第1話 Now Loading…


 消し炭。


 貴方の目の前に、プスプスと焦げる炭のような何かがある。


 大きさでいうと、ちょうど人くらい。

 黒く焦げているが、触ると柔らかく柔軟性がある感じ。

 家に帰ってソレが居間にでも転がっていたら、どう考えても無視できないような感じ。


 そんな消し炭が、無造作に放り捨てられている。




 さて、ここで問一。

 目の前の消し炭、その正体は何だろうか?


 木?

 おしい。

 生命であるところは一緒。


 鉄?

 正解から遠くなった。


 面倒なのでもう正解を言ってしまうが、コレは先程まで元気に動いていた魔物の男である。

 まるでゴミのように床へ転がされている消し炭の彼は、ついさっき火炎放射を喰らって動けない程のダメージを負ってしまい、この場に倒れ伏しているのであった。


 ここで彼の紹介をしておこう。

 彼の名前はアーリマン・ダルク。通称マンダ。

 こう見えて元魔王軍小隊長である。


 ある日、彼は暴れる竜族の少女を抑えるべく立ち向かい、見事返り討ちにあったのだ。


「ヤツは俺が止める。なぁに、心配するな。俺は元魔王軍小隊長だッ!!」


 それが彼の最後の言葉であった。

 数秒後、竜族の少女から繰り出された張り手からの火炎は、傍にいた剣聖の翁も「お見事」の一言であったという。

 助けろよとかいうツッコミは、決して言ってはならない。


 それに現在の彼は見た目以上に丈夫であり、早々死ぬことはない体だ。

 故にその後も戦闘を続け、結果消し炭になるまで燃やされてしまったのである。


 では、ここで新たな疑問。

 マンダが早々に死なないのは何故か?

 ソレは彼が現在、聖女であるユリカ・キリバヤシの『盟友』として現世に召喚された身であるからだ。


 盟友契約。

 キリバヤシ曰く、ガチャ。

 盟友と言えば本来良い響きに聞こえるが、簡単に言えば奴隷に近い位置づけのソレ。


 まず聖女が、既に死んでいる者をランダムで現世に呼び出す。

 応じた者に女神の加護という名の隷属契約を結ばせ、聖女の代わりに戦わせる。

 盟友となった者は契約を無視することを出来ず、加護により死ねなくなった体を使って精一杯聖女にご奉仕するという流れ。

 それが盟友契約だ。


 もう少し掘り下げると、この盟友契約は聖女降臨とセットで女神から人間へ与えられた御業とされている。

 1万年以上魔族と人間の間で争いが続く世界『ヴァルフレイア』において、この二つが人間側の最終にして最大の奥の手なのだ。

 ちなみに聖女降臨とは、文字通り別の世界から聖女を呼び出す降臨魔法である。

 そして聖女を除き、この世界『ヴァルフレイア』において盟友契約を行える者は存在しない。

 何故ならこの聖女という存在、ヴァルフレイアにいる人間ではなれないからだ。


 ヴァルフレイアには魔法の概念が存在するが、女神の力は魔法とはシステムが少し違う。

 体の中に秘めた力を使う点では魔法と同じだが、魔法の元となる魔力では女神の力は行使できない。

 魔力と女神の力は全くの別物なのである。

 そしてヴァルフレイアの人間には、残念ながら女神の力を使う方法は編み出されていない。

 だからいかに名を馳せた賢者であろうと、民から慕われる勇者であろうと、盟友契約を行うことは出来ないのだ。


 しかも聖女を降臨させることが出来るのは、百年に一度と定められている。

 故に、ヴァルフレイアの人間は聖女を重宝せざるを得ない。

 人間は女神が異世界より連れてくる聖女候補を手厚く迎え、勝利の為に与えられる全てを聖女に与える。

 そして一方的に聖女の使命を押し付けられた地球人は、盟友と共に魔王討伐の旅に出るというのが基本的な流れだ。

 この盟友契約と聖女降臨のおかげで、人間はギリギリ魔物に勝ったり負けたりを繰り返す状態になれている。

 もしなかったら、とっくの昔に絶滅危惧種と成り果てていたかもしれない。


 この聖女降臨のシステムはもう何千年も前から行われており、その都度女神は欠点を見つけ出して直している。

 例えば、最初の聖女降臨では老婆が呼ばれてしまったため、以降は若い娘が呼ばれるようになったり。

 契約した盟友が聖女を殺さないように、女神の加護を強くしたり。

 聖女キリバヤシはこのことを「定期メンテ」とか言っているが、まぁそれは放って置こう。


 次にマンダの説明……は別に簡単で良いだろう。

 戦争中に死んだ彼は聖女キリバヤシに目を付けられ、気付いたら盟友として召喚されていた。

 簡単に言えばこんな感じである。


 これまでに死ぬほどのダメージを負っている彼だが、生憎本当に死ぬことはない。

 今もそうだ。

 彼は竜族の娘が楽しみにしていた菓子を食った犯人にされ、その八つ当たりを一身に請け負うことになってしまったのである。

 とんでもない貧乏クジだ。


 ……と、ここで一度視線をマンダの指先に移してみよう。

 少しだけピクリと動いたのが確認できた。

 時間が経ったおかげで、多少は回復出来たようである。

 いやぁ、良かったね。


「うごっごごごごっごごごッ……!?」


 まぁだからといって全快したわけではないが。

 哀れな盟友マンダは、全身の痛みに耐え切れず意味不明なうめき声を上げてしまっている。

 こんな状態でもなかなか死なないのだから凄いもんだ。


「あ、あのドラガキよくも……!」


 菓子一つで暴れまわる同じ盟友に恨み言を呟きながら、どうにかマンダは体を動かそうと身をよじる。

 だがしかし、体は上手いように動いてはくれないようだった。




「あ、起きた! マンダ大丈夫?」




 そんな時、黒焦げ芋虫みたいになったマンダに話しかける存在がいた。

 彼は声の主を分かっているのだろう。まるで怨敵を見るような鋭い目をして顔を上げる。

 そこにいたのは、いわゆるセーラー服を着た少女であった。

 黒色の短い黒髪に、明らかに彼等とは違う国の感じを漂わせる顔立ち。

 そう、彼女こそがマンダを盟友にした聖女。

 日本から呼ばれたユリカ・キリバヤシであった。


「テメッ……大丈夫、じゃ……」

「あはは、随分やられちゃったようで。でもまぁ、マンダのおかげで新しいお菓子を作ることが出来たよ。イベント難易度的にはBって所かな、今回は」


 そう言って、キリバヤシは楽しそうに彼の目の前へ小さな袋を出してきた。

 クッキーかケーキか。それとも他の何かだろうか。

 とにかく、ソレのおかげでマンダが黒焦げの原因となった事件は解決した様である。


「いつもはいい子なんだけど、お菓子の事になるとホント大変なんだよなぁベルンちゃん。多分マンダが時間稼ぎしてくれなかったら、このお城も半壊してたかもね」


 えへへぇと笑いながらとんでもないこと言うキリバヤシ。

 本当なら文句を言い散らかしたかったマンダであるが、いかんせん体力が底を尽きそうなご様子であった。


「そうか……まぁでも……許しは……せんけどな」

「あはは、でも最後には自分から行ってくれたじゃん。」

「だいたい……お前は……いっつもいっつも俺を……良い様に……使いやがっ……て……」

「あははぁ、まぁそれは許してよ。マンダって、最初の頃に出てくるキャラにしては結構使い勝手が良いんだよねぇ」


 なにやら妙なことを言うキリバヤシであったが、肝心のマンダにはその意味を理解する余裕が無かった。

 満身創痍。彼を指す言葉としてはこれ以上に相応しい言葉はない。


「……ぐふっ」


 と、彼はここで力尽きてしまったようだ。

 べちゃっと地面に顔を落とし、完全に意識を落としてしまった。

 とはいっても、しばらくすれば回復するし、なんだったら聖女の力で復活もできる。

 彼の盟友ライフはまだ始まったばかりだ!




 この物語は、敵である人間に倒された魔物マンダと、マンダを倒して彼を召喚した聖女キリバヤシ。そして彼等を取り巻く者達の物語である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る