第5話 聖女の団


 聖女が組む戦闘メンバーは最大6人まで。


 これは戦闘中に聖女が意思伝達できる最大人数が6人までだからだ。

 直接盟友の頭に言葉を投げかけ、指示を出すことが出来るらしい。

 聖女はこの力をテレパシーと言っていた。


 この力によって聖女は離れていても盟友の正しい位置や状況を把握することができ、なおかつ的確な指示を出すことが出来るのだそうだ。

 魔王軍の司令部が聞いたら地平の先まで目玉が飛び出ただろう。

 いくら人数に制限があるったって反則にも程があるっつの。

 こりゃかつての魔王軍も難儀するわ。


 え? なんでこんな説明をいきなりするかだって?

 そりゃお前、今聖女から聞かされたからだよ。


 自分だけ承認なしの理不尽な召喚だったことを知って再びうなだれていた時、聖女は部屋にいた三人と一緒に女神から貰った力を説明した。

 なんとこの女、実際に女神と話して世界やら聖女が持つ力やらの説明を聞いて来たらしい。

 いよいよもって信じられない領域の話になってきたが、この世界に来て間もない聖女が魔法とかの知識を既に持っている所を見ると本当なのだろう。

 それに実際、コイツが聖女であることは事実だ。女神がひいきして可愛がるってのも分からない話ではない。

 まぁ、女神が妙に馴れ馴れしい性格だったって情報は必要なかったがよ。とにかく、聖女は女神と会って話をしたそうだ。


 で、一番厄介且つ面倒で驚いたのが聖女の力についてである。

 その内容は信じられないような馬鹿げたモノばかりで、ハッキリ言って冗談だと思ってしまうくらいだった。

 戦闘中の味方を全員回復させる高等魔法。

 一時的にだが力を爆発的に上昇させる強化魔法。

 逆に相手を弱体化させる呪術魔法の類。

 俺が逃げようとした時に使った、強制転移魔法。

 挙句の果てには盟友が死んでも、媒介があれば復活させることも可能だという。

 せめて死んだら楽にしてくれないっスか……?


 とにかく、本人の実力はともかく聖女が使える魔法ってのはどれもこれもガキが考えた様な超強いズル魔法ばっかりなのだ。

 詠唱いらず、魔法陣いらず。瞬時に誤差なく発動できる点もえげつない。

 魔中将もやられるワケだ。予備知識があるのならまだしも、不意打ちでこんな奴出てきたらまともに対処できるワケない。

 と、自己弁護もかねて魔中将をフォローしておいた。心の中でだが。


「おい離せテメェ! 一人で歩けるっての!」

「……」

「無視すんなヤァッ!」


 さて、くだらん愚痴はこのへんにして、現在に戻ろう。

 俺はしばらくの間部屋の入り口付近でうなだれていたが、黒騎士の奴に担がれてある場所に運ばれていた。


 行き先は食堂。王族とかの偉い輩ではなく、兵士とかが飯を食う所らしい。

 ははぁん、これから仲良くお食事会というワケだな。

 飯食って親睦を深めようとか、如何にも人間が考えそうなことだと思う。


 清潔そうな広い空間に長机と椅子がいくつも並んでいるが、今は食事時じゃないのか飯を食ってる人間は一人もいなかった。

 魔王軍じゃあ飯は各々適当に食ってたから、こういう所は新鮮である。


「ほぅ、聖女殿は女神様から直接啓示を賜ったのか。なんと素晴らしいことだろう、流石は聖女殿と言わざるを得ないな」

「あはは、別にこれくらいよくある流れだし、大したことないと思うけどなぁ」


「のぅ娘っ子、その菓子一つくれんかの? 妙に小腹がすいてきたわい」

「ダメ、全部私の。おじいちゃんもさっきの部屋で持ってこれば良かった」

「んぉぉ……手厳しいのぅ」


 聖女は白鎧と、ジジイは角少女と雑談しながら歩いていた。

 俺の叫びは最後まで完全無視である。


 各々は話をしながら席に向かい、俺は聖女の横に勢いよく降ろされた。

 尻がとんでもなく痛い。

 黒騎士のヤツ、あんなデカい鎧を着てるだけあって力が半端でねぇ。

 逃げようとしてもまるで動けないし、逆に体が締め付けられて潰れたカエルのような声が出た。


 座った後に恨みがましく黒騎士を睨んだが、ヤツは全く気にせず二つ離れた席に座った。

 ジジイや角少女、白鎧は既に着席済みだ。


「はーい皆席に着いたね! それじゃこれより強化の儀を執り行いまーす!」


 あ? 強化の儀?


「飯食うんじゃないのかよ?」

「んーまぁご飯と言えばご飯かな。まぁ見てれば分かるよ。コックさん達持ってきてー!」


 聖女が元気よく両手をパンパンと叩くと、食堂の奥から何人か人間が出てきた。

 あの服は見たことがある。料理人がよく来てる白装束だ。

 ……なんか知らんが、全員目が死んでるな。


「せ、聖女様。やはりこのようなモノを調理場に置くのは……」

「あーやっぱりダメかな? あそこが一番食堂に近いから楽だったんだけど」

「いえそもそも強化の儀は食堂でするものでは……」


 なんか弱り切ったか細い声で料理人どもが抗議している。

 話が見えてこない。強化の儀とやらは食事に似ているが、料理人はそれを嫌っている?

 どういうこった。


 そんなことを考えながら目の前に置かれたモノを見て、料理人たちがなんであんな顔をしていたのかよく分かった。

 机に置かれた物体。それは俺が魔王軍にいた頃からよく見た存在だったのである。


「……スライム?」


 魔王軍でも弱小な存在として雑兵としてこき使われるブヨブヨした魔物。

 片手で持てるくらいの大きさのソレは、スライムと呼ばれる最弱に近い魔物だった。

 机の上には白目を向いたスライムが大量に置かれている。多分死んでるな。

 長机にズラリと並ぶスライムの死骸。その数おおよそ100。

 しかもあまり見ない羽の生えた変異種ばかりだ。


「ふふん、只のスライムじゃないよ。盟友さんのレベルを上げることが出来るアッパースライムなの!」


 腕を組みながら、聖女は誇らしげにそんなことを言ってきた。

 色々聞きたいことはあるが、とりあえずレベルって単語が気になる。


「おい、そのレベルってのはなんだ……?」

「よくぞ聞いてくれました! いいかいマンダ、この世界にはレベルって概念があって、聖女な私は誰がどれくらいのレベルなのか見ることが出来るの!」


 は、なに?

 レベルってのは、多分強さの数値みたいなもんか。個人差があるみたいだし。

 つまりなんだ、コイツは他人がどれくらい強いのか一目で見分けることが出来るってワケか。

 はーんほーん。どうするよ、これ以上は顎も下がらんぞ。


「そして盟友になった人たちは、このアッパースライムを使って強化することが出来るんです。ここまではオンジ達にも言ったよね?」


 聖女がそう言うと、ジジイ達は軽く頷いた。

 お前らよくこんなこと聞いて普通にしてられるな。


 だがまぁ、自分の強化が出来るってのは嬉しい話だ。

 近いうちに盟友契約の呪縛を解くつもりだが、その間に強化が出来るならさせて貰いたい。

 魔少将や魔陸大佐なんぞになったらほぼ毎日戦場だろうから嫌だが、魔曹長くらいなら程よい軍生活を送れるだろう。

 コルマ達にも可能な限り死ににくい地位を与えて、楽に生きていけるようにしたい。


 しかしまぁ、こんなスライムの変異種で強化が出来るもんなのか。

 女神も変わった強化方法を考えたもんだ、コレを使ってどう強化するのか全く分からない。


 ……いや待て。

 ここは食堂。目の前にはスライム変異種。

 料理人の目は死んでて、調理場に起きたくないと言っていた。


「おい、まさかコイツら食うんじゃないんだろうな……?」

「お、マンダは察しがいねぇ! その通り、皆でこの子達を食べる事が強化の儀なのです!」

「はぇぇッ!!?」


 やっぱりかよオォイ!?

 俺は絶対嫌だぞ、何が悲しくてこんなもん食わにゃならんのだ!

 いくら強くなれるからって、やり方が頭おかしすぎんだよ!


「むぐむぐ……拒否、無理。私はこんなもの食べられない。お菓子しか食べない」


 ほら見ろ、角少女だって拒否してるぞ。ていうかお前いつまで菓子食ってんだ。

 他の連中も見てみろ、どいつも食うのをためらってるだろ。


「えぇっ、まさかの拒否!? ゲームとかじゃ当たり前に強化してたし、食べてもらわないと困るんだけど……」


 いや逆に聞くけど、なんで食ってもらえると思ったの?

 お前強くなれるからってそこら辺のナメクジ食えるか?

 ていうか俺からしたらコイツ一応同胞だぞ?

 ナメクジじゃなくて人間を食えって言ってるようなもんだぞ?

 種族は違うが一応同じ方向を向いて戦場を立ってたんだからな。お前エルフやドワーフを食えって言われて食うか?

 絶対に嫌だろ、なぁ?


「でも、食べないとすぐに強くなれないよ? それにマルタさんはもう食べたし」

「あぁ、先程おいしくいただいたぞ」


 そう言って聖女は隣の白鎧と視線を合わせた。

 うそやん、マジで食ったの?

 いや、魔中将も出てた局面だしすぐ強くなる必要があったのは分かるけど、いくらなんでもこんなもん食うかよ。


「……」

「!?」


 腕を組んでフフフと笑う白鎧にドン引きしていると、スライム共を凝視する黒騎士が目に映った。

 ジィーッとスライムを見つめたまま動かず、何を考えてるのかも一切分からない。

 一体どうするのだろう。そう考えていると、黒鎧はいきなりスライムをむんずと掴んで顔の近くまで寄せた。


「え、お、おぃお前マジでいくのか?」

「……」

「……あまり、食えるモノには見えんがのう」

「うん、コレはお菓子どころか食べ物じゃない。止めた方が良いと思う」

「ほらコイツらもこう言っているワケだし、お前もその持ってるスライム机に戻せよ」

 

 各々が青褪めた顔をして止めようと声をかけるが、黒騎士は動く気配を見せない。

 と、次の瞬間。黒騎士は兜の口元にある隙間にスライムを当て、一気に中へと押し込んだ。


「い、いったぁぁぁぁ!?」

「なんとっ!」

「うわぁ……」


 ウソだろ、マジで食いやがったぞコイツ!

 腹が痛くなるとかそんな次元じゃなくて、ホント何が起きるか分からんような代物だぞ!?

 臓物の中で無限に増殖するかもしれないんだぞぉッ!?

 いくら大切な存在だからって、聖女の言うがままに口に突っ込むやつがあるかよ!


 そんなことを考えてアワアワと震える俺を横目に、黒騎士は次々とスライムを食っていく。

 最初の一口で覚悟を決めたのか、その後の動きは実にスムーズで素早かった。

 ヒョイヒョイとスライムを掴んでは運び、掴んでは運び。せっまい隙間にスライムが吸い込まれていく。

 そして数秒後、あっという間に黒騎士の前に置かれていたスライムは無くなってしまった。

 普通にスゴイ。体の何処にスライムを丸々収納するスペースがあんだよ?


「おぉー流石黒騎士さん。ほらほら、皆も続いて食べてって!」


 満面の笑みで聖女が言ってくる。

 コイツ勝手な事ばかり言いやがって……!


「……南無三」

「これはゼリーこれはゼリーこれはゼリー」


 うぉ、ジジイと竜少女がいきやがった!?

 顔がすげぇことになってる。まるで毒と分かってるモノを口に含んだかのようだ。


 俺もいくべきか?

 いや、恐ろしすぎる。盟友なんぞになったんだから待遇はそれなりのモンだと思ってたが、しょっぱなからこんなもん寄越されて食えるかっての。


 ……ん?

 なんだ、体の自由が効かない。


「て、テメェ黒騎士! また俺を掴んで……何しようとしやがる!?」


 体が動かないのは黒騎士のせいだった。

 この野郎、俺の肩を後ろから掴んで離さねぇ。


「んー他の皆は食べてくれたけど……仕方ない。マンダだけ直接食べさせることにしよう!」

「は、おい待て。頼むからそれは止めろ。俺は一応コイツ等と同じ方向を向いて戦場を立ってたんだぞ。それをお前いきなり食えって頭おかし――」

「オラァッ!!」


 俺の言葉は遮られ、口に冷たいブヨブヨとしたものを押し当てられる。

 するとどうだろう。他のスライムどもも俺の口の中に吸い込まれてきた。


「ごごおおおおぉぉぉぉッッ!!?」

「おぉーこれが一括強化ってやつかぁ。生で見ると結構えげつないなぁ」


 能天気に聖女がそんなことを言っていたが、俺は気にする余裕が無かった。

 迫りくるスライムの死骸たち。

 未知の食感と味が怒涛の勢いで押し寄せ、いっそ殺してくれとさえ思う。


「うごおおぉぉぉ……!!」


 しかしそんな懇願が通る筈もなく。

 俺はただ体に入ってくるスライムどもに身を委ねる他なかった……。

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