三話 『城』の中


「着きました。ここが、『城』です」


 『城』――確かに『城』だ。

 まごうことなき城なのだと、ボクの常識の範疇でも理解できる。

 西洋風な巨大な城。十数メートル……いや、数十メートルだろうか? それほどの高さを誇っていて、色は白基調。そして巨大な木材質な門が、『城』の入り口を拒んでいた。

 今ボクらは『城』を目の前で見ているのではなく、少し離れた場所から見ている。

 なぜなら、このまま『城』に向かおうとすれば、巨大な谷があってボクたちは死ぬから――それほど深い崖があった。もしも落ちてしまったら死ぬ。それほどの高さがあることは間違いない。

 有原ありはら右助うすけが崖に落ちる場所――その二メートル手前で止まると、縦状態で囚われていた巨大な木材の門は動き出し、横となり『城』に乗り出せる橋へと、使用が変わっていく。


「この光景……生だと初めて見た……」


「ボクもだ、歩美」


 歩美の不思議な日本語に意識が向きながらも、この情景を見て感嘆。本当にこんな装置というか、映画でありそうなものが存在するんだなと思った。

 どうでもいいかもしれないが天才二人は、なんかテレパシー格闘でもしているのか、無言なのに攻撃的な視線を互いに向けていた。


「ここから先、『城』のエントランスまでは一緒についてきて欲しいんですが、それ以降、回帰人折ひとおりさんと能登歩美さんは『休憩の』がいくつか・・・・あるので、その中から適当に選んで、寛いで待ってください。

 セバスチャン。二人には『城』の地図を渡してください」


 セバスチャンはあるじに会釈したあと、執事には不相応なショルダーバッグから地図を取り出して、ボクたちに人数分渡してくれた。狐面がこうも近いと、怖いものがあるな……。

 そんなどうでもいい考えを脳から排除し、ボクと歩美はその地図を広げた。


「げっ……」


 思わず小さな声を上げてしまった。

 ボクは凡人だから、記憶力はあまりよくない。それなのに、『城』内部の地図は細々と様々なことが書かれていた。

 部屋の数が多い。先ほど右助が言っていた『休憩の間』という部屋も複数……というか軽く十は超えて存在している。


 でもまあ。覚えなかったからと言ってテストでもなんでもないから、赤点になるわけでもなし。まさか覚えなかったくらいで死ぬわけない。それにボクよりも一時的になら記憶力の高い歩美が、地図の内容を覚えてくれるだろう。つまり、ボクは覚えていなくてもこの島で迷子になることはないはずだ。

 だから――だろうか。ボクは歩美が地図の中身を憶えようとしているか気になり、歩美を見た。歩美は集中して地図を見ていた。あまりにも集中していて、集中し過ぎて集中を貪って血眼になるほどに…………。脳の処理をその地図の記憶だけを焼き付けようとして、身体機能が停止するように足の力が抜けて、地面に倒れようとしていた歩美の姿を見てボクは、


「歩美ちゃん・・・


 歩美は地図を記憶することを中断し、身体機能を取り戻し、倒れずに済んだ。そしてボクの方を向く。

 ボクは安堵して胸をなでおろした。


「また、集中しすぎてたよ、歩美」


「……えへへ……いつもありがとね、ひーちゃん」


 倒れることを無意識にやめて、顔を赤らめながらそう答えてくれる歩美。だが、にこやかにボクに接してくれるその表情は、見るに堪えない。だって……集中力が上がり過ぎた原因は――これほどまでに歩美ちゃん・・・とはかけ離れた存在を作ってしまった発端――それはボクがあることをしてしまったことだから。

 歩美にお礼されることはあっても、ボクは歩美ちゃんに犯した罪を一生償うことができる気がしない。

 だからこそ、ボクは歩美に見返りを求めることは絶対にしない。




*****






 休憩の。ここはそう呼ばれているらしい。

 右助もそう言っていたし、地図にもそう書かれている。


 あのあと――歩美に罪悪感を感じたあと、ボクと歩美だけ『休憩の間』に居て欲しいという指示を受け、右助の指示に転がされるが如くしてここ――『休憩の間』にいる。

 凡人には不相応甚だしい、豪奢な部屋。シャンデリア、レッドカーペット、大きな絵画。タイルは金一色なのではないのかと疑うほどに、煌びやかで眩しい。

 これが城の中にある一部だと理解するのは、分かると言えば判るけど、あまりにも常識とかけ離れ過ぎていて、どうやっても何があったしても、常識として落とし込むのは難しさは極大。まったくどうしてボクとセンスがかけ離れている存在がこの島に多いのだろう……?

 まあ、凡人と天才と金持ちのセンスの違いってヤツだろう。そこまで気に留める必要もない。


「ひーちゃん」


「ん?」


 声の主の方向を見ると、ソファにある枕に腕を回しながらぐでーっとした状態で話しかけている歩美がいた。今僕は歩美の隣にいる。……それにしてもこのソファ長すぎやしないか? 十メートルくらいあるぞ……。オマケにガラステーブル(こちらも十メートル)の対面にも同じようなソファがある。


「ひーちゃんはさ。もしかしてもしもしなんだけど――」


「もしかしてもしもし」ってなんだよと、そう聞くのはいつもの如くグッと堪えて、ボクは続く歩美の言葉を聞こうと耳を傾けた。


「――この島に来たくなかったの?」


「…………」


 いつも。……いつもの通り、いつもが如くいつもさながら、どうしてこれほどまでに歩美は純情無垢な表情で、ボクにそんなことを問いただしてくるのだろう。突発的な質問はしかし、ボクには効果覿面で、黙ってしまった。


「もしかして、皆で遊ぶの嫌いだった?」


「……それはないだろ? 久々に皆と遊べるんだぜ。嫌いなわけがないだろ? 嫌なわけないだろ??」


「そう。なら良かったよ。船に乗る前からひーちゃんがご機嫌斜め四十五度だったように見えたから、みんなと遊ぶの嫌いなのかと思った。そうじゃないのなら心底安心できたよ」


「不安因子が解決されたようで何よりだ」


 本当に何よりだとボク思った。


「そう言えばさ、ひーちゃん。みーちゃんやりょーちゃんはいつになったら帰ってくるのかな?」


「確かに……。いつになったら終わるんだろうな……というか、そもそも何をしているんだ? 右助たちは天才だけを呼んだってことだよな……それなら、何かボクら凡人には関係のないようなことを話している――そんな可能性も考えられるよな? でも、天才の考えなんてボクたちはわからないから、きっと考えるだけ無駄だよ」


「もし、右助って人が天才だけを呼んだなら、ひーちゃんも行っているんじゃないの?」


「……何度も言ったような気はするけど、ボクは天才でもなければ秀才でもないポンコツだよ。凡人だよ。ボクの代替品オルタナティブなんて全員出来るから、ボクは生粋の凡人だよ。天才ってのは、その人にしかできない、もしくはその人がある方面に優れ過ぎていて初めて天才って呼ばれると思うんだよ。だから、特に何も突出していないボクは天才でもなんでもないよ」


「でも私にとってみれば、今まで出会ってきた中で一番天才だと思うのは、ひーちゃんだよ」


「そうか」


 素っ気ない、どうでもいいように思える会話。

 どうでもいいように思っても実はどうでもよくないなんてことはよくあるように、この会話はもしかしたらどうでもよくないのかもしれない。どうでもいいけど。さらにどうでもいいけど、どうでもいいのゲシュタルト崩壊でも起こしそうな文面だな、これ。


 いやまあ、そんなことは置いて。

 ボクは腕時計を見る。

 もうそろそろ、天才の二人――美華と涼、有原小島の管轄長である息子の有原右助とその執事のセバスチャンたちと離れて一時間が経とうとしている。いや、もうすでに一時間経ったのかもしれない。

 その一時間、ボクと歩美は凡人が本来見ることさえなかったこの部屋の数々の作品を適当に見ていた。

 それでも暇を潰すことはできず、今は茫然としながら天井にあるシャンデリアを見ていた。

 そのとき、


「こんちには」


「ぅお……」


 急にボクの瞳に、誰かの顔がスッと現れ、ボクは驚いてソファから立ち上がって距離を取った。


 目の前にいたのは、紅涼でも高原美華でもセバスチャンでも能登歩美でもない。

 有原右助だ――いや、有原右助ではない。

 右助かと思えた容姿だったが――いや、容姿だけで言えば完全にそれこそ有原右助だが。しかし決定的に、圧倒的に違っている部分――間違っている部分を発見した。


 それは、彼には――ボクを驚かした彼には右腕・・がなかった。


 左腕がなければ右助・・・・・・・・・なのだろうが、右腕がなければ右助なわけがない。

 鏡の国に迷い込んだから、左右が反対になるからコイツは右助だ……なんて摩訶不思議なことが起こるはずがない。ここは現実で、不可能が可能になることは絶対に無いのだから。


 ならば、だ。今までのボクが持ち合わせている情報のみで、誰なのか判別するルーツを頭の中で生成して、判別。

 その結果。

 まあ、ありきたりなのかもしれないが、


「有原……左助さすけさん?」


「いえーす正解イグザクトリー! その通りだぜ!」


 どうやら正解だったようだ。

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