第21話
「あたしのナイトを私物化だなんて、傲慢なビニ本だ」
気づくと、工口は先ほどの喫茶店に戻っていた。
膝に手を置き、椅子に座っている。
ただ先程と違うのは、褐色でスリムな女性が目の前に座っているという事だった。
「あんたが倒した勇者一行、覚えているだろ? あたしは彼らを差し向けた王国のシャーマンだよ」
褐色のシャーマンはコーヒーを口にしながら、そう話す。
時折見える、白い服とのコントラストの生足が艶めかしい。
もっとも、これは工口の脳内に映写された幻覚のようなイメージではあるが。
(……思えば、喫茶店以降の現象は全て幻覚だったのだな。旧知の仲のように話していたが、あんな奇天烈なゴスロリ少女は俺は知らない)
マスターも客も、道を通り過ぎる人間もいない。
今にして思えば奇妙な状況である。
「で、お前は俺に何をさせたいんだよ」
観念した工口が、シャーマンに委ねる。
シャーマンの洗脳禁呪により、絵の中の少女の支配下からは逃れる事ができたが。
結局それは工口の頭中の支配者が移り変わったに過ぎなかった。
そして幻覚攻撃に対し、無知な工口は無力である。
「物分りが良くてよろしい。ナイト様には魔王の討伐をしてもらいたいんだよ」
シャーマンはさりげなく、足を組み替えて話した。
(なるほどね……)
つまりは、王国から工口を遠隔操作して、魔王ペドを殺害するつもりらしい。
逃げ帰った魔法使いから聞いたのだろう。
都合のいいポーンがいると。
「そのまま、物分り良く行動してもらえれば、命は保証するよ。王国から謝礼もでるかもね」
コーヒーカップに目を落としながら、さりげなく工口を見定めるシャーマン。
(……ま、それは嘘だろう。前回で敵の仲間であると、自己紹介してしまったんだ。生かしておく理由がない。もっとも今の俺はコントロール下にあるのだから、交渉する事も――)
組み替えた生足を、思い出す工口。
(完全なコントロール下ではないのか? ……いや、ともかくは、素直に従うべきだな)
組み替える足は、真意を隠す仕草である。
工口は手を揉み手にし。
「任せて下さいでヤンス! 魔王討伐でヤンスよ! ゲヘヘ!」
「露骨に素直だな……」
八方塞がりの工口は、やけくそに媚び。
シャーマンは少し引いた。
自分という芯を持っているシャーマンからすれば、媚びに媚びた精神性は理解できないのだ。
この精神の揺らぎは、日常であれば単なる一思考に過ぎないものである。
だが、術式発動中は羽虫程度の隙になった。
そして、彼女にとってはそれで十分なのである。
「あッ」
工口の頭に開いた本が乘っていた。
いや、乗ると言うよりも嚙みつくが正しい。
背表紙を上に。
本の内側から生えた、返しのついた歯で固定している。
「痛で……痛でで……」
「工口さんは浮気性なんですね? 私。こころの治療は上手いんですよ」
本の裏表紙で微笑む、ゴスロリの絵の中の少女。
彼女の擬態は魔術というよりも、虫の擬態に近いものだった。
喫茶店の幻覚世界の中へ。
本の表紙を羽ばたかせ、蝶のように入ってきた。
「あぐ……あぐ……」
工口の頭の皮膚に深く、本虫の歯が食い込んでいき。
喫茶店の風景が歪んでいく。
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