第10話
「くそッ、あいつたまに頭良くなるな……」
そのまま吸い寄せられるように。
ふらふらと、遊技場に腰を下ろす工口。
「ハァー。でもこれからどうしよう」
ボタンを押して水中の中の輪っかを棒に入れるゲームを手に取りながら。
考えるふりをする。
「ウォーターゲーム。好きなの?」
気づくと、白いワンピースを着た白磁のような女の子が隣にいた。
「……好きというか、気づくと永遠やってしまうんだよ。はぁ……。こんなダニ潰しで半年潰せる男に話しかけないでくれ」
「あはは」
追い払おうと、しっしっと手を払う工口。
すると、少女は隣で膝を曲げ。
「卑屈にしていれば、同情されるって思ってる?」
「え」
表情のない顔で、精神を抉る。
工口は、驚きと同時に手が出ていた。
「いがが……っ」
「俺が子供を殴れない人間だって思ってる?」
少女にかましたチョップをしまう工口。
頭を押さえる少女。
「ふぅー。子供を殴るとスッキリするぜ……」
工口は、武器の手入れをするように平手をさする。
「う……」
「う?」
「うわぁぁぁん! やっぱり、人間滅ぼすぅー!」
白磁の少女は闇の向こうに走り去った。
「なんだったんだ」
(いじめたくなるタイプのクソガキだったのに)
「うーん」
改めて、ゲームに戻る工口。
輪っかを棒に入れる作業に集中する。
「……」
実は輪っか全てを棒に入れるのは、そんなに難しいことではない。
なので全体的な遊び方としては輪っかを入れては、外す……。
この工程の繰り返しとなる。
「……」
何度目かのループの後、工口はふと魔王城の方を見た。
ペドに追い出された時と特に変わりはない。
「……」
その時、ペドも遊技場の方を見ていた。
魔王城のバルコニーの手すりに肘をつき、頬に手を当てて。
右手でティーカップを持ち、ぼんやり眺めている。
「……」
バルコニーの奥、風に揺れるレースカーテンの先には、ティーポットが置かれたテーブルがある。
一人で飲むには少し多い量で、冷たくなってきていた。
「寒い……」
二人はそう呟き。
ペドは部屋の奥へ、工口はゲームへと戻ろうとした時。
「!?」
遊技場にいる工口は見覚えのある現象を目にした。
魔王城の左上に、空間が中心に向かって渦を巻く――魔法使いの放った火炎魔法によく似ていた。
しかも比較にならないくらいの、何倍もの大きさである。
「ペドッッ!! 部屋に戻れっっ!!」
工口の叫び声は、遊技場からの距離では届くことはない。
願いもむなしく、その空間の歪みは間も無く発動した。
しかし、そこから先の様相は記憶とは全く違うものであった。
「……え?」
火炎魔法のように収縮することはなく、空間にぽっかりと穴を開け。
窪みの奥には夜空よりも深い闇が見えた。
その黒色のカーテンを破るように現れたのは、巨大な銀色棒型飛行物体――
葉巻型UFOである。
「ぎゃああああああああああああ」
「!?」
死んだと勘違いしたペドが、先んずて絶叫を上げる。
叫び声が聞こえた気がした工口が、ウォーターゲームを投げ捨て走り出す。
「ぺ……!」
が、投げるのはダメだと思って、丁寧に置いてから走り出した。
「ペドぉぉー!!」
葉巻型UFOは穴から現れた時にはすでに加速しており、そのままの勢いで魔王城に激突する。
城の内壁はUFOに圧迫され、中に向かって大きく凹む。
圧力に耐え切れなくなった壁が欠片、欠片と崩れては、限界に達し炸裂する。
魔王城外壁崩壊と共に、寺の鐘をダイナマイトでど突いたような。
震える爆発音が響く。
「大丈夫かッ!?」
魔王城結界外前にたどり着いた工口は、ペドに向かって叫ぶ。
その頃にはUFOは完全に城に突き刺さっており。
出迎えたのは、ガラガラと崩れる外壁の音だけだった。
「くっ……。結界が邪魔で……」
UFOの出現も激突も、結界内で起きたことであり。
ペドが許可しない限り、工口にはどうしようもない。
「こっ、工口さぁ~ん」
ペドがいたコテージは激突の衝撃からも、瓦礫からも無事だった。
声を聞き、とりあえず胸をなでおろす工口。
「ペドッ! 無事だったか! 今助け――」
「どこ行ってたんですかっ! 何してたんですかっ! 何で重要な時にいないんですかっっ!!!」
ブチッ
その瞬間、工口は頭の何かがブチ切れる音を聞いた。
察するに、前回の勇者と同じ大脳動脈の可能性が高いと思われる。
「……どうして助ける必要があるんですかァー?」
「ほ?」
ペドはポカンとした顔をして。
「どうしてって……え? ……どうしてでしょう?」
「俺は魔王が倒されれば構わんわけで、それには手段や倒す人間は問わないわけですよ」
「……? うっ!!」
葉巻型UFOに小さな穴が開き、沢山の触手を持った赤色の生き物が這い出していた。
それは壁を伝いながら、ペドの方に向かっている。
「ひぃぃ……っ!?」
「ま、乳頭クリクリだけでも現代では十分に楽しめるだろうしな」
ペドはバルコニーの手すりにすがりながら、じわりじわりと接近するそれに怯えた。
赤色の生物は、そんなペドの反応を味わうかのようにゆっくり、ゆっくり、さらに近づく。
「こここここここここ、工口さぁん!?」
「ははははははっ! 苦しめ、苦しめ! 貴様の苦痛こそが、俺の喜びなのだ! ギャハハハハッ!!」
「ふぇぇ……そんなっ……」
「ぷぇぇ~んw おもしれーw たら、おもしれ~w 俺たちの冒険はここまでだ!! ハハハッ! バーカ、バーカ!」
ブチッ
その瞬間、ペドは頭の何かがブチ切れる音を聞いた。
やはり勇者と同じ大脳動脈の可能性が高いと思われる。
(……一人だけ、一人だけ助かるなんてずるいですぅ!!)
純粋な怒りというより、妬みの部分も大きかったが。
(しかし……っ!)
魔王は無力だった。
そもそも力があれば、触手の生えたタコ型生物に追い詰められることもなかったのだ。
今現在、窮地に立たされていることが非力さの証明でもあった。
(ここで終わり……? 魔王300年の時代がこんな形で終わってしまうのですか……?)
しかし、力があることが王の証なのか?
そもそも、力とは物理によるパワーを指すのか?
300年の時代の回想は、もっと根源的な記憶を想起させる。
それは、抽象的で言語化不能な――
「ククク……会えて嬉しいよ、工口ィ」
「!?」
――豪運が備わっているのだ。
「!」
(やはり私には魔王たる資格が、運命があった! ふふふ……っ)
「三途へは二人で行きましょうねぇ! 工口さんっ!」
人知れず、歓喜するペド。
工口の前には閉じ込めたはずの勇者が立っていた。
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