第11話

「ゆ、勇者さん……」

「ククク……」



 心の底からは笑っていない、歪んだ笑顔を浮かべ。

 ゆっくりと工口に近づく勇者。



「ふふふ……」



 後ろからの、赤色のタコ型生物の接近に生命の危機を感じながらも。

 勇者と工口。

 対峙する二人をバルコニーから見下ろすペド。



「……どうやって地下牢からでたんだ?」



 勇者に問いかける工口。



「この城はだいぶん、老朽化が進んでいるようだなぁ……。いかにもな落ちぶれた魔王の城というか」

「バカにしないでくださいっ!! ムキーッ!」



 ペドが遠く、バルコニー上から抗議する。



「貴様がァ! 王を名乗るなァァァ!!」

「ヒィッ」



 勇者がペドを指差し一喝する。

 そのまま指した指の方向を、魔王城に突き刺さった葉巻型UFOに移し。



「あの銀色棒状物体がぶつかった衝撃で牢が破壊されたのだな。……ククク、なんて僥倖なんだ……」

「……」

(……勇者さんからは鎧と剣は取り上げているとはいえ、この体格差では殴り殺されかねないぞ……)



 勇者が魔王城の方を見た隙に、密かにすり足で下がる工口。



「逃げるなァァーーー!!」

「!?」



 即座に工口に向きなおる勇者。

 工口の動きが止まる。



「……俺なんかより、魔王を倒すべきなんじゃないの? 勇者さん?」



 野球のセーフみたいなポーズで勇者を説得する工口。



「普段の冷静な私ならば、王国の命より優先すべきものはなかっただろうな。だが今は……今は」



 ザワリと勇者の周りの草が揺れる。



「今は貴様を殺したい……ッ!!!!」



 工口が気圧された瞬間。



「!」



 揺れた雑草はその瞬間から踏み抜かれ。

 鍛え上げられた足はバネのように跳ね上がった。

 姿勢は肉食獣のような前傾姿勢となり。

 分厚い右足・左足の足裏で、地面を蹴り飛ばしながら勇者は走り出した。



「結界解除っ!」



 ペドが結界の一部を解除し。

 勇者から工口までの、狩猟の為の一本道を作る。

 二人の距離を貪り喰う様に、距離は詰められていく。



「!? 勇者さんとは争う必要はないっていうのにっ!」



 両手を前に顔を隠す工口。

 勇者の剛腕を耐えきるには、あまりにも迂闊な防御体制。



「私がぁ……ッ!」



 工口の眼前で右拳を思いっきり後ろに下げる勇者。



「私が心の平穏のために死ねぇぇぇぇ!!!!」

「ステータス・フラッシュ!!」

「!?」



 右拳、最大のインパクトの瞬間。

 闇夜に鮮烈な光が炸裂した。



「グッ……」



 光の正体はステータスオープンの光――

 つまり、強烈な光で表示されるステータスを出現させ、目くらまししたのだ。

 能力値を見るための板が、過剰な輝度で明示されることを工口は熟知していた。



「うごぁッッ……!」



 しかし、光を周り全体に放つステータスの仕様上。

 発動者は目を逸らさねばならなかった。

 ゆえに一瞬の隙を許した工口は。

 パンチ全てを避けきることは叶わず、右肩にダメージを負ってしまう。



「……っ!」



 しかしこれは、幸運なことだったかもしれない。

 次の一撃は確実に命を奪う――

 そんな確実な死のイメージは肉体に最大限のパフォーマンスを発揮させる。



「!?」



 アドレナリン。ノルアドレナリン。コルチゾール。オステオカルシン……

 注意力、衝動性を高め。

 緊急性のない臓器の活動を抑制する――



「フィンガー・デード・W・ディギトゥス!!」

「乳首イクッ!!」



 拳を掻い潜り、背後に回り込んだ工口は、鎧のない無防備な勇者の乳首を直接摘み上げた。

 これは遠距離技の『乳頭クリクリ』を発動しながら、直に乳首も捻るという禁忌の荒技である。

 距離減衰なしの0距離直接攻撃で、クリクリとの同時発動……。

 単純計算で2×2×2×2=16倍のエネルギィジュールがある。



(夢か……。これはきっと悪い夢……)



 勇者はビクビクンと仰け反り。



「……ぐふ」



 背中から崩れ落ちた。



「くっ……はぁはぁ。倒れたのか……」



 右肩を抑える工口。



(絶頂への寸止めストックがなかったから、危険な賭けに出るしかなかった……。代償は負ってしまったが……)



 一応の勝利の確信、安堵の確信と共に。



「う……」



 脳内物質で抑えられていた右肩の痛みが戻り始めていく。



「ふぅ…………さて」

「ビクッ」



 魔王城の方に向きなおる工口。



「どうしてくれるよ? 魔王サンよ?」



 ペドに向かって指をさし、問いかけた。

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