第20話

「……」



 古書店で見つけて、手に取ったところまでは覚えている。

 誰が使ったかも分からない、中古のエロ本なんて普通だったら欲しくもないが。

 二度と出会えない気がして。

 気づくと、バッグに入れていた。



「……あ。金払ってないのか」

「盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。盗人。」

「!?」



 再び、工口の頭に山彦のように声が響き。

 腰を下ろした草原を見渡す。

 見たくなかった、後ろも振り向くが。

 何本かの痩せ細った木々が生えるのみである。



「工口さん、こっちですよ」



 別に声のする方を見た訳ではない。

 意識がそちらに吸い寄せられた感じだ。

 黒い服、黒い傘、そして白い肌のゴシックロリータの少女が。

 工口の右手の本の中から、手招きしていた。



「俺はまだ夢か何か、見ているのか……」



 取り乱す事もなく、ただ呆然と呟く工口。

 本の裏表紙に描かれた絵の中の少女は、目が合うとにこりと微笑む。



「貴方が手に取るように擬態させてもらいました。これからは、ゆっくり時間をかけて……精神を吸わせてもらいますね?」



 一瞬、彼女の口が蝶のようなストロー状の口に見える。



「……!」



 咄嗟に立ち上がり、本を投げ捨てようとする工口。

 しかし、自身の別の手がその腕の動きを掴み、捨てようとする右手を締め付ける。

 しばらくの、押し合いへし合いの後。

 工口は諦めて座り込んでしまった。



「私。こう見えても一途なんですの。寿命もできるだけ削りません。定期的な悪夢はありますが……偏頭痛のようなものですね」



 さらりと、最悪の事柄を語る絵の中の少女。

 工口は投げ捨てようとしても、捨てられない。

 体が言う事を聞かない、焦れったい感覚に苛まれていた。



「……」



 動かしたくても、動かせない。苛立つ感じである。

 骨折した腕と日常を送るような。

 これを一生繰り返すとなると、かなりげっそりした気分になる。



(……さりげない日常の仕草から、捨てるポーズに移行できないだろうか)



 捨てる事を意識せずに本を持った右手を上に挙げてみる。

 その手をそのまま左後ろへ、フリスビーを投げる溜めの動作である。

 しかし、投げ捨てる事はできないので。

 自分の目の前を、本を持った右手が半円を描くように通過した。

 結果的にそれは、謎の踊りになる。



「ふふ……可愛い」



 裏表紙から口を押さえて笑う、絵の中の少女。



「……///」



 無力さを笑われたのだ。

 完全に子供を見守る、母親のそれである。

 全ては想定済みであるようで。

 委ねざるをえない工口と、全てを把握する母子の図式である。



「あ」



 故に、想定外の事が起きた際。

 工口も、絵の中の少女も対応できなかった。

 工口の腕がひとりでに、予備動作もなく。

 右手を前に強く、正拳突きのように突き出すとともに、手を離したのだ。



「あぁ……」



 本が痩せた木の方に飛んで行った時。

 宙に浮きながら、クルクルと回る本の中で少女は目を回し。

 工口は呆然と見送ることしかできなかった。

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