奥田 紗和恵  過去編

私は幼い頃から自己主張が苦手だった。皆の輪には入れず、いじめに合う事も


少なからず在った。私はいつしか他人に期待をしなくなった。高校で家庭科の


教師をする私が他人に期待をしない人間性を持ち合わせている。教師として


致命的な弱点だと言える。だって生徒の得意なことを伸ばして将来を期待する。


それが教師として一番の楽しさだよ。なのに私は他人に期待をしない。


教師としての資格があるのかすら分からない。他人に期待をしないのは単なる


逃げだと私はずっと分かっていた。分からない振りを続けながら、分かり


続けていた。でも私はそれに目を向けるつもりは無かった。目を向けると


自分の弱さが全面的に見えてしまうから。誰だって自分の弱さなんて直視


したくない。自分の非を正当化するのが上手い私の事だ。弱さが垣間見えた


として、その弱さを正当化するだけ。小学生の時からそうだった。私は


何か失敗する度に自らを省みず、ただ正当化するだけ。私のいじめられた


原因は自己主張の苦手さもあるだろう。だけど、最大の理由は反省のしなさ。


何もかも人のせい、物のせい、風のせいにしてきた私。私が逃げるために


罪を擦り付けたクラスメイトだって少なくなかった。私のせいで


何もしていないのに叱られるクラスメイト達。恨みを持つのも当然だ。


嫌がらせを受けるのも当然と言える。でも私はいじめを受けてまた皆を


大人たちに売り捌いた。クラスメイトは責任を問われた。お陰で私への


いじめは完全に消え失せた。でも代償として私は孤独になった。孤独でも


良いよ。大人たちは私を助ける。だって私は勉強も運動もできる優等生を


気取っていたから。大人から見て私は模範的で素晴らしい子供。対して


他のクラスメイトは私を嫉妬でいじめた低レベルな人間。大人は何も


気付かない。本当に馬鹿だった。大人が他のクラスメイトに対する考えは


私の心理操作だから。大人を駒にして、私は思うように周りの子供を


動かした。事ある毎に大人に告げ口した。告げ口するときは遠回しな


告げ口をした。周りの子は皆馬鹿。嫌がらせの証拠を残す。私はその証拠を


収集して時々大人が気づく位置にわざと放置した。証拠があれば芋を引く


ことなど不可能。私は小学校6年間という短い間に数え切れぬ程


クラスメイトを陥れた。不思議と罪悪感は感じなかった。しかし同じ相手に


飽きてきてしまったので中学は校区外の場所に行った。理由は、校区内の


学校には自分に嫌がらせをした事の人間が居るから。周りの大人は


二つ返事で了承した。本当に馬鹿な大人が溢れかえっていて滑稽だった。


校区外の中学では男の子をたぶらかした。いつも彼氏が1人は居た。


向こうを本気にさせておいて当の本人、つまり私は遊びとすら思って


いなかった。体の関係を持つと面倒臭いので付き合うだけにした。キスも


絶対しない。手をつなぐことも躊躇う。でも私のそういった行動で価値は


日に日に上昇した。ついには教師まで手中に収めた。大して理由は無い。


強いて言えば、教師を味方につけておくと楽だから。男ばかりを優先した


私は女子生徒、女教師からの評判は日に日に下がる一方。私はまた1つ


学習した。高校生になる頃には正しい生き方を知っていた。皆に


分け隔てなく接し、表では『素敵な』奥田 紗和恵を演じるのだ。しかし


裏では酷い事も多くする。それが楽しくて仕方なかった。高校は地元の


有名な進学校に行った。でもそこには教え子に


無理やり手を出して罪に問われた教師もいた。問題行動をして停学を


繰り返し退学になった生徒もいた。進学校なのに何故かって?


これも全て私の仕業。気に入らない教師、生徒が同じ学校にいると気分悪いし


折角の高校生活が嫌になっちゃうでしょ。私はただ楽しい高校生活を


送りたい。ただそれだけ。私は全てが思い通りになる。でもそれは小さい


学校という世界の中でだけ。本当に全てが思い通りになるとは言えない。


どれほどの大罪を犯しても許される。それこそが本当に全てが思い通りに


なっている状態と言える。私は自分の思いを実らせるためには努力も金も


惜しまない。しかし、私には学校で人を貶める楽しさが忘れられない。


大学では教育学部に行き、教師になる事を目指した。他人に期待をしない


私が教師だなんて笑えるよね。でも学校という小さな世界を支配する


楽しさを一生忘れることは出来ない。もう一度学校に戻れば、また自らの


統治する世界が産まれる。社会を思い通りにしたいなら政治家になるべき


なんじゃないかという意見も勿論ある。でもね、全てが思い通りになる


って国全体を治めることじゃない。だって国全体を完璧に治めるのって


難しすぎるでしょ。真の思い通りって言うのは自らの周りにある小さな


世界でどれだけ影響力を持って、様々なことを思い通りにして貰えるか。


学校という小さな場所に教師として返り咲き、私は全てを思い通りに


する。しかし、教師になっただけでは今までのスキルを以てしても、


大罪が許されるようになりはしない。だから抜け目を探すのだ。法律の


抜け目を探し出してたとえ人を殺したとしても絶対に罪に問われない様に


生きるのだ。私はすぐさま法学部の知り合いを頼って、法律について


学んだ。大学を卒業する頃には私の法律知識は法学部と同等かそれ以上に


なっていただろう。そして私は教師として学校に返り咲いた。家庭科の


教師として学校を支配する。全てを自分の思い通りにする。今まで通りに


すれば簡単だった。『表向き』の奥田 紗和恵は優しくておっとりしてる


家庭科の先生だった。生徒も教師もすべてが私の手中に収まってくれた。


自分から収まりに来てくれたと言っても過言では無い程スムーズにね。


しかしここで予想外が起こった。私に反抗する教師が現れた。はっきり


言って、私の思い通りにならない人間などこの小さな世界には不要だ。


今回はどうする。教師を辞めさせるのは物足りない。高校生の時に何度も


辞めさせたから。世界から抹消してやるのが一番良いのかもしれないね。


折角法律の知識を得たことだし、殺してみるか。死体が出なければ殺人罪に


問われることは無い。殺して死体ごと証拠隠滅したら万事解決。そうなれば


早速策を練って殺そう。仮に何かあって関係性を疑われてもいじめられて


いたと言えばいい。いじめられていた証拠も用意しておけば問題はない。


そう、上手くいっていたはずだったのに。私の人殺しは会った事も無い、


視界に入った事も無いピエロに全てがバレていた。苦肉の策だが仕方ない。


同情を買おう。しかし誰も私を庇ってはくれない。小さな世界は所詮は小さい


世界。私の力は使い物にならなかった。無理やり料理を食べさせられる内に


味を感じなくなっていく事が分かる。言ってる内に間違えて私は死んで


しまうんだろう。次に生まれたときは絶対に間違えない。今度こそ私の


望む世界を作るんだ。私は諦めない。

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