左助。どうやら、さっきの揶揄に気づいてなかったらしい。今気が付いたのは鈍感というか天然というか、なんなのだろう?

 取り敢えず、釈明的なことを言おう。


「可哀想っていうのはあれですよ。つまり、かっこいいと同義の意味ですよ」などと、適当にあしらうレベルで言った。もはや釈明でもなんでもなかったけど、左助は何故か頷きながら納得していた。


 そういえば。

 そう言えばだけど。

 有原右助、有原左助、セバスチャン。彼らはここで何を目的として活動してきているのだろう?

 金持ちだって商売というか、目的というか、兎にも角にもあることを成し遂げようと、もしくは何かを観測しようとしてこの場所に住んでいるのではないのだろうか?

 この場所に住んでいるから可能なことがある。この場所でしか、可能ではないことがある。彼らには彼らなりの考えがあって、ここに住んでいるのではないのか? その考えに縛られてしまう――絞られてしまう気がする。まあ、ボクがそれを考えるのは無意味かもしれないけど。


「お前らは、今退屈しているのか?」


 そんなどうでもいいことを、いきなりボクに訊く左助。

 まあ正直なところ退屈はしていたから、頷こうとした。だけど、その左助の言い方だとこれから何かをするのだろう。ボクはそれでもいいが歩美は分からない。だから歩美を見て、歩美の反応を窺う。うん、どうやら大丈夫そうだ。

 因みに、歩美が大丈夫だと思ったのは一点に、一つの物事に歩美が集中していないからだ。


「退屈していますよ。

 でも、だからと言ってこの退屈を和らげる方法というか、改善する方法というか。兎に角、退屈しのぎになるものってこの場にあるんですか?」


「そりゃああるさ。そうじゃなきゃ、客人はもてなすことなんてできないぜ!」


 何やら張り切っているご様子の左助。


「それで? 具体的にはどうやってボクと歩美をもてなそうとしているんですか?」


「うんうん。お前ならそう言ってくれると思ったぜ! 我ながら物事が掌で転がすことができるのは嫌いじゃねぇし、むしろ好きだから嬉しいぜ!」


 なんだこの人、ボクが承諾したら、掌で転がしたとか言ってるんだけど。YesかNoの選択で――二分の一の選択如きで、掌で転がしている発言はちょっと愚かしいんじゃないだろうか?


「私、この人嫌い……」


「…………」


 ……。マズイな。歩美が少し、変化・・してきている。さっきまで大丈夫だったように見えたのに…………。歩美が人を嫌いという状況になっているのは駄目だ。


「俺様に向かってそれはねえぜ! さっきまで俺様のこと褒めて称賛してくれたっつうのによお」


「ちょっと左助さん、静かにしてください」


 左助は何か反論しそうではあったが、ただならぬことだと察してくれたのか黙ってくれた。忘れてなかったら後で感謝しよう。

 ボクは歩美の目を見ながら、


「歩美ちゃん。とりあえず、人を嫌いになるのは止めよ……」


「…………」


「人を嫌いになって殺すのはもっと駄目だ。してはいけない。

 だから、人を殺さないでくれ、歩美ちゃん」


 ボクがこれほどまでに説得しているのは、過去、彼女は人を殺したことがあるということ。

 躊躇なく。躊躇いなく。殺す覚悟とかもはなく、殺した。

 彼女曰く「あの人たちが嫌いだから、殺した」と。

 だからこそ、歩美が人を嫌いになってしまうのはマズイ。


 だから、こうして説得する。説得しないと、左助を殺す――殺しかねない。


「……。……。……うん。

 ひーちゃんがそう言うのなら私、我慢するよ」


 そしてその場で意味不明に右足を軸に一回転する歩美。スカートがひらひらと踊る。

 可愛いとは思っても、ボクはそれを絶対に口にするべきではないと自負しているから、安易に可愛いと言えない。


「話は一段落した感じかー?」


「ああ、はい。一段落しました。お騒がせしましたね、すみません」


「慣れっこだぜ。ここには俺様以上にヤバい性格してる奴らがごろごろ来るからな」


 ……自分の性格に難があることを分かってたのかよ……。


「閑話休題っと。俺様の退屈凌ぎに参加するか?」


 そういえば、そんなことを要求していたな。

 歩美もったし、今度は拒む理由は無いな。


「ああ、もちろん。

 歩美も参加するか?」


「……する」


「よしっ! これで言質は取った!」


 何やら喜びようが有りすぎるようにも思えたが、テンションの高そうな左助のことだ。おかしくはないだろう。


「んじゃあ、クイズ……っつうか――違うな、どちらかというと宝探しの方がしっくりくるぜな。

 実はこの部屋には隠しスイッチがあるんだぜ。それを見つけるとこの部屋が――」


「――これのこと?」


 そう言ったのは歩美。すでに、ボクと左助からは離れていて、いつの間にか絵画の側にいた。

 何かに手を伸ばしている。でも、ボクには壁に手を伸ばしているようにしか見えない。


「え? よく分かったな。問題にしてようやく気が付く人と気が付かない人がハーフハーフぐらいの確率の問題だぜ? どうして気づいたのぜ?」


「勘だけど、それがどうかした?」


「いやあ、特に関係のない話だ。今言ったのは、一般的にそのスイッチを見つけられる確率の話だからな。問題にする前からでも見つけられるっちゃあ見つけられるから、奇跡的に見つけたわけでもないしな。統計論に奇跡は通用しないように、今回の問題にも奇跡は通用しないはずだ。だからお前が見つけることができたのは当たり前の範疇だぜ。

 見つけていたのなら、話は早いぜ。そのスイッチを押してくれ」


 ボクではこの話についていけない。

 あの位置の辺り――歩美のあたりにスイッチがあることは間違いないと思うけど、スイッチなんてどこにあるのだろう? ここからだと見えない。

 眼はそこまで悪くないんだけどなあ……。


「分かった」と、歩美はそう言って壁に触れる。いや、スイッチを押したのかもしれない。すると……、


「……マジかよ」


 豪奢な色の象徴である黄金の色が変化した。

 部屋は金色でシャンデリアが光り輝く場所とは打って変わり、自然を全面に出す和室へと景色が一変した。

 あの金ピカ状態から一秒かからずとして完全な和室と化した『休憩の間』。


「どうだこれ? スゲエだろ? が日本の技術は世界一ぃぃぃ! って感じだろ?」


「……一体どういう原理で部屋が和室になったんだ?」


「簡単に言えば、人が起こす勘違いだぜ。語弊が少し含んでもいいなら、錯覚って感覚でいいぜ。

 壁はすべての色に変化可能。つっても今回はあらかじめ『和室』にできるプログラムを作ったものが用意されていたからな。この休憩の間だと『普通』の状態と『和室』の状態にしか変えられないけどな。

 これはまあ、現代におけるスリィーディー上で――現実空間上を利用して文字や絵が描けるとかあるだろ? そこらの技術の応用らしいんだぜ。あとは人間の起こす勘違いにのっとって変化しているように誤解させているんだぜ。

 例えば、さっきはソファだと勘違い・・・していた物が在ったけど、今は座布団が何枚にも重なったものになってる。他にも、人間の勘違いによって、本来とは違う物だと判断されて、実際とは全く別のものを錯覚とかで見せていた。驚いたのぜ?」


 さすが、有原財団の所有している島だ。『表』の有原財団の要である機械、電気、プログラム系統をふんだんに使用して作り上げたと言ったところか。見事にもほどがある。

 そして何よりも、人の錯覚を上手く使った最高技術の部屋。

 錯覚――盲点の補完、立体視恒常性、スキーマ文脈効果。

 見ることとは考えること。

 知覚とは推論。


 それらを利用した錯覚のようなもの――言い換えてトリック。巧みな仕組みで、ネタがバレない。

 …………まさかとは思うけど、殺人トリックとして使うわけではないよな……。推理小説の世界じゃあるまいし。……ボクはよく殺人現場を見てしまうから、変な癖がついちゃったな…………。


「聞いてるか?」という左助の声で、ボクは脳という現実ではない世界から元の世界に戻る。


「もちろん。随分なおもてなしで声が出なかっただけさ」


「そりゃあおもてなしした甲斐があったぜ!」


「ははっ」と鼻を鳴らし、笑う左助。

 いつの間にか歩美はボクの隣にいる。不思議だ。


「それじゃあ、部屋も切り替えられたし気分も切り替えられたし雑談としゃれこむぜ。対面になるように座ってくれよお前ら」


 雑談? もしかして……退屈しのぎが雑談なのか?

 そんな鹿を馬と言ってしまう――馬鹿なことがあるのか?


「左助。退屈しのぎというのは、雑談なのか?」


「当たり前だぜ? 雑談は退屈しのぎとして有効だぜ?」


「……分かった」


 ボクは気が乗らなかったが、渋々了解した。

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