第9話 束の間すらなく
「コルマ……なのか……?」
「はいっ! 不肖コルマ、アーリマン殿奪還のためこの地へ赴いたであります!」
ビシッと敬礼し、コルマは笑顔をコチラに向けた。
あの姿勢。確か人間がやっていたのを気に入ってやっていたモノだが……あんなことするのはコルマくらいだ。
他の魔物がやっている所なんて見たことがない。
つまり、目の前のアイツは正真正銘のコルマという事ことだ。
「止めんなよ?」
「……ん、いってらっしゃい」
軽く聖女を睨むが、ヤツは特に気にすることなく手を振っていた。
なんだ、なんかさっきまでの元気がない?
浮かべていた笑顔は消えていて、聖女は真剣な顔でコルマを見ていた。
まぁ、敵前なんだからこの顔が当たり前だとは思う。
とにかくお許しは出た。
俺は草原を一目散で駆けていき、黒騎士達も通り過ぎてコルマのもとにたどり着いた。
コルマに変わった様子はない。
俺より二回りは小さい背。
人間の服を模した黒色の服を着て、同じ色の帽子を被っている。
肩からぶら下げた剣も、生真面目そうな眼も全く変わっていない。
「コルマ……」
「はい、コルマであります! アーリマン殿、お体の方は大丈夫でありましょうか?」
優しく笑うコルマを見て、少しだけ気分が落ち着いた。
少し前に見た小隊の面々を思い出し、理不尽に召喚された挙句盟友にさせられたことに対する怒りやら絶望やらが和らいでいく。
俺はそんな気持ちにさせてくれたコルマを見て笑い、右手をちんまりとした頭へ近づけた。
撫でられると思ったのか、コルマは嬉しそうに目をつぶって待っている。
こういう所を見ると、人間が飼っている子犬を思い出した。
言葉は悪いが、人間に対して尻尾を振って近づく様子とかなり似ていたのである。
俺はそんなコルマを見てフッと笑うと、その脳天にキツめの拳骨を振り下ろすことにした。
「あいっだぁぁッ!?」
ゴチンと鈍い音がして、コルマの目から飛び出る星を幻視した。
想像と全く違うことが来たせいか、コルマは理解できない感じで頭を抑えて俺を怯えた眼で見ている。
「な、なにをずるでありまずが……?」
「何をする、じゃねぇんだよ。お前、いつも俺が言っていたこと聞いてなかったのか?」
そう、俺はコルマを含め小隊の連中には生き残ることを第一に命令してきた。
どれだけ派手に動こうが、死んだら終わり。
しかも一番死にやすい小隊長のメンツなんだから、何としても生き残ることを考えるべきだ、と。
口を酸っぱくして教えていた筈なんだがなぁ……!
「なんでお前は……」
「ヒィッ!?」
怯えるコルマの背後に立つと、ヤツのこめかみに両手を添える。
情けない声を上げるコルマであったが、関係ない。
俺は両手に目一杯力を込めると、そのまま万力の感覚でコルマのこめかみをグリグリした。
「あぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛ッ!!?」
「お前はいつも俺に文句ばかり言いやがって! 他の連中は何処だ! ちゃんと言うこと聞いて砦にいるんじゃないのか!?」
「み、皆も近くにいるであります! 全員でアーリマン殿をお迎えにいだだだッ!?」
「クソァ! ドイツもコイツも人の命令を無視しやがって! 人間共も残念な目でコッチ見てるじゃねぇか!?」
せめてもの抵抗なのか、コルマは俺の両手首を持って放そうとするが、生憎単純な腕力なら俺の方が上だ。
コイツの抵抗じゃどうにも出来ない。
……だがまぁ、流石に可哀想か。
俺の事を思ってくれたのは間違いない事だし。
「おら、これで勘弁してやる」
パッと手を放し、コルマを解放する。
コルマはクラクラするのか、頭を抑えて蹲ってしまった。
「お、おごぉっ……」
「お前な、俺の手を弾くことも出来ない奴が単身でどうすれば聖女共を倒せるんだ?」
「た、単身ではないであります。皆も近くにいるであります」
「お前さっきも言ってたけど、近くってどこだよ。少なくとも俺の目には全く見えないんだが?」
「近くは近くであります! 呼べばすぐに来てくれるであります!」
頭を抑えたまま立ち上がり、コルマは涙目で俺に応えてくる。
だがどこを見ても俺の小隊の奴らは見えない。
一体どこにいるんだ?
「そ、それよりも、アーリマン殿はやはり聖女の盟友に……?」
心配そうな目でコルマはそう問いかけてくる。
聖女の単語が出てきたってことは、砦でそれなりの説明を聞いてきたのか。
俺がコルマに話したことは無かったと思うし。
「……あぁ、抵抗できずに契約させられた。悔しいが今はアイツの犬だ」
後ろでコチラを見ているであろう聖女たちを指さし、俺は小さく肩をすくめた。
白鎧やジジイ達もさっきと同じ場所でコチラを見ている。
邪魔をしないでくれるのはありがたい。このまま話を進めてしまおう。
「俺は奴との契約でどこにいても呼び出されちまう。だからお前が来てくれも帰れないんだよ」
「そ、そんな! どうすれば契約を解けるのでありますか!?」
「そんなの俺が知りてぇよ。とにかく俺は戻れないから、お前達はとりあえず帰れ」
無理に解除しようとしたら何が起きるか分からんし、何よりコルマ達にもどんな影響が及ぶかも分からない。
コイツの話じゃ他の奴らもいるらしいから、早いとこ魔物側の砦に戻してやらないと。
顔を寄せ、奴らには聞こえない声量で話す。
「幸い、聖女は俺とお前の会話を許すくらいには甘い奴だ。そこに付け込んで、最後は契約を解かせて自由になろうとは思ってる」
「……そうでありますか。分かったであります、アーリマン殿。悲しいでありますが、今は少しばかりのお別れでありますな」
おぉ、コルマにしてはモノ分かりが良いな。
さっきのこめかみクラッシュが効いたのだろうか。なんにしても喜ばしい。
そう思いながら、俺はコルマから顔を離してチラッと聖女の方を見てみた。
「……」
相も変わらず警戒しているようだが、盟友共を送り付けてくる様子はない。
よし、これでコルマ達はひとまずたすか――
「ではアーリマン殿、お迎えに上がったであります。ささ、私と共に砦へ参りましょう!」
……ん?
コルマのヤツ、今何言った?
「おいコルマ、俺が言ったこと聞いていたか? 帰れって言った筈なんだが?」
「はいっ。私はアーリマン殿の転移魔法により、一度森の方の砦へ戻ったであります。そして再び舞い戻って来たであります!」
……ほぉん、お前そういうことを言うのか。
コルマは当然の事を言ったかのように明るい顔をしていやがる。罪悪感とか悪びれる様子は全く感じない。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけイラッとした。
一気に燃え立つ感じじゃなくて、静かに底から湧きあがる感じだ。
こういう時は怒鳴ったりしないで、とにかく命令だけして帰らせるのが一番だ。
「コルマ、もう一回だけ言うぞ。帰れ、お前が出来るのはそれだけだ」
「……そうでありますか。分かったであります、アーリマン殿。悲しいでありますが、今は少しばかりのお別れでありますな」
よし、今度こそちゃんと聞いたと思う。
コルマは寂しそうな笑顔を浮かべて、俺の言ったことをちゃんと了解してくれた。
さすがのコルマでも、これ以上は何も言わな――
「ではアーリマン殿、お迎えに上がったであります。ささ、私と共に砦へ参りましょう!」
……あ?
「おいコルマ、お前ふざけてんのか? あんまり命令を聞かないんなら、もう一発痛いのをくれてやるぞ」
「ふ、ふざけてなんかいないであります! 私はアーリマン殿を連れ帰るために、こうして皆と参ったのであります!」
……なんだ、なんかおかしくないか?
まるでコルマだけ時間が巻き戻っているかのようだ。
そう思い、もう一度コルマを見る。
しかし、どこにもおかしい所は存在しない。
見た目、恰好、口調、全て以前と変わらない筈だ。
だが、いやだからこそ、何故かコルマが不気味に見える。
「……マンダ、下がって」
不意に声をかけられた。
ゆっくりと視線を向けると、いつの間にか近くまで来ていた聖女と白鎧が立っている。
2人ともコルマをジッと見つめ、一切目を放そうとしない。
なんだ、コイツらもコルマに何か感じ取ったのか?
「ややっ! 貴方が聖女殿でありますか!?」
「……うん、よろしくね」
「はいっ、私はコルマと申します。お隣の方は盟友殿で正しいのでありましょうか?」
「あぁ、相違ない」
二人とは真逆に、コルマのヤツはいつもの明るい様子に戻っている。
相も変わらず、無邪気な笑顔を浮かべて。
コルマは少しだけ体をもじもじさせると、意を決したかのように聖女へ話しかけた。
「聖女殿、さっそくではありますがお願いがあるであります! アーリマン殿を我らが魔王軍に返して欲しいでありま――」
「ごめん、それはできないんだ。マンダは今私の盟友になってくれているから、私もマンダとの契約を解くことが出来ないの」
え、マジで?
今さらっととんでもないこと言わなかった?
なんで聖女が食い気味で言ったのかとか色々気になったけど、それはさておき。
なに、俺戻れないの?
うそん、どうすりゃいいんだよ俺。
「……」
コルマのヤツも黙ってしまった。
気持ちは分かるぞ。ていうか、当事者だからショックは俺の方がデカい。
「……アーリマン殿を返して欲しいであります」
悔し紛れなのだろうか。絞り出すような声でコルマがそんなことを言いだす。
なんて言うか、泣きそうな声だ。
そんな声出すなよ、俺が泣きたいっての。
と、次の瞬間。
ソレは突然起きた。
「か、かえ、か、かえすで、ありま、すすすす、ありま、す、あーり、まん、あーりまん、ど、の」
「全員戦闘態勢ッ! 急いでッ!!」
全身が総毛立つ。
条件反射に近い形で飛び下がり、コルマの方を睨み付ける。
ソレと同時に白鎧が聖女を抱きかかえて下がり、他の盟友達は俺と並ぶ形で前に出てきた。
「かえせ」
地獄から聞こえるような、底冷えした声。
そして次の瞬間、コルマは大きな音を上げて内から破裂した。
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