第8話 コルマ




 ハートレイス城侵攻から、数か月前。




 真夜中、俺の部隊は寒い雪原を歩いていた。

 眠りから覚めぬ古代の魔物、その調査が俺たちの任務だったと思う。

 久しぶりの戦闘が無い任務に、心なしか俺は気分が浮ついていた。


「アーリマン殿」

「ん、なんだ?」

「将来の夢は、ありますでしょうか?」


 ふと、副隊長がそんなことを言ってきたことを覚えている。

 寒い中、碌な防寒着も着ないで彼女は俺に聞いてきた。

 ああそうだ、その後ヤツの鼻から水が垂れてたから、持ってた布で拭ったんだっけか。


「んなこと、考えてどうする。それより鼻水拭け、みっともない」

「んぐ……申し訳ないであります」

「いいか、夢なんて俺たち弱小部隊に持つ権利なんて無いだろうが。それこそ、大隊長くらいになってから持てるようになる」


 そう、魔物は完全な実力社会だ。

 弱ければ使い捨て。何をされても文句は言えない。

 逆もまた然り。強ければ何をしても問題はない。

 それこそ、副隊長の言う通り夢を抱くことが出来るだろう。


 夢は強者の持ち物。

ソレが弱い魔物たちの常識だった。


「いえ、アーリマン殿は間違っているであります。夢とは生きるための糧であり、抱くことで――」

「あぁ、分かった分かった。寒いってのに熱い奴だなお前は」

「む、たまにはちゃんと話を聞いてほしいであります、アーリマン殿」


 妙に反論してくる副隊長をいなし、逆に話を振ってやることにした。

 この話の運び方が一番面倒でないことを知っていたからだ。


「じゃあよ、お前の夢はなんなんだ?」

「私の、でありますか?」

「あぁそうだ。それだけ大口を叩くんだから、お前にはさぞ立派な夢があるんだろ」


 そう言ってやると副隊長は体をもじもじさせ、恥ずかしそうに横に目を反らした。

 煮え切らない様子に少しだけイラついてしまったのは内緒だ。


「その、私は……」

「私は?」


 本来、俺たちのような底辺の魔物の間で夢なんて話題にもならない。持ってても無駄だからだ。

 夢を持ち、それを糧に生きたとしても早いうちに殺されて死ぬ。

 だからこそ、誰も夢の話なんてしない。

 すれば惨めな気分になることを、皆知っていたからだ。


「私は……家族が欲しいであります」

「……家族、ねぇ」


 だからこそ、副隊長の夢がどれだけ難しいかも分かっていた。

 生真面目なコイツの事だ。世界征服とかそんなドエライ事を考えたりはしないと思ったが、まさか家族なんてよ……。


「以前、人間の城を偵察に行ったときのことを覚えているでありますか?」

「ん、あぁ。ハートレイスとかいう城だろ。それがどうした」

「その帰り道、近くの村も一緒に偵察したであります。そのことも覚えておられますか?」

「……あぁ」

「その時に少しだけ、人間の家族が目に映ったであります。裕福そうには見えなかったでありますが、とても温かそうでありました」


 空を見上げ、副隊長はそんなことを話し始めた。

 その時のことは俺も覚えている。大きな戦を始める前の、大事な偵察だったからな。


「少しの明かりに、夫婦と子供が二人。確か、温かそうなスープを飲んでいたであります」

「……そうだったかな」

「皆幸せそうに寄り添い合って、ずっと楽しそうに話をしていたであります。その日にあった他愛もない事を、どこまでも楽しそうに」


 その目は遠い何かを見ているようで、キラキラと目を輝かせる人間の子供のようだった。

 こういう目を見ていると、本当にコイツは人間に生まれるべきだったと思う。

 こんな冷たい魔物の世界に生まれるんじゃなくて、生ぬるい人間の世界に生まれていれば、あるいは望みどおりの生活を遅れたかもしれない。


「だがまぁ、なぁ……」


 今では無理な話だ。こればっかりは、神とやらを恨むしかない。

 なんで自分の持ち場に、相応しい存在を引っ張らなかったってな。


「あんな感じの家族を作りたいのであります。子供が出来て、孫が出来て。そして皆に囲まれて」


 俺のつぶやきは聞こえなかったのか。副隊長はそのまま言葉を続ける。

 なんとういかその目は、先程までのキラキラした目では無かった。


「惜しまれながら、温かく笑って死にたいであります」


 諦めたような、寂しい目をしていたと思う。

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