第23話 VS現実
奇跡というものは、自分に都合の良い場合に尊ばれるものである。
「……」
少なくとも、親しい女の子がいる世界から。
発狂するような白い病室にブチ込まれて大喜びするのは、ゲイかマゾだろう。
「……」
昏睡状態から戻った俺を見て、医者は素晴らしい奇跡だと言ったが。
俺からすれば再びクソゲーを強要される気分だった。
そして――
(……人間社会から逃避しておきながら、異世界で求めるのが人間的コミュニケーションというのがな)
自己嫌悪も含めて、色々ウンザリさせられるのである。
「フゥ……」
ため息をつきながら、ベッドの上で寝返りを打つ。
工口が目覚めたのは異世界ではなく、現実の病院であった。
点滴で繋がれ、カーテンで仕切られた部屋の中にいる。
窓外には学習塾のフロアを構えたビルが見えた。
(ペドと異世界の精神病院に向かった以降の記憶が曖昧だ……。注射を打ったか? 入院をしたか? 何も覚えていない)
ビルの下には学生服を着た人たちが横になって歩いている。
携帯を中心にワァワァと叫び、鞄を揺らしてはしゃぐ。
(コンビニだろうか。ゲームセンターだろうか)
しばらく眺めていると、安いハンバーガー屋に入っていった。
(学校帰りにわざわざ食べに行くような店か?)
工口の心の悪態はもちろん届くことはなく。
彼らは道沿いの、窓際の席に座り。
先ほどと同じように賑やかに話し始めた。
「……」
しばらく観察をしていたが。
始まりも終わりもしない彼らの飲食にヤキモキし、窓から目を離す。
頭と枕の間に手を入れて、仰向けで上を見て。
天井の薄い模様を目で追った。
気づくと、それを何時間もやっていて、辺りは暗くなっていた。
模様の縁に沿って、ぐるぐるぐると廻っていたのである。
「!」
ハッと目を覚まし。
特に予定も無いのに、寝過ごしたように慌てて周囲を見渡すと。
窓のカーテンは閉められ、部屋の明かりは落とされていた。
無意識のうちに消灯時間が来たらしい、寝返りの衣擦れ音すら聞こえない。
「……」
しかし、静寂と静止の中、ベッドを区切るカーテンだけが揺れていた。
「……ふ」
看護師さんだろう。
考えにもならない考えでそう思った。
巡回でおそらく目が覚めたのだ。
いや夢中になっていただけで、眠ってはいないのだが。
「……魔王も勇者もいないのに、よく正気で生きられるって。凄く、不思議に思いますよねェ~」
そんな工口の思考を裂くかの如く、一つ声が聞こえた。
「……?」
しかし、工口は返事をしなかった。
この部屋にベッドは二つしか無く、ここには二人しかいない。
相手はおそらく自分しかいない。
だが、自分が話しかけられる理由も無ければ、答える理由も無い。
(通話かもしれないしね)
そう結論付けて、布団を被る工口。
だが――
「……でも、安心してください。私とあなた。十五人の仲間たち。今日のうちには昏睡するでしょう。もう二度と現状を連想させるもの――例えば精神病院なんかには近づかないほうがいいですよ。夢が終わってしまいますからね」
男は工口の無反応を知ってか、悟ってか。
ベラベラベラと口勝手に喋り続ける。
男の声は妙に高く、部屋の中で嫌に反響した。
工口は不愉快な顔をしながら、それを聞かされる。
布団を握りしめる。
「……また、私たちの故郷で会いましょう。覚えておいてください。私は『処女にエロ漫画を描かせる会』会長・純潔守です。――それでは、これで」
そして、それ以降の声はなかった。
「……」
その後しばらく、布団の繊維を眺めていたが。
「……」
目を開けたり、閉めたりして。
「…」
工口も眠りについた。
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