第10話 想う愚獣
生き物の中身を見たことくらいはあった。
皮膚の中には肉があり、内臓があり、骨がある。
斬られたり潰された奴は中からソレらをこぼれさせ、苦悶の中で死んでいく。
そんな死体を見たことがあるし、死体になっていくヤツを見たこともある。
だがそれでも、目の前の光景は理解できないモノであった。
「アアアアアアアアァァァァァァッ!!」
幾重にも重なる叫び声をあげて、巨大な肉の塊がコルマの中から跳び出てきた。
肉はうねり、まだ残っていたコルマの体を上から押しつぶしていく。
そのまま巨大化していき、肉は城門と同じくらいの大きさになってしまった。
「な、なんだこれ!? おいコルマ! どうしたってんだ!?」
力を込めて叫ぶが、コルマに俺の声は届かない。
うねうねと肉を蠢かせ、全く違う生き物になってしまったようだった。
「下がっておれ、魔物ッ!」
「何すんだ! コルマに攻撃するんじゃねぇッ!」
混乱していると、ジジイの声が響いた。
ジジイと黒騎士は一気にコルマの方へ駆け出し、竜少女は別の方向から魔法陣を作り出した。
竜少女の火の玉は瞬時に繰り出され、コルマの体に直撃する。
しかし、表面を焦がすだけで大したダメージは与えていない。
次いでジジイが剣を抜き、目にも留まらないスピードでコルマを切りつけた。
「……頑丈」
「なんとッ!? 斬れぬ肉を見るのは久々じゃッ!」
二人が驚いた顔をする中で、黒騎士だけは止まらず大剣を持って駆けていく。
「……」
そのまま黒騎士は跳んでいくと、火の玉が当たった所を斬りつけようとした。
大きく振りかぶり、何かしてくる様子がないコルマへ致命に成り得る一撃を繰り出そうとする。
しかし、攻撃を当てることは出来なかった。
「ッ……」
ガキン、と鉄同士が叩きつけられて響く音。
同時に黒騎士はコルマを蹴って跳び下がった。
「ッ!? あれは……!」
一体何が?
そう思い黒騎士が斬りつけようとしたところを見ていると、そこには二本の腕が生えていた。
そしてその手には、一本の細い剣が握られている。
間違いない、コルマの剣だ。
「……なんなんだ、アレ」
生じたのは二本の腕だけでは無かった。
肉を磨り潰すような気味の悪い音を上げ、何十本もの腕がコルマの中から出てきたのだ。
そして腕は皆、様々な武器を構えている。
それらの武器には見覚えがあった。
「俺の、俺の隊の奴らの武器だ……」
そう、全部俺の隊にいた連中の武器だったのである。
というより、武器を持っている腕も本来の武器の持ち主のソレであった。
なんだ、つまりこれって。
いや、待て。何かの間違いだ。そんなこと考えるな。
よりにもよってこの肉の塊の正体が――
「マンダの仲間たち……でしょ?」
ストンと俺の体に声が落ちてきた。
振り向くと、そこには悲しげな目をした聖女と白鎧が立っている。
「……やめろ」
「あの肉の塊の正体は、マンダの仲間だった魔物たち。そうなんでしょ?」
「やめろって言ってんだよッ!」
思わず叫んでしまった。
考えたくなかった事を、聖女のヤツがハッキリと言いやがったから。
ソレに応じるように、コルマは大きな叫びをあげた。
痛々しい叫び声を。小隊の連中と一緒に。
「アアアアアアアアァァァァァァァァッ!!!」
何体もの叫び声が重なり、大きく脳を揺さぶってくる。
気を抜けば地面に倒れてしまいそうだ。
コルマは叫びながら足元にも生えた腕を使い、ゆっくりとその巨体を動かし始めた。
一体何をするつもりか、考える余裕すらない。
「娘っ子、もう一度炎を出せい! ありったけじゃ!」
「分かってる。ゲージも貯まったから本気を出す」
「黒騎士! アレの弱点は焦げた箇所じゃなッ!?」
「……」
黒騎士はジジイの問いに小さく頷くと、再び武器を構えて走り出した。
ジジイはまた凶悪な笑顔になるとコルマの方へ跳びだして行く。
竜娘は見覚えのある魔法陣を出現させていた。
先程何体もの魔物を一気に倒した、巨大な火の渦を出す魔法陣だ。
「アアアアアアァァァッ!!」
対するコルマも受けるだけではない。
腕を伸ばして武器を振るい、迫る三人の動きを止めようとしている。
一人に対して何本もの腕が相手をするから、全員上手く攻める事ができないようであった。
進んでは退がり、進んでは退がり。
強烈な攻防が繰り返されていた。
「聖女殿、ここにいては危険だ。さらに後ろの方へ」
「……うん」
聖女は白鎧に連れられ、さらに後方へと下がっていく。
俺だけが、何もできずにその場に突っ立っていた。
「……」
未だに何が起きたのか分からない。
なんで、コルマは笑いながら爆発した?
なんで、コルマの中から小隊の連中が出てきた?
まるで全員が一つの命に合体させられたかのような、おどろおどろしい生物に成り果てて。
「……合体?」
ふと、自分で考えた単語が引っかかった。
思い出せ、俺は何かを見た筈だ。
合体。複数体の魔物を一つにする方法。
合体した魔物は強靭な体と力を得る代わりに正気を失い、ただ辺りを破壊するだけの肉塊に変貌する。
魔物たちが使う魔術を改造して編み出した、聞いただけで身震いする禁術の一つ。
そうだ……そうだあの術だ!
「マールム・インクティオ……」
魔術を開発している奴らが、禁術に指定した術だ。
残忍すぎるからって魔王軍でも禁止されて、その情報は全て魔王に渡されていたはずだ。
でも信じられないが、目の前で禁術は行われている。
つまり、コルマ達は魔王にこんな姿にされたってのか?
「なんで、なんでだ……」
頭の中が真っ白になる。何も考えることが出来ない。
いや、違う。拒否していた。
目の前の光景を、事実を信じたくなくて。
フッと気絶してしまえば、どれだけ楽だろうか。
「アアアアアアァァァァァッ!!」
しかし、嫌でも意識を戻してくる。
異形になって苦しむ、部下たちの叫び声が。
なんでよりにもよって、コイツらがこんな目に合わなくちゃならないんだよ。
コイツらが何か悪いことしたのか?
ただ俺の命令を聞いて動いてただけじゃねぇかよ。
それなのに、なんで。
「チッ……攻め辛い。おぬし、随分あ奴らに好かれておったようじゃの!」
「……何言ってんだ」
膝から崩れ落ちた俺に話しかけたのはジジイだった。
顔を上げると、ジジイは三つの武器を剣一本で受けながら俺の方を見ている。
「よっ……ゼアッ!」
ジジイは相手の武器を全て弾くと、その勢いでこちらの方へ跳んできた。
先程までの気味が悪い笑顔でなく、優しい穏やかな笑顔をして。
「見てみい、アレを。武器を振るっておるのは攻められている方向だけじゃろう? それ以外は得物を盾のように構えておるだけじゃ。まったく、ところ構わず暴れておったらワシらもやり易かったというのに」
「……だからなんだ」
「歩いてる方向も奇妙じゃ。城の方ではなく、おぬしの方に進んでおる。確か先程、あのワーウルフの小娘はおぬしを迎えに来たと言っておったの?」
「……聞いてたのか」
「もしかして、他の連中もそうではないのか? おぬしに会いたくて来たのではないか?」
何、言ってんだ。
俺にそんな価値があるワケねぇだろ。
俺はやる気のないクソみたいな魔物だぞ。
ただ生き残ることだけを考えていた、何の生きがいも持たないヤツだ。
そんな俺のどこに好かれる要素があるってんだ。
「最初に会った時からどうもおかしいとは思っておったんじゃ。おぬしは魔物じゃというのに、人間と同等……いやそれ以上に優しい」
「……下らねぇ事、言うな」
「いいや、言わねばならん。言わねば今後、おぬしはずっとこの咎を背負うじゃろうて。それこそ死んだ後もな」
グイッと首元を引っ張られる。
ジジイは俺に顔を寄せ、真っ直ぐ俺を見つめていた。
「おそらく、奴らはおぬしが盟友になったことを何者かに知らされたんじゃろう。そして自分の力では他の盟友に敵わない事も。だからこそ、あのような姿になった」
「なに、言って……」
「奴らにとって魔王の命令や魔物の命運なんぞ、クソ程どうでも良かったんじゃよ。そんなことより、慕うおぬしを救いたかったんじゃ」
「ッ……」
首元から手を放され、その場にへたりこんでしまった。
ジジイの言葉が、何度も俺の中で響く。
脳裏にいくつもの光景が浮かんでいった。
覚えている、全部覚えている。
誰にも相手にされなかったアイツらを、使い勝手が良いと思って俺の隊に無理矢理入れた日を。
区別しやすくするために、アイツらの希望でそれぞれに名前を付けてやった日を。
命令違反した時は、ボッコボコにして説教した日を。
全員生き残れば笑って褒めてやった日を。
誰かが死ねば石で墓を作った日を。
全員が、真っ直ぐな目をして俺の命令を聞いている日を。
コルマと夢について話し合った、雪の降る日を。
――アーリマン殿
「全く、おぬしを助けねば絶対に死なぬつもりなんじゃろう。本当に面倒な魔物共じゃわい」
「違う、そうじゃねぇ……」
少しだけ、少しだけだが体に力が戻ってきた。
ゆっくりと立ち上がり、コルマ達の方を見つめる。
コルマ達はジジイの言う通り、俺の方へ進んできているようだ。
竜少女や黒騎士が隙を伺いながら攻防を繰り返しているが、あまり意味が無いように見える。
「アイツらが死なないようにしてるのは、俺がいつも命令してたからだ。生き残るようにしろってな」
「……なるほどの」
「それに、魔物って呼ぶな。アイツらには名前がある。ワーウルフのコルマ、ミノタウロスのプライ、ゴブリンのベア、スライムのパラディ。他の奴らにも、名前がある」
抜けていた力が戻ってくる。
今、俺がアイツらをなんとかしないと。
「今、行ってやるからな」
思わずそんなことを呟きながら、俺はコルマ達の下へ駆けだした。
武器は要らない。
防具も要らない。
真っ直ぐアイツらのもとへと走って行く。
それだけだ、それだけでいい。
俺だけの力じゃ、合体したアイツらを倒すとは不可能だろう。
攻撃力も防御力もけた違いすぎる。
ならば、これが一番簡単な方法だ。
「マンダッ!?」
後ろで聖女の驚く声が聞こえたが、構っている余裕はない。
すまないが、事の顛末を見ているだけにしてもらおう。
「退がれぇぇッ!」
走りながら大声で叫ぶ。
幸運にも耳に届いたのか、竜少女と黒騎士は俺の方を見て一気に後ろへ下がった。
竜少女は不審そうな眼をしていたが、黒騎士が下がっていったのを見て従ったみたいである。
なんであれ、下がってくれるなら良い。
「お前らッ! 俺はッ! ここだァァッ!!」
あらん限りの力を込め、声を張り上げる。
ソレと同時に、コルマ達はびくりと震えて足を止めた。
目があるようには見えないが、アイツらがコッチを向いた事だけは分かった。
「アアアアアアァァァァッ!!」
コルマ達も大声を上げ、生えていた腕を全て俺に向けて放って来た。
武器は全部放り投げ、手だけを一気に伸ばしてくる。
あぁ、いいぞ。それでいい。
バカなお前らのことだ。いつもみたいに真っ直ぐ来てくれるって思ってたぞ!
そのまま走り続けて数秒後、俺の体は無数の腕と衝突した。
腕の形はそのままでも頑丈になっているせいか、数本は俺の体を貫いてそのまま掴んでくる。
「ぐ、おっ……!」
そのまま踏ん張って留めようとしたが、やはりコルマ達の方が強い。
少しずつ押されていき、押しつぶされそうになった。
「が、あぁぁッ……!」
貫かれた所から血が噴き出る。
あぁくそ、意識がとびそうだ。
あと一言、一言だけ叫べればそれで終わりだってのに!
「押し負けるなッ!!」
そんな叫び声が聞こえると、潰されつつあった俺の体がピタリと止まった。
背中から堅い何かが押し当てられている。
後ろを振り向くと、聖女と一緒にいた筈の白鎧が俺を支えていた。
「白……鎧……」
「貴殿が決めた事だ、引導を渡すのだろうッ!? 貴殿が叫ばずしてどうするッ!!」
白鎧の言葉が耳に届き、完全に意識が戻る。
同時に空いた臓物から血と痛みが溢れ、喉の底から溢れてくる。
構うものか、残った全ての力を込めろ。
「た……だぎ……」
叫べ。
大声で叫べッ!!
「ただぎごめやァァァッ!!」
腕は全部抑えた。
コルマ達に防ぐ手段はもうない。
止めるなら今だ。
俺ごと叩き切れ、焼き払え。
「一瞬じゃ」
「さよなら、バイバイ」
そんな声が聞こえた。
ソレと同時に、巨大な火の渦と一閃の斬撃が襲ってくる。
そうだ、発動できればこっちのモンだ。
俺は少しだけ笑いながら、一番近くにあった腕を掴む。
あぁ、このほっそい腕はコルマだな。
アイツ、最後まで一番近くにいやがって。
ほんと、笑っちまう。
まぁ、なんだ。
魔物が死んでも転生するっぽいから、また来世で会えたらよろしく頼む。
あと、皆ありがとな。
「じゃあな、皆」
そう言った瞬間、俺はコルマ達と一緒に炎の渦に呑み込まれ、そのまま意識を失った。
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