第3話 契約に拒否権は無い


 妙な浮遊感。

 嫌な感じはしない。むしろ心地よさを感じる。

 先程までの冷たい死は全く感じず、妙な暖かさに包まれていた。


「……?」


 目を閉じても分かる眩しい。

 不思議に思って目を開けると、俺は先程までいた城近くにはいなかった。


「なんだ……こりゃ……」


 そう、言ってしまえば光の群れ。

 真っ白な空間でいくつもの光の筋がそこかしこを駆け巡り、消えては生まれを繰り返している。

 その一つ一つが輝いて見えて、数秒の間何も考えずただ見続けていた。


「……」


 どれくらいボーっとしていたか分からない。

 目の前で揺蕩う光で我に返り、再び思考し始めた。

 

「ここは……あの世ってやつか……?」


 奇妙なもんだ。意識はあるし、場所は分からないが視界もハッキリしている。

 あ、手足は動かないな。

 となるとこの場から移動するのは不可能か。

 参ったな、こんなものがあの世なのか?


 そんなことを思っていると、光の動きが気になった。

 不規則に動いているように見えるが、皆上の方を向かっているように見える。

 顔を上げて見てみると、そこには黒色の渦のようなものがあった。

 光はその渦を目がけて飛んでいき、中に入っていく。

 渦から戻る光は見えない。


 そんな様子を見ながら、俺はあることを思いだした。

 そう、確か命が終わった後に新しい命へ生まれ変わること。

 生前の善行や悪行によって行き先が変わる、輪廻転生とかいうヤツだ。

 確か人間たちがそんなことを言っていたと思う。


「ほぉん……魔物にも転生先があるとはな。一体どんな奴に生まれ変わるのか……ん?」


 何気なくそんなことを呟き、視線を上から前の方へ視線を戻した。


 と、そんな時。

 目の前で妙なものが見えた。

 

 手。

 人間の手のような何かが、俺の目の前で浮いている。

 気配も何も感じなかったからか、まったく気付かなかった。


「なんだこれ?」


 手形の魔物……マンハンドという魔物が一瞬頭に浮かんだが、まぁ絶対違うだろう。

 なんというか、気配が俺を殺した白鎧と似ている。

 女神の力、その一端がこの手からは感じられたのだ。


 浮かんでいる手は俺の方に向いたまま、少しずつこちらに向かってくる。

 おいおい、俺はもう死んだんだろ?

 これ以上何するって――


「うごッ……!?」


 頭痛、主に前方から。

 よく分からんが、浮かんでいた手に額を掴まれたようだ。

 細い指のくせに力がまぁまぁ強い。


「ッしゃぁ掴んだァッ!!」


 そんな気合いたっぷりの声と共に、体がどこかに引っ張られる感覚がする。

 抵抗しようにも、ずっと手足が動かなくてどうしようもない。

 人形のように引きずられ、そのまま白い空間を凄い勢いで縦横無尽に引っ張られる。


「うごごごごっごごっごっごごごご!!?」


 引っ張られながら、俺は確かに視認した。

 光以外何も存在しなかった白い空間に、何かが出現したのだ。

 まるで霊体の魔物が出現するように、スッと現れたソレを見て驚く。

 それは今までに見たことが無いような、神々しい光を放つ金色の扉であった。

 どうやらあそこに連れ込まれるらしい。

 え、転生は? などと考える暇もなく、体は引っ張られる。


 そのままなんの抵抗も出来ず、俺はそのまま扉の中へ吸い込まれていったのだった。


「ぶえっ!?」


 扉を越えた瞬間浮遊感は消え、俺は堅い床に叩きつけられる。

 浮いたり落ちたりしたせいで、臓物が悲鳴を上げていた。

 吐き気が尋常でない。

 何度か腹を殴り、強引に調子を取り戻す。


「う……ぐ……」


 腹に感じる痛みと共に、頭の中がクリアになった感じがした。

 情け容赦が一切感じられない仕打ちに少し怒りを感じたが、まずは状況を確認しないとな。


「んだよ……ここどこだ?」

 

 ゆっくり辺りを確認する。

 薄暗い空間だが、ジメジメしてはいない。

 乾いた空気にどこか居心地の悪さを感じる。

 もう慣れ始めているが、この空間にも女神の力が感じられた。


 足元には魔法陣があり、その端に焼け焦げた様な跡が五つほど見える。

 もしかして、召喚されたのか俺?

 死んだ奴を呼ぶなんて相当強力なヤツだな。

 しかし俺なんぞを呼ぶとは、一体どこのどいつなん――


「いやぁったぁーー! 召喚成功ッ!!」


 辺りを見続けていると、明るい声が聞こえてきた。誰だ一体。

 聞こえた方向を見ると、そこには妙な恰好をした若い人間の女がいた。

 白と濃い青色が目立つ服。

 ヒラヒラしたモノを腰に巻いている。

 確かスカートとかいうヤツだ、コルマも身に付けていた。


 そいつは満面の笑みを浮かべ、ちょっと泣きながら力強くガッツポーズしている。

 どうやらコイツが俺を召喚した様だった。


「うぐぅっ、ふぐ、最後の最後でマンダを呼べてよかった……」

「ふふ、よくやったな聖女殿。これで5人目、まぁまぁの戦力になった」


 次いで別の声が背後から聞こえる。

 最初の喜びに満ちた声とは違い、妙に聞き覚えがあった。


 気になって後ろを見ると、そこには別の人間の女が一人。

 長い金髪を後ろで結っている。青い瞳の女。

 そして真っ白で厳つい鎧を着て……鎧ッ!?


「テメェ、あの時の白鎧!? 何でここにいやがるッ!!」


 そう、目の前には俺を殺した白鎧の人間が立っていたのだ。

 兜を取っているが、間違える筈がねぇ。

 死ぬ直前に見た鎧は、今でもバッチリと覚えている。

 コイツ女だったのか……いや、そんなこと今はどうでも良い。


 未だ気だるい体を叩き起こし、即刻臨戦態勢に入る。

 だが何故だ、白鎧からは前のような女神の気配を感じない。

 というか、殺気すら感じられなかった。


「おら、かかって来いよ。前みたいに易々と死にはしないからな!」

「ふふ、血気盛んだな。とても良いことだ」

「なに余裕ぶってやがる!? 何もしないならコッチから行くぞ!」

 

 白鎧はただ笑うだけで、一切何もしてこない。

 こっちは武器構えていつでも戦えるってのに、なんでだ?


「落ち着け、落ち着くのだアーリマン・ダルク。貴殿は聖女殿の盟友として呼ばれたのだ。これからは敵ではなく、同胞として肩を並べるのだぞ」

「はぁ? 盟友ってなんだ、俺はお前と友達だってのか? 笑わせんじゃねぇ!」

 

 叫ぶと同時に、俺は白鎧に向かって走り出した。

 城の前で受けた攻撃の恨み、忘れたワケじゃあない。

 勝てるとは思っていないが、せめて一太刀コイツに食らわせなければ気が済まなかった。


 剣を構えすらしない白鎧を疑問に思いながら、とにかくヤツの前へと走り続ける。

 腕を大きく上げ、ヤツの体を切り裂くまであと一歩。


 そこで異変に気付いた。


「体がッ!?」


 俺の殺意とは逆に、両腕の武器はヤツの体に届かなかったのだ。

 あと一歩で届くはずなのに、体がそれ以上前に進もうとしない。

 横や後ろには足が動くのに、前に進むことだけが出来ないようになっている。

 これは……どういうこった?


「あぁもう、落ち着いてよ。仲間内での殺し合いとか禁止だからね?」


 何が起きているのか分からないでいると、さっきの妙な恰好をした女が話しかけてきた。

 なんというか、おっとりとした敵意の欠片も感じさせない声だ。


「仲間って……この白鎧も似たようなこと言ってたが、なんで俺がテメェらの味方になるんだ? それか、お前らが魔物側に下ったってのかぁ?」

「いやいや、マンダが人間側に招待されたの。聖女による盟友召喚、聞き覚えない?」


 聖女、盟友召喚。

 そうか、俺は聖女によって召喚されたのか。


 上層部の連中が話していた所を盗み聞きしたことがある。

 確か、女神が人類勝利の為に異世界から呼び出す最終兵器、それが聖女だ。

 そんでもって聖女にしか出来ない技が盟友召喚。

 言ってしまえば一方的な奴隷契約だったと思う。

 人間でも魔物でも関係なく、召喚した相手に一方的に契約を交わさせる召喚魔法。

 契約されたが最後、女神の気が済むまで延々と戦力として戦わされ続けるのだとか。


「おいおいおいおい、冗談じゃねぇぞ……!」


 自分には関係ないとばかり思っていたが、まさか自分が標的になるとは思わなかった。

 ヤバい、実にヤバい。

 白鎧への攻撃が通らなかったのは、聖女に何かしら細工されていたからか。

 多分盟友からの反乱を防ぐ手段か何かだろう。

 

 さっきの口ぶりからして、目の前にいるこの女が聖女だ。

 コイツへの攻撃もまず不可能だと思った方が良いだろう。

 敵への攻撃はできない、加えてここは多分人間共の城の中。


 なら、やることは一つ。


「シェイアァッ!!」


 全力逃走。まずはコイツらから逃げる事が最優先だ。

 足に全神経を集中させ、思いっきり走り出す。

 出口は既に確認済みだ。聖女が立っている方向にあった扉がそうなのだろう。

 なんか体が重たく感じたが、走ること自体が可能なのは確認済みだ。


「あ、逃げた」

「おやおや、この反応は初めてだ」


 全速力でダッシュ、光が見える方向へと走り出す。

 聖女を通り過ぎて数秒もしないうちに、日の光を視認することが出来た。

 思ったより簡素な造りの建物みたいである。


 外に出ると同時に後ろを軽く確認。追っ手は来てないみたいだな。

 続いて前方。人の気配は感じるが、そこまで近くにはいない。

 敵がいないことは確認できた。次は城の出口だが……お。

 すぐ近くに大きな壁があった。見覚えのある色、おそらく俺たちが攻め込んでいた城の壁だろう。


「となると、やっぱりここはハートレイス城の内側。それに人があまり来ない離れた場所か」


 壁が近くにあったのは幸いだ。

 よじ登っていけばそのまま外に出れる。

 ある程度離れれば転移魔法の準備をして、魔王軍側の陣地近くにでも転移できれば良い。

 聖女との契約はあとでゆっくり解く方法を探せばいいだろう。

 案外魔王軍に戻れば、すぐ解放されるかもしれない。


 そう思い、壁に指を引っかけてスイスイと上に登って行った。

 ……やっぱり体が重く感じる。何か仕掛けられたのか?

 いや、考えてる余裕はない。とにかく逃げないといかん。


 壁を登りきると、近くに見覚えがある草原が見える。

 焦げた跡や地面に刺さったままの武器がそこかしこにある所から、そこが死ぬ直前までいた草原だという事が分かった。

 それなら、逃げるべき方向はその先だろう。


「おさらば人間共オォォ!!」


 迷いなく城壁から飛び降りる。

 これくらいの距離なら着地に問題は無い。


 体にぶつかる風を感じながら、そのまま走る方向を見据える。

 目指すは魔王軍の砦。コルマや部下共に向かわせた先だ。

 草原の奥の方にある森へ走れば、数日で着くだろう。


 ……ん? あれ?

 なんか、視界が歪んで……?

 あ、なんか風とかも無くなって来た。

 体の平衡感覚も狂ってきて――


「ぶえっ!?」


 瞬間、襲ってきたのは覚えのある痛み。

 妙な既視感と同時に、さっき逃げ果せた筈の人間二人が目に入った。

 俺がここに戻ることを分かっていたかのようで、焦っている様子はまるでない。

 二人は満面の笑みを浮かべて一言。


「おかえりマンダ」

「観念しろ、聖女殿の契約は絶対だ」


 そう言ってきやがった。

 自分でも分かる、多分相当マヌケな表情を俺はしてるのだろう。


「うそん」


 だって言えたセリフもこれだけだったからな!

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