第7話 初陣


 食堂から右に出て一番近い出口へ行く。

 そこから少しだけ歩けば、すぐに城門へとたどり着いた。


 森の方を見ると、確かにまぁまぁな数の魔物が見える。

 ついでに城門前には聖女と盟友共がいた。


「んんーやはり腹がすいておる。少しは満たしておくべきだったか……」

「むぐむぐ……んく。そんなに減ってるなら、少しだけあげる。死なれたら困るから」

「おぉ、かたじけない。恩に着るぞ娘っ子」


「前方はオンジにベルンちゃん、あと黒騎士さんで行こうと思うんだけどいいかな?」

「うむ、それで問題無かろう。後方は私だけでも済む」

「……」


 ジジイと竜少女は相変わらず気の抜けた様な会話をしていて、聖女と白鎧は戦略の話。

 黒騎士は黙って森の方を見ているだけのようである。


「あ、マンダも来てくれたんだね!」

「……別に、お前らの力を見させて貰いに来ただけだ」


 そう、これは敵勢力の偵察。

 別にコイツらが気になったとかそういうワケではない。

 とりあえずそういう名目で自分を納得させることにした。


「おぉおぉ、ひぃふぅみぃ……何体じゃ聖女殿?」

「んー多分30くらい。防衛線からすぐだから、そんなに数を集められなかったのかな」

「……バカばっかり。それなら数が集まるまで待てばいいのに」

「ふふ、ベルン殿の言う通りだ。だがおかげで、我々は問題なく敵勢力を叩き潰すことが出来る」


 各々そんなことを話しているが、確かに妙な話だ。

 いくら血気盛んな魔物の連中だからといって、こんな少ない数で聖女を相手にしようなんて考えるだろうか。


 上の言うことを聞かなかった下の連中が来たのか?

 いや、ソレも考えにくい。

 森の先にある砦は、魔王軍でも知略に長けた連中が牛耳っていたはずだ。部下の暴走を見逃すハズがないだろう。


 ……もしかして。

 もしかして、本当にほんの少しの可能性の話だが。

 コルマ達が、俺の敵討ちに来た……とかか?


「いやいやいやいや」


 それこそ無い筈だ。

 部下共には逃げろとちゃんと命令した。

 コルマも……一応命令は聞いていたはずだ。


 みすみす死ににいくような馬鹿な真似、絶対する筈がない。

 そう思い、万が一のことを考えて森の方向を凝視する。


「……」


 森から出て来る連中。

 その中に、コルマや部下たちの姿は……無かった。


 いや本当に、一体も存在しない。

 うむ、よし。命令はちゃんと守っているな。

 それならば問題ない。

 ソレに俺が敵討ちしてもらうようなタマかよ。


「ん? どうかしたのマンダ。もしかして知り合いとかいた?」

「……いや、確認したが誰もいない。やりたきゃ好きにやれよ」


 そう言って、俺はその場に胡坐をかいた。

 ひんやりとした土の感触が、どうも気持ち悪い。


「よし、それなら! 皆、第一戦頑張っていってみよぉー!!」


 そんな緩い掛け声とともに、前方の三人はゆっくりと前に出ていった。

 皆命をかけた戦いをするってのに、緊張感がまるで感じられない。


 ……あれ?

 なんかおかしくないか、アイツら。


「……うむ、多少は腹が満たされたの」

「大事な食糧。これで死んだら許さない」

「ふぉっふぉっ、死んでも生き返れるらしいではないか? 問題無かろうて」

「確か数に限りがあったはず、そう簡単に何回も死なれたら嫌だ」

「むぅ……そこは仲間だからとか言わんか。悲しくなるわい」


 皆武器を持ってない。

 竜少女はまだ分かる。竜人の武器は俺と同じで爪を加工したものだ。

 あとは炎のブレスとかがあるらしいが、とにかく剣とかは使わない。


 だが他の連中はどうだ?

 さっき部屋で見た時に持っていた剣を持ってない。

 死にたいのかアイツら。


「ゴギャァァァ!!」


 そんなことを考えると、魔物たちの咆哮が響き渡った。

 アイツらも盟友共を見つけたらしい。


 ゴブリンやミノタウロス、ゴーレムにスライム。

 典型的な突貫部隊みたいだ。本当にコイツ等、なんで今攻めてきたんだ?


 しかし侮ることもできない。

 そもそも盟友共は何故か分からんが丸腰だ。まるで腹が減った獣に肉を放り投げたかのような、いやそれ以上の酷い状況だ。


 魔物どもはそんな好機を知ってか知らずか、ただ盟友の三人を血肉に変えようと迫ってくる。

 その勢いたるや同胞の俺でも少しビビるくらいだ。

 人間共はこんなのを目の前にしても立ち向かってきたのか……ちょっとだけ尊敬するわ。


 と、ミノタウロスの斧がジジイの顔面に届きそうになった。

 その瞬間だ。


「ッヒャァァァッ! もう我慢出来ぬわぁぁぁッ!!」

「!?」


 ジジイが笑った。ソレと同時に冷たい風が勢いよく顔を叩く。

 一体何が?

 残念ながら考える余裕はなかった。


「御免、だなどと礼儀ぶったりはせぬぞ魔物共オォォッ!!」


 次の瞬間、ジジイの左側の腰あたりが光り輝いたかと思うと、ミノタウロスの体は縦と横で分断されていたのだ。

 そしてジジイの右手には、部屋で見た細身の剣が掴まれていた。

 武器持ってたのかよ。


 い、いやいやそんなこと今はどうでも良い。

 なんがあのジジイ、何が起きた!?


「ゼァゼァゼァゼァゼァァァッ!!」


 先程までの穏やかのっぺりとした様子はどこに行ったのか。

 ジジイは狂ったような満面の笑みを浮かべながら、勢いよく目の前の魔物を切り刻んで行く。

 怖ぇよ。隣にいた竜少女もドン引きしてるぞ。


「うわぁ……流石にスゴイなぁ、オンジ」

「うむ、伊達に刀狂いと言われていただけの事はある」


 対して聖女と白鎧はそこまで驚いた様子ではなく、逆に納得しているかのような事を言い合っていた。


「おい、お前ら。あのジジイ何モンだ?」

「あ、そっか。マンダは知らなかったっけ」

「仕方が無かろうよ。あの時この魔物は彼らの挨拶を蹴ったのだからな」

「うぐ……」


 未だ兜を被っていない白鎧は、呆気にとられている俺を見て面白そうに笑っている。

 非常に腹立たしいが今はあのジジイの豹変っぷりが気になって仕方がない。


「まぁいいだろう、あの御仁は剣聖イズミ。かつて刀狂いとも呼ばれ、あの細い剣で何千もの魔物を屠ったとされる伝説の剣士だ」

「は、えっ、あのジジイが!?」


 刀狂いのイズミ。聞いたことがある。

 いきなり戦場に現れては、数えきれないほどの魔物を瞬く間に切り刻んで去っていく化け物。

 何体もの隊長格や将が殺され、俺も出くわさないように細心の注意を払っていたヤツだ。


 ウソだろ、さっきまではそんな感じ微塵もなかったってのに。

 いや、今の状況を見たら納得するしかないけどよ。

 ていうかあのジジイ、盟友になったってことは一回死んだのか?

 誰に殺されたんだ!?


「イズミ殿だけではない。あの竜族の娘もかつて名を馳せた魔術師の末裔であり、その実力も確認済みだ」

「黒騎士さんはよく分かってないけど……とにかくすごく強いのは確かだよ!」

「……」


 見てみると黒騎士もいつの間にか大剣を持ち、魔物を叩き切っていた。

 言葉に出来ねぇ。

 聖女は分かっててアイツらを呼んだのか。

 だとしたら、コイツもとんだ策士かもしれない。

 ただの村人と変わりない雰囲気を出していたのは演技だったのか?


「ヒャァァ! 死ね死ね死ね化け物どもォォォ!!」

「う、ウルサイ……黒騎士、私は反対側やるからお爺ちゃんの取りこぼしをやって」

「……」


 くそ、ジジイの叫び声で思考がまとまらない!

 イライラしながら草原の方を見ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


「嘘だろおい……もう全滅近いじゃねぇか!?」


 辺りは死体だらけ。

 30以上いた魔物たちが、もうあと数体しか残っていなかった。

 魔物たちの叫び声が聞こえないと思ったら、叫ぶ暇すらなく殺されてるってのか!?


 うぉっ、なんか眩しい……!?


「これで終わり、バイバイ」

「うぉぉ!? ちょい待て娘っ子ぉぉ!?」


 眩しさの正体は魔法陣だった。

 幾重にも重なる巨大で精密な魔法陣。それが何十個と空中に広がっている。

 必中、炎、確実な死。

 分かるだけでも10の呪詛が練り込まれていやがる。


 ジジイが少し離れた場所へ離れたと同時に、その魔法陣はさらに光り輝いた。

 何か、ヤバいのが出てくる。


「ハルマール・フォイア。消し炭になって」


 小さく竜少女が呟くと同時に、魔法陣から巨大な火の渦が飛び出てきた。

 火の渦は生き残っていた魔物たちを一瞬で呑み込み、辺りの草原ごと焼き尽くしていく。

 生死の確認など必要ない程に。


「アツッ! アッツい!?」

「いけない。聖女殿、我が影に」


 聖女はコッチにまでかかってくる火の粉に苦しんでおり、白鎧がヤツを守っている。

 当然俺にも被害があるワケだが、そんなこと気にする暇はなかった。


「……」


 辺り一面火の海だ。

 さっきの戦争よりも凄惨で、痛ましい。

 輝かしい人間共の勝利が目の前にあった。


 ……部下共がここに来なくて、本当に良かった。

 もしいたら、もし全員が殺されていたら。

 盟友の約定があったとしても、聖女にとびかかっていたかもしれない。

 生来強い奴には反抗しないのが俺の主義だが、それでも目の前の光景は酷過ぎた。

 

「いやぁ、全くお強いですなぁ。聖女のご一行は」


 そんな時、この場では一番聞きたくない声が聞こえた。

 つい反射でそちらを向いてしまう。

 その方向は、今現在燃え続けている草原の真ん中だ。


「こんな弱小部隊では、全く相手にならないであります」


 声と同時に、凄まじい突風が吹き荒れる。

 そして、先程まで燃え盛っていた炎は勢いよく吹き飛ばされた。


 魔物たちが焼け焦げ、死地と化した草原の真ん中。

 その中心、見覚えのある姿がそこにはあった。


「コルマ……!?」

「アーリマン殿! お迎えにあがったであります!」


 花のように明るい笑顔、前見た時と変わらない顔。

 どうしようもなく生真面目な副隊長、コルマが目の前に現れたのだ。

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