第12話 魔王軍




 場所は変わる。




 コルマが聖女に召喚され、マンダと再会した同時刻。

 世界の果てにはる魔王城では、とある二名が話をしていた。

 無論、どちらとも魔物である。

 それもとびきり凶悪な。


「……して、聖女降臨は為されてしまったと」

「はい、我が力及ばず申し訳ありません」


 蝋燭の光しか存在しない暗闇の部屋。

 乾いた空気に無機質な石の机。

 二名はその机を挟んで座っていた。


 一方の魔物にはグラスに注がれた水のみが置かれ、もう一方の魔物には色鮮やかな食事が置かれている。

 サラダにスープ、パンにステーキ等々。

 まるで人間が食するような食べ物。

 それが魔物の前に置かれていた。


「ワーウルフの娘を核に行ったマールム・インクティオは成功。しかし火力が足りませんでした。アレでは魔将クラスどころか魔准尉クラスに及ばないでしょう」


 グラスのみ置かれている魔物の名はカルマ。

 魔曹長の階級を得た人型悪魔種の魔物である。

 カルマは真っ黒なローブから赤黒い手を覗かせ、赤い眼を光らせていた。


「ふむ、まぁ仕方ない。消滅したのなら良しとしよう。各将校及び魔王様には禁術の話が伝わらぬよう徹底しておけ」


 反対側に座る魔物の名はマカルギ。

 魔少将の階級を持つ海魔型クラーケン種の魔物である。

 マカルギは近くにあるステーキにナイフを添え、小さめに切ると口元へ運んだ。


「その点は問題ございません。既に禁術の実験を知る者は全員抹殺しておりますので……」

「むぐ、そうか。ご苦労であったな」


 瞬間、目にも留まらぬスピードでマカルギの触手が伸びた。何の気も無い表情で、対峙していたカルマを襲ったのである。

 カルマは抵抗する暇もなく頭を潰され、無様に血を噴き出す死骸に成り果てた。

 痙攣する体から勢いよく出て来る血は部屋一面に飛び散り、マカルギの食事にも例外なく降り注ぐ。


「……ふむ」


 しかしマカルギは気にする様子もなく、再びステーキを口にする。

 そして右手の近くに置かれたワインを口にすると、小さくため息を吐いた。


「むぅ、悪魔種の血は業が深く美味いと聞いたが……あまりミノタウロスの肉には合わんな」


 そう言い捨てると、石机の端にあるベルを鳴らした。

 すると、すぐに別の魔物が飛んできた。


「お呼びでしょうか、閣下」


 真っ赤なドレスを着た、恐ろしく青白い肌をした女性の魔物であった。

 背中からは翼が、口からは立派な牙が生えている。

 そんな美しい魔物は、下を向いたままマカルギの前にひれ伏した。


「貴様の兄が自害した。これより私の側近は貴様だ、フォーテ」

「ありがたき幸せ。出来そこないのカルマに代わり、以後は私が貴方様の右腕となります」

「うむ」


 フォーテと呼ばれた魔物の返事を聞き、マカルギは満足そうに微笑んだ。

 彼はスープに口を付けながら、ズルリと触手をうねらして何かを取り出した。

 少々湿っているが、書類のようである。


「それは?」

「カルマの遺品だ。自害前に受け取った」


 マカルギは触手を振るうと、フォーテの足元に書類を投げ飛ばす。

 フォーテはベチャリと着地した書類を見ると、緩やかな動きで拾いその内容を読み始めた。


「これは……例のハートレイス城侵攻に関する内容ですか」

「ほぅ、興味深い。かいつまんで伝えろ、内容をまだ見ていない」


 悪びれる様子もなく、ただ淡々と指示を出すマカルギ。

 フォーテは何か気にする様子もなく、言われるがままに書類の中身を読み始めた。


「ハートレイス城侵攻の失敗後、自責の念に駆られた下級魔物たちが禁術を発動。降臨した聖女と盟友に襲い掛かったが、これも失敗したとのことです」

「ほぅ、あの魔王様すら使用を禁じた禁術を。嘆かわしい、兵どもは一体どこから知ったのか……」

「愚推致しますと、カルマが使用方法を伝えたのかと思われます。今回の自害も、魔王様への忠誠に反した自分への罰かと」

「なるほど、それならば頷ける」


 頷くマカルギを感情のこもっていない目で見つめるフォーテ。

 彼女はマカルギから視線を逸らすと、そのまま書類の内容を読み続けた。


「聖女は今後、ハートレイス城より南部へ侵攻すると思われます。盟友とされた人物は刀狂いのイズミ、魔竜姫ベルン、聖鎧将マルタ。正体不明の黒騎士も存在しますが、こちらもかなりの実力を有するとのことです」

「ほぅ、どれも歴戦の強者ばかりだな。これは骨が折れる」


 言葉の内容とは裏腹に、マカルギの口調は明るい。

 その本心がどのようなモノなのか、生憎フォーテには知るすべも意欲も無かった。

 暗く狭い空間の中、ただフォーテの言葉のみが響く。


「加えて、魔物側からも聖女についた者が二名いるとのことです」

「む、やはり今代も呼ばれてしまったか。どのような魔物であれ、同胞が奪われるのは非常に心が痛む。して、誰が聖女に奪われたのかな」

「はい、ワーウルフの娘と先日ダルク級となったアーリマンとのこ――」


 フォーテが言い終えようとしたその時、バリンと何かが割れる音がした。

 フォーテが床を見ると、そこにはバラバラになったワイングラスが横になっている。

 マカルギが落としたようだ。


「……マカルギ様?」

「アーリマン、だと?」

「はい、アーリマン小隊隊長のアーリマン・ダルクです。如何なさいましたか、閣下」


 不思議そうにするフォーテを無視し、マカルギは勢いよく立ち上がった。

 そして部屋の外に出ようとした時にピタリと立ち止まる。


「……一応、忠告しておいてやろう。アーリマンには気を付けろ」

「気を付けろ、とは?」

「アレは忌むべき種だ。何度絶滅させようと、虫のようにどこからか湧き出て来る」


 それだけ言うと、マカルギは部屋から立ち去った。

 部屋に残ったのはフォーテただ一人。


「……」


 彼女は表情を変えず、その場を動かない。

 しかしマカルギの動く音が聞こえなくなると、膝を折って近くに散らばるモノへ手を伸ばした。

 先程まで生きていたカルマの肉片である。


「お疲れ様でした、お兄様」


 優しい口調でそう言うと、彼女は部屋に散らばる肉片を一つ一つ丁寧に拾い始めた。

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