第11話 帰還




 意識が途絶えてすぐ、俺は夢を見た。

 夢ってすぐにわかったのは、その光景に覚えがあったからだ。




「……」


 数年前、俺が小隊を持つの事だ。

 雨が降る日、いくつもの生物の死骸や骨が散らばる荒れ地。

俺は単身での任務を終え、帰路に着く途中だった。

帰ってからのやる事を考えていた時、ふと魔物の子供を見つけたのだ。

 ボロボロの布きれを羽織っていたソイツは、酷くやせ細っていたと思う。


 その子供は自分の何倍も大きな母親らしき亡骸を守りながら、低い声で唸っていた。

 どうやら、俺の事を敵だと思ったらしい。

 別に興味が無いんだから、敵でも味方でもないんだがな。


「……」


 何のことも無い。魔物の子供が道端で死ぬのは良くあることだ。

 逆に弱っている芝居をして、近づいたヤツを襲う魔物もいる。

 弱肉強食が絶対な世界で、情けをかけるのは肉になりやすい。

 だからこそ、俺はその子供を無視して立ち去ろうとした。


 だが、数歩歩いた時に違和感を覚えて立ち止まった。

 先程まで聞こえていた唸り声が聞こえなくなったのである。


「……?」


 不思議に思って振り返ると、その子供は母親の亡骸に顔をうずめて動かなくなっていた。

 死んだのか、まぁ仕方ない。

 特に感傷に浸るわけでもなく、俺は何気なくそんなことを思っていた。


 だが最初から死んでいたモノと今死んだモノとでは、少しばかり気分が変わってくる。

 このまま逆恨みされて、祟られでもしたらたまらない。


 墓くらいは作ってやろうか。ついでに母親の分も。

 そう思い、俺は子供に近づいた。

 母親の方は骨が折れるだろうが、子供が入る穴くらいならすぐに掘れるだろう。

 そんなことを考えながら、まずは小さい魔物用の穴を作ってやった。

 

 墓穴作成にかかったのは数秒。

 簡単な感じだが、文句は言わせない。

 そのままの調子で入れようと体を掴んだ、その時だ。


「……あん?」


 グイッと何かに抵抗された。

 何事かと思って子供を見ると、母親が着ていた服を掴んでいたのだ。


「……」


 腕を振るったりして離そうとしたが、まったく離そうとはしない。

 かなり強い力で掴んでいるようだった。


 というか、よく見ると子供は死んでいない。意識を失っているだけだった。


「意識が無くても離さないくらい、母親が好きだったのか?」


 そんなことを聞いてみるが、返事は返ってこない。

 まぁ気を失ってるんだから当たり前だが。


「……」


 自分にも母親が存在したら、こんな感じに大事にしたのだろうか?

 疑問が浮かんだが、すぐに消えた。

 ないものを考えてどうする。


「……」


 さて、と。

 墓を作ってしまった相手が実は生きていた。

 手を離して見捨てたら、今度こそ死ぬだろう。


 加えて、幸いなことに弱ったフリをしていたわけでは無かった。


「……」


 穴を作った労力分は働いてもらう。

 ほんと、それだけだ。


 ふと体をズラしたせいで、子供の尻からフサフサの尻尾が生えていることに気付いた。


「……こいつ、ワーウルフか」


 そんなことを呟きながら、俺は母親の亡骸ごとその魔物を抱えて魔王城へと帰っていったのだ。













 夢から覚めた。

 

 どれだけの時間が経ったのかは分からない。

 目が覚めた時、俺はベッドの中にいた。

 月明かりが部屋の中を照らしている。


「……」


 何台も並ぶ真っ白なベッド。

 銀発色の器や、治療用の薬品がある。


 辺りの様子から見て、どうやら医務室らしい。


「……死んでないのか」

「おぉ、気付いたか。丈夫な奴じゃ」


 近くの椅子に座っていたのはジジイだった。

 ジジイはケラケラと笑いながら、愉快そうに俺を見ながら話を続けた。


 あの時。

 コルマ達と一緒に死のうとした俺を、寸での所で黒騎士が守ったらしい。

 しかし、それでも瀕死になった俺は即治療。そのままここに寝かせられたそうだ。

 そこからは皆で代わる代わるココに来て、俺の番をしていたらしい。

 なんでも、今は治療用の触媒が無いからあの時死んでたら復活出来なかったとのこと。

 

 ……よくもまぁ、こんな奴にそこまで手を掛けてくれたもんだ。

 盟友が大切ってのは分かるけど、あの場で見捨ててくれてもよかったのに。


「傷は痛むかの?」

「……いや、風穴開けられた割にはそこまで痛まない」

「いんや、ソッチではない」


 片手で剣の鞘をなぞりながら、ジジイはそんなことを言ってきた。

 なんだよ。傷以外に何が痛むってんだ。

 変な事言うんじゃねぇ。


「……まぁ、言わないのならソレでもよかろう。介錯を望む魔物を斬る刀は、あいにく持ち合わせておらんからの」


 ジィッと俺を見つめていたジジイが視線を逸らして立ち上がる。

 そのまま背を向けて部屋を出ていった。

 だだっ広い真っ白な空間で、上半身だけ起こす。


 ふと、今までの自分を思い返した。

 どの場面を思い出しても、みっともなく動いたり隠れたりする自分が浮かぶ。


「……」


 生き残りたかった。

 ただ、生き残りたかった。

 生まれた時から親や頼れるやつはいなくて、とにかく生きるために日々を過ごしていた。

 弱い奴は自分の糧にして、強い奴は決して相手にせず。

 誰にも目を付けられないように、ひっそりと。


 だが魔物の中では、生き残ったヤツは強い奴だと思われる。

 いつの間にか魔王軍に目を付けられて、強制的に入れられたのは必然だった。

 そこからも生き残れるような立ち回りをして、気付いたら小隊長になって。

 同じような一人ぼっちの連中を揃えたら、結構な人数が集まったんだよな。


 あぁ、ちくしょう。

 静かすぎるおかげで、余分な事を考えてしまった。


「慕われていた、か……」


 魔王軍でも信頼されている存在はいたりする。

 でもそれは、強いことが絶対的な条件だった。

 間違っても俺が得られるモノではない。

 そう、考えていたんだがなぁ……。


「……」


 まぁ、今となってはどうすることもない。

 ただ部下だった奴らを全員失っただけだ。

 覚悟していた事だろう。


 それに、正気を失ったアイツらを救えたじゃないか。

 あの禁術の犠牲になったヤツは二度と元に戻れず、肉塊のまま生き続ける事になる。

 もう元に戻れないんだから、アレが一番の方法だったんだ。

 そうだろ、おい。


「……くそ」


 いや、やっぱダメだ。

 納得できるはずねぇだろうが。

 分かってる。分かってはいるのに考えが止まらない。

 

 もっといい方法がなかったのか?

 あの戦場で、送る先は砦以外になかったのか?

 別の命令を下すべきじゃなかったのか?

 

 いや、そもそも。

 俺なんぞの隊に、入れるべきではなかったのか?

 

「……」

 

 死んだ奴らは何も答えない。

 だからこそ、肯定も否定も無い。

 残ったのは、自責と後悔のみ。


 俺だけ生きる資格があるか。

 そんな疑問にも、答えてくれる奴はいない。


「……」


 ふと、ベッドに立てかけられた俺の武器が目に入った。

 誰かが気を遣って置いてくれたのかもしれない。

 あるいは、こんな面倒なものを置く場所が他になかったか。


 俺は何気なく武器に手を取ると、手に装着する鉤爪の部分を見つめる。

 前見た時と変わらない。

 鋭い光を放っていた。


「……」


 なんか、色々疲れたな。

 そう思って刃先を首に近づけた。

 首筋に当たる刃が、ひんやりして妙に心地いい。

 恐らく、一瞬で事が終わるだろう。


 これで本当に終わりだ。

 聖女たちには悪い気持ちもあるが、これ以上何かをする気になれない。

 きっとこのまま生き続けても役には立てないだろう。

 それよりも、アイツらに会いたい。

 俺が逝ったら、部下たちはなんて言うだろうか。

 もしかしたら前と違って、俺がアイツらに説教されるかもしれん。


「……それもいいか」


 そう思い手に力を込めようとした。

 その時だ。




「アーリマン殿」




 扉の方から、聞こえない筈の声が聞こえた。

 少しだけ武器を遠ざけ、扉の方を見る。


 そこには、死んだはずのコルマが立っていた。

 肉塊ではなく、正真正銘そのままのコルマが。


「は……幻覚。俺もそうとう参ってんな……」

「いえ、幻覚ではありません。聖女殿と盟友の契約を交わし、現世に戻って来たであります」


 盟友、あぁそうか。

 それなら確かに、幻覚じゃないのか……って。


「お前、まさか無理矢理召喚されたんじゃないよな……!?」

「いえ、ちゃんと了承して召喚されました。貴方のもとへ戻るために」


 コルマは少しだけ笑うと、コッチの方に歩いてきた。

 ゆっくり、ただゆっくりと。

 そのまま俺の近くまで来て手を伸ばし、俺が持っていた武器に優しく触れてきた。


「武器は、自分を傷つけるモノではないであります」

「っ……」

「そんな近くに寄せていては危ないでありますよ」


 優しく武器を下ろさせて来る。

 いつもは弱い筈なのに、なぜか抵抗できなかった。


 コルマは俺から武器を取り上げると近くの机に置き、窓の方を見た。

 俺も釣られて窓を見てみると、真ん丸な月がちょうど綺麗に見えている。


「お月様が綺麗であります。あんなに丸くて、お団子のようであります」

「あぁ、そうだな」

「む、前のように茶化してはくれないでありますか? お前は本当に食い物が第一だな、と」

「悪いな、ちょっとそういう気分じゃねぇんだ」

「……そうでありますか」


 コルマは残念そうな顔をして、小さく笑った。

 それ以上、言葉が続かない。

 俺もコルマも互いに視線を合わせたり逸らしたりするのみで、そんな状態がずっと続いていた。


「……」

「……」


 痛いほどの沈黙に、言い様の無い罪悪感が襲ってくる。

 そんな感情を抱く理由が分からず、焦り出す始末だ。


 なんでこんな気持ちが湧いてくる。

 俺の何が悪いってんだ。

 そんな自分本位なことばかり考えていたから、俺はコルマの質問に答えられなかった。


「今、何をしようとしていたでありますか?」


 ふいに聞かれた質問に、一瞬呼吸が止まる。

 何か適当に誤魔化そうと思っても、喉から上手く言葉が出ない。

 言葉を発しようとして詰まり、空気だけが口を通り過ぎていく。


「答えられないでありますか? あのアーリマン殿が」


 コルマは窓から離れ、もう一度俺の方に近づいてきた。

 まっすぐ、相も変わらず真面目そうな目をして。


「……皆、私を選んでくれたであります」


 悲しそうな顔をして、そんなことを言いだす。

 いつもハキハキと喋っていたのに、少しだけ声が震えていた。


「私たちは完全に合体してしまったせいで、一つ一つの魂を正確に取り出すことが出来なかったであります。そのために、現世に来れる者も一体だけでした」

「……そうか」

「皆、本当はアーリマン殿に会いたかったのであります。自分が行きたいと、全員が思っていたであります。でも弱くて足手まといになるからと、副隊長の私を選んでくれたであります」

 

 俺の横にまで来たコルマは両手で俺の右手を持ち、優しく握ってきた。

 まるで人間が子どもを叱るように、どこまでも優しく。

 触れられているのは手だけなのに、全身がフワリと包まれているように感じる。


 あぁそうか。ようやく理解した。

 アイツらが俺を慕ってくれてたみたいに、俺はアイツらを大切に思ってたんだ。

 一方的に守ってやってると思ってたのに、その実俺もアイツらに守られてて。

 それなのに一人で強がって、一人で生きているって思い込んでいた。

 勝手にやり遂げた感じになって、アイツらの気持ちも考えないで。

 勝手に疲れて死のうとしていた。

 だからコルマを見た時、妙な罪悪感を感じたんだ。


「貴方を想わぬ日など一日とて無かったであります。あの荒野で拾って下さった日から、今日まで」

「コルマ……」

「だから砦に転移されたとき、とても寂しかったであります。後で来た皆も、とても寂しそうな顔をして。だから、だから……」


 顔を上げて、コルマは俺に叫んできた。


「もう放さないで欲しいでありまず! ずっと、ずっと一緒にいて欲しいでありまずッ!」


 ……あぁ、もう。

 鼻水やら涙やら。色々だらだら流してみっともない。

 止めろ、何泣いてんだ。

 当たり前だろうがそんなこと。

 聖女の盟友になったんだ。嫌でもこれからは離れられないだろうが。


 だから、泣くな。

 俺は絶対泣かんからな。

 くそ、何か言おうにも出てきそうで一言も言えない。

 とりあえず、コイツの頭を軽く小突いて――


「よがっだね゛ぇッ!!」


 扉の方でなんか号泣してる聖女がいた。

 やめろ、そんな勢いよく叫ぶな。

 ちょっとだけ零れちまったじゃねぇか。

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