皇 咲 過去編
私は天才だ。自他共に認める天才。天才外科医、ありがちな言われ方だが、悪い
物では無い。世間一般では皆が私を神の手を持つと言い、失敗しないという。
ほぼ正解と言って良いだろう。私は失敗しない医者だ。世間的にはな。世間様の
考えてる事と事実が一致しない事だってある。私は世間様の考えと一致しない、
重大な事実を1つ知っている。いや、他に知っている事も多いが、私自身の事で
知っているのは1つだ。私は失敗しない天才外科医などでは無いということ。
当たり前だ。職務を全うするうえで失敗しない人間など存在しない。世界中を
探せば1人や2人はいるかもしれない。だがそのような人間は万年に一度の
賜り物と言うべき人材。口先で天才だと言われる様な人間とは大違いなのだ。
世間的に失敗しない医者でも失敗はある。たった1度だがな。私は失敗した事に
囚われはしない。失敗しないと持て囃され続けたからと言ってそれにプライドは
感じていなかった。私が一番悔いたのは患者の命を奪ってしまった事だ。私は
医者。医者の仕事は人の命を助ける事。医者は神様ではないという言葉が出てくる
時もあるが、私は患者にとって命を救ってくれる神様のような人間でありたいと
思っている。なのに私は人を殺した。人を救う、神の手と言われたこの手が
罪悪感の赤で染まった。私は弱い人間だ。手術の失敗を同じ外科医の湯澤に
擦り付け、手術の失敗を忘れようとした。湯澤は世間から酷いバッシングを
受けている。悪いと思いつつ安堵している私。やはり最低な人間だ。
私のような人間が神の手を持つ天才外科医と呼ばれるのは正しい事なのか。
いや絶対に違う。確かに私は1度も失敗した事など無かった。だがしかし、
いざ失敗したとなった時、私が真っ先にした行動は保身。自分の世間体を
守り抜くために同僚に失敗の責任を擦り付け、失敗があった事を忘れようと
する弱い人間。弱さを隠すために強がって余計に弱さを見せる。それを
繰り返して私は弱い人間としてどんどん堕ちていく。堕ちた後の事は誰にも
分からない。私自身が堕ちて体感するまでは何も分からない。天才と呼ばれた
男の本性はただの小心者だ。事実から目を背けず立ち向かう。簡単に言うけど
とても難しい事。それが出来る強い人間が居るのなら一度会ってみたいな。
憎まれっ子世に憚ると言う。私は今はまだ憎まれはしないが、十分憎まれる
事はしている。私はきっと長生きするだろう。長生きする間に1度会えれば
良い物だな。私の失敗が世間に出ればどうなるだろうか。私は多方面から
咎められる。親ですら私の失敗を知らない。失敗を知れば勘当されることは
間違いないだろうから。私の親も医者。私の親は私にブランドをつけている。
失敗しない神の手を持つ天才外科医というブランドだ。私は自分でも少し
そう思っていた。しかし驕れる者は長く続かない。私は過剰に自信を持とうとは
しなかった。有名私立から大学までエスカレーター式で上に上がっていった。
成績も良かった。でも私は受け入れられなかった。親のコネで良く扱われている
だけだと思っていたから。社会に出れば私の無能さが露呈するだろうと
思っていた。でも逆だった。社会に出て活動することで私がいかに有能かを
主張された。有名私立の小学校にトップクラスの成績で入り、大学卒業まで
トップクラスであり続けた私。勉強と習い事しかしてこなかった。所詮は
学校で良かっただけ。勉強と習い事以外出来ない無能。自分で自分をそう
捉えていた。今まで親のコネだとか、運がいいだとか、勉強しか出来ないだとか
思ってきた私が、コネでどうにもならない事を次々と成功させていった事で、
自分に自信を持って行った。社会に出てから自信を持つのに、そう時間は
掛からなかった。でも、根本の人間性は変えられない。いつまでたっても
臆病で弱い小心者の本性が消える事は無い。世間や他の医師の手前、この
弱さを治すために精神治療などを受ける事は出来ない。第一親が許さない。親は
絶対に私のイメージを守りたがる。勿論悪い意味でだ。私は勇気が無い小心者。
誰かに私の失敗を暴いてほしい。世間体などもう気にしない。誰か暴いてくれ。
他力本願なところがまた弱い。でも神様はいる。今こうして私は裁かれようと
している。最後まで私は認めない。私は言う機会を与えられても真実を
述べられないんだ。最後まで、自分の中で失敗を無かったことにする。
手術室に連れていかれて、手術を強制され、手術をする私。気付くことがある。
私が今執刀している患者の状態は、私が過去に失敗した患者と同じ。
私はまた失敗するのだろう。失敗すれば私は殺されてしまう。そうなったら
きっと私は地獄行きになる。片道切符だけ買って地獄に行くんだ。億に1つ、
また生まれ変わったら平穏な暮らしを望む。
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