第6話 イライラする


 いやぁ、働かずに強くなるのは気分が良いッスねぇ。

 え、死んだような顔してるって?

 実際一度死んでんだから問題ないだろ。


 怒涛のスライム一気食いの後、確かに俺は力がみなぎる感覚を覚えた。

 なんというか、生きていた頃より上手く動けるような気がする。

 聖女の言い方で表すなら、生前時のレベルより高くなったと言うべきか。


「む……これは奇怪な。しかし、悪くない気分よのう」

「なんとなく体が軽い……あとスライムが結構甘くて助かった」


 ジジイと竜少女も各々強くなったらしい。

 となると、黒騎士のヤツ強くなったんだろうな。


 随分とまぁすぐに結果が出るもんだ。

 スライムを食うだけで強くなれるんなら、必死こいて体を鍛えてる魔物の連中は皆スライムを乱獲するだろう。今頃スライムは絶滅してたやもしれん。

 確かにこの早さなら、あの戦争中に聖女が召喚されたとしても十分に間に合うな。


 と、そんな時だ。


「し、失礼いたします! 聖女様、盟友様方!」


 強化の儀とやらについて考えていると、突然食堂の扉が勢いよく開かれて人間の兵士が入ってきた。

 かなりの汗をかき、息も絶え絶えの様子である。

 兵士は聖女がいる事を確認すると一瞬だけ安心した様な表情を見せ、すぐに顔を強張らせた。


「たった今、森の方よりこちらに向かってくる魔物が確認されました。数は前よりは少ないですが、戦後間もなくまともに動ける兵も少ない状況。そのため、どうか聖女様方のご助力をいただきたく参上いたしましたッ!」


 ……ほぉん、随分行動が早いな。まぁ噂の聖女が召喚されたと分かったら、すぐにでも対処しようとするか。

 だが誰が出てきたんだ?

 ここら一帯を受け持ってたグロウ魔中将はまだ傷が癒えていないだろうし、他の誰かが来たとしても早すぎる。

 次点としては魔中将以下の魔少将が考えられるが、それでもこの城に来るまでにあと数日はかかる筈だが……。


「よしっ、皆強くなったね! それじゃ早速だけど、皆で魔物たちと戦ってみようか!」

「うむ、死してなお人のため立ち上がった英雄達よ。その力をもって聖女の道を切り開くがいい」


 パンと両手を叩く音で我に返る。

 聖女はまたペカッとした笑顔で、俺たちに戦線へ出るよう命令してきた。

 そして隣では、白鎧の女が小難しい事を話してきている。


「はっは、遂に戦場か。まぁ、この老体に出来る事なら助力仕ろうぞ」

「……」

「うん、お菓子のお礼くらいは働く。その代わり、次も一杯ちょうだいね」


 ジジイは笑いながら、黒騎士は無言で、そして竜少女は菓子の事を言及しながら承諾する。

 なんがかんだ言っても、奴らは了承したうえで召喚された連中だ。

 戦うこと自体は問題ないんだろう。


 ……つっても、俺は出る気はないけどよ。


「聖女、何度も言うが俺は戦わねぇぞ。俺は魔物だ、テメェに召喚されたからって言い様に使われるつもりは無いからな」

「うん、分かってる。だから、マンダは今回後方にいて。戦うのは他の人たちにお願いするから。ちょっとずつでもココに馴れてってくれれば良いよ」

「……チッ」


 精一杯の悪態も軽くいなされてしまった。

 これじゃコッチが駄々っ子みたいじゃねぇかよ。気分が悪い。

 

「さ、皆私についてきて。城門の方へ案内するから!」


 聖女はそう言うと小走りで食堂の外へ出ていく。

 それに続いて、ジジイ達は笑いながら外の方へ出ていった。


 残されたのは俺だけ、まぁ城門までも道はなんとなく分かるからいいけどよ。


「はぁ……」

「ため息を吐くか。随分人間らしいな、魔物」

「うぉ、お前まだいたのかよ」


 声がする方向を見ると、そこには白鎧の女が立っていた。

 こうやって近くで見ると、騎士だってのに割と綺麗な顔をしていやがる。

 今まで見てきた女の騎士って、男と見間違えるくらいに粗暴で荒々しい印象だったんだが……。


「こうやって召喚されたのも何かの縁だ。降参して、いっそ人間側へ全面的に鞍替えしたらどうだ?」

「へっ、鞍替えするも何も俺は聖女の盟友なんだろ?そんなもん従わざるを得な――」

「いや、貴殿はまだ諦めていないだろう? 上手く出し抜いて、魔王軍へ帰還しようと考えている。違うか?」


 ……ま、あんだけ悪態ついてたんだ。

 どんな考えでいるかなんてお見通しか、隠す必要も無いなこりゃ。


「あったりめぇだろ白鎧、俺は魔物だ。人間と戦争して、俺たちの世界を作るのが使命だ」

「ほぉ……」

「まぁ言っても、俺は別にやる気なんか無かったけどよ。我先に敵陣へ行くタイプでもないし、そういう意味じゃ俺は落第者だ。いつ味方に殺されたとしても可笑しくはなかった」

 

 そうだ、俺は特にやる気なんてものは無かった。

 それなりの成果を上げて、それなりの暮らしが出来ればあとはどうでも良いと思うほどに。

 部下共にもよく言い聞かせていた。

 生きてこそナンボの世界だ。無様に死ぬことだけは許さんってな。

 ……コルマだけはいつも抗議してたけどよ。


「だが、ならばなぜ貴殿は魔王軍に帰る? 帰れば殺されるか、また戦場へ行く生活が続くだけだろう。それならばいっそ、我らと共に生活をするのも悪くはない、違うか?」


 だろうな。そこんところは分かってる。

 なんとなく甘い感じがする聖女の事だ。きっと俺が戦いたくないと言えば、ずっと後方にいさせるだろう。

 俺が望む死ににくい生活の始まりだ。


 ……でもなぁ、やっぱキツいんだわ。


「俺は魔物だ。いくらなんでも同族を殺すのは気が引ける。ましてや前まで敵だった人間……それも自分を殺した奴と一緒だなんて、お前だったらどう思う?」

「ふふ、御免被るだろうな」


 肩を下げ、小さいため息とともに白鎧は笑った。

 まるで俺がこう答える事を分かっているかのように。


 同族とやり合うのは嫌だし、部下共と鉢合わせるのはもっと嫌だ。

 関係のない魔物が死ぬのは正直どうでも良いが、実際手を掛けるのは話が変わってくる。

 正直なところ、魔王軍が負けても何かしらの形で生き延びようとは思っているが、アイツらを見捨ててまで生き延びようと思うほど外道ではないつもりだ。


「だったら俺に期待なんてするんじゃねぇ。俺はお前らに協力なんてしねぇよ」

「……そうか、なら仕方ないな」


 それだけ言うと、白鎧は食堂から出ていく。

 なんとなくだが、ヤツの背中が酷く物悲しく感じた。

 残ったのは俺だけ、だだっ広い食堂にいる。


「……ふん」


 本当に気分が悪い。

 なんだこの感じ、罪悪感とでもいうのか。

 冗談じゃない。なんで俺がそんなもん感じてんだ。

 

 俺は魔物だぞ。敵の気持ちなんか考えてどうする。


「……行くか、とりあえず」


 無性にイライラする気持ちを抑え、俺は城門の方へと進んで行った。

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