意地汚さの継ぎ接ぎ者

東さんは猛省しているのに死刑判決を下される可能性が高いのか。生きて償いを全うしてからでは駄目なのか。彼の殺人は処刑された人たちとは違う物。自らの罪を後悔して懺悔しているんだ。最終的には処刑されるしか道が無いなんて反省してる彼への冒涜だ。依頼を受けて、半強制的に人殺しをさせられて最期は死刑判決が下るなんて彼は何故生まれてしまったのかと思う。東さんは誰もが抱える心の弱さに打ち勝って罪と向き合ったのに、どうして。東さんの生は神すら望まなかったのか。悲惨以外の何でもない。誰もが思う。東さんに死刑判決が下らないでくれって。良い人ほど死んでしまう世の中だ。東さんも例外じゃないって事?いい人から優先的に死んでいくなら僕は長生きするだろう。僕は薬物常習犯なうえに誰にも貢献できない。誰の役にも立てない。神様は、お花畑の一番きれいな花から摘んでいく。僕という花は薬に没した花。価値のない枯れたみすぼらしい花。人間自体が枯れて壊れてるんだ。いつになったら変われるだろうと思っていた。自分が動かなければ変われない事に気付いていたのに動かなかった。本当にダメな人間だ。心のどこかで踏ん切りを付けられなくて逃げるからゲームも出来ない。逃げて逃げて出来た人間だから肝心な所で逃げようとする。要するに癖がついてるんだ。惨めな癖だな。親にも見放される訳だ。努力をしない人間に価値はない。当たり前だ。僕は次のゲームでも逃げるんだろう。

「次のゲームは違うスタジオでするよ。皆ついてきてね。」

僕らは言われるがままピエロに着いていくと障害物が沢山ある山が見えた。登っていくのかな。運動系だったら勝てそうなメンバーっぽい?でも絵馬さんは動画でアスレチックとかしてたし零宮さんも未知数だしきついかも。

「今から山を登って貰うよ。この山の頂点にある旗を取れば解答権を得られる。障害物が大量に設置されてるから上に上がるのには時間が掛かるよ。一度効力を発揮した障害物はただの飾りになるからね。」

夥しい数の障害物。こんな山登れる訳ない、トラバサミに足挟まれたりなんてしたら最悪足千切れるぞ。まただ、僕はすぐ否定から入る。肯定というものが出来ないんだ。消極的で否定的。

「僕が開始の合図をしたら登り始めてね。」

とりあえず挑戦だけでもしてみよう。逃げちゃダメなんだ、挑戦だけでもしないと。目に見える障害物は避けて登ろう。怪我なんて絶対にしたくないからな。血が流れるのを見るのも嫌だ。慎重に慎重に登っていけば大して引っ掛からずに頂上に辿り着ける。よし、出来るぞ。僕は出来る。

「スタートだよ!」

真っ先に上り始めたのは有馬君。障害物に引っ掛かったが時間のロスはあるものの、意外とすんなり解除できる事に気付く。有馬君の障害物を解除する姿を見た人たちは皆一斉に登りだす。有馬君や先に登った人たちが引っかかった障害物が多くあり僕は殆ど引っ掛からずに登っていける。しかし、誰も登った事のない高さまで来ると障害物に引っ掛かる回数も増える。皆が上へ上へと登る中でまだ手を掛けてすらいない人が居た。零宮さんだ。虎視眈々と僕らの登っていく様を見ている。不気味に思ったが気にせず登っていく。大分上の方まで登っていくが障害物に何度も掛かって他の参加者に追いつかれる。大体皆並んだ頃、障害物が山から飛び出してきて全員転落する。転落しながら見えたのは嬉々として山を登っていく零宮さんだった。下にはマットが敷かれていたから大事にはならなかった。でも僕たちがマットの上に身を打った頃、零宮さんは既に半分以上の位置に達しており、追いつくことは不可能に近い。僕は急いで再度登り始めた。彼に追いつけるように必死に登る。しかし登っても登っても追いつけない。零宮さんはいち一度も障害物に引っ掛からないんだ。理由は僕たちがある程度消化してしまったからだろう。大概の障害物は効力を失った。僕が半分まで登った頃には、もう頂上に手を掛けていた。無理だと思った瞬間に零宮さんは頂上に上がって旗を取る。

「今回解答権を得たのは零宮 清都君。」

零宮さんはゆっくり山の上から降りてくる。また出来なかった。なんて無力なんだろう、歩みだしても今までの逃げの代償が大きすぎる。結局はあっさり負けて苦汁をなめるんだ。僕というのは哀れで仕方ない人間だな。逃げ癖の酷さが僕という人間の今までを全て物語ってくれる。

「じゃあ問題です。貴方は他人の足を引っ張り、夢を壊した事はありますか?」

夢を壊したって具体的なようで抽象的な質問だな。夢を壊すってどんなイメージだろ。夢を諦めさせるとか、現実を突きつけるとか。夢を諦めさせる方法っていっぱいあるな。でも足を引っ張ったって言ってるし、零宮さんは何か裏で工作して無理矢理夢を諦めさせたのかな。

「夢を与える仕事の僕が夢を壊したりする訳無いじゃん。もしかして専門学校時代の事言いたいの?」

ピエロの言っていることに懐疑心を抱く余地はもう無いんだよね。ピエロが言ってきた事全て、間違っていなかったから。零宮さんは専門学校時代に夢を壊す行為に値するなにかをしたのかな。考えられる事はいじめ?学校ならいじめという単語しか出てこない。

「そう、君の専門学校時代のいじめの事について。それが貴方の償うべき罪。」

零宮さんはいじめをしていた。とてもじゃないが信じられない。物腰が柔らかそうで優しい笑顔が人気の零宮さんがいじめ?人の顔は上塗りが簡単なんだな。人を虐める様な人間が振りまける笑顔じゃない。そこはかとなく怖ろしい。

「いじめの事か。確かに僕はしていたよ。自分より上手い人間が残ってると何かと厄介じゃん。だから虐めて専門学校辞める様にちょっと言ってあげただけ。」

いじめか。まさか零宮さんがいじめをしてたなんて。僕ら一般人が持つ零宮さんのイメージとは程遠い。平和主義で笑顔が眩しくて心地のいい声で皆を癒してくれる存在の人。僕らの太陽とも言うべき存在の人が意地汚い人間だったのには流石にショックを受けてしまう。自分が成功するために他人を蹴落としてのし上がる。意地汚い以外の何物でもない。

「いじめなんて大層な事はしてない。遊んであげたんだよ。それで辞めていくんだからレッスンについて行けなくなっただけなんじゃないかな。」

零宮さんも自分の罪を理解していない。声優を目指して健気に努力を重ねていた人間を厄介だからという独りよがりな理由で夢を諦めさせた。なのにも関わらず零宮さんはそれの何が悪いのという顔をしているだけ。人を蹴落として意地汚い事をしてきた結果が今の名声。嘘っぱちの名声じゃないか。

「何で僕をそんな目で見るの。ただ、僕は一番になりたかっただけ。意地汚いと言われても何と言われても一番になりたかっただけだよ。いじめの何が悪いの厄介なんだよ、僕が一番になるためには僕より優れた奴は邪魔なんだ。」

確かに自分より優れた人間が居れば間違いなく邪魔だと感じるだろう。一番になりたいと思ってるなら尚更。いじめで辞めざるをえなくなった人たちは今どうなっているんだろう。声優の道をまた志しているのか、諦めてしまったか、心を病んでしまったか。夢を奪った挙句に今となっても罪を認めない。

「僕の何がいけなかったんだ。皆人を蹴落として今の地位があるんだろ?受験とかを思い出してみて、蹴落とし合っているじゃないか。皆生きていくうえで他人を蹴落としているんだよ。」

何も言えない。違うとは言えないんだ、受験は誰かが受かれば誰かが落ちてしまう。蹴落とし合いと言われても変では無い。でも違う、零宮さんのしてきた事とは全く違うんだ。上手く説明は出来ないけれど違う物なんだ。

「零宮 清都を更生の余地なしとみなして処刑する。」

唐突に口を開いたピエロ。スタッフが数人がかりで零宮さんを連れて行く。何度見た光景だろうか。今回は死んでしまうんだ。前回は東さんが生きて解放された。今回は零宮さんが処刑されてしまうんだ。僕らは中央モニターに目を向ける。画面は真っ暗で何も訴えてはこなかったが、寸刻経った頃に零宮さんが映し出される。密閉された部屋に一

人で立っている。ヘッドフォンを付けており、彼の前にはアフレコの機械がある。

「零宮 清都の実力は?退学させた皆と同じレベルのAIと対戦だ。五連勝でクリア!」

台本を持ってアフレコを始める零宮さん。僕が好きなアニメの一節だ。主人公が零宮さんだったんだよな。毎週見てて声が好きだった。零宮さんは皆が呆然と画面を見つめてしまう様なアフレコをする。抑揚の付け方が著しく心地よいもの。意地汚いことしてのし上がったけれども努力は重ねていたんだと思った。努力して足りない部分を、自分より優れたものを追いやる事で補填したのか。一節が読み上げられると、AIと彼の得点が表示される。10点差で零宮さんの勝ち。次は零宮さんが黒幕を演じたアニメの一節。役によって声が全然違う零宮さん。本当に感服するほどのアフレコを聴く。二戦目も彼が勝った。三戦目も四戦目も順調に勝っていく。あと一勝でクリアだ。最後のアフレコは零宮さんとイメージが相反するキャラクター。零宮さんは至極役になりきったアフレコをする。先程までのキャラクターとは全然違う声で声を当てる。必死に役になりきる零宮さん。一節を読み上げ、AIと零宮さんの点数が表示される。僅かながら零宮さんの負けだった。零宮さんの負けが表示された瞬間に、零宮さんが居る部屋に煙が充満する。でもそれは煙では無くガスだった。零宮さんは逃げようとするが部屋の扉は固く閉ざされており開かない。ガスを吸ってしまったのか足腰が立たなくなっている。部屋の中で倒れ込み、藻掻いて足掻く零宮さん。蹲って悶える彼に現れる異変。呼吸の音が狂い、痙攣している。しばらく身もだえ痙攣した後、零宮さんは動かなくなった。ガスに侵され朽ちていく彼が投影されたモニター。僕らは一体何を求めてゲームを続けるんだ。希望はどこにもない。

【零宮 清都  脱落  処刑完了】

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