第37話:推しの悩みには力になりたい。


「いやあ、まさか最後の最後であんなことになるとはな」

「はい、知らず知らず油断していたようです。申し訳ありません」


 サーカスの後、俺はハクメンと二人で大通りから一本外れた道を歩いていた。

 お互い服装をさらに変え、一般市民のカップルにしか見えない格好だ。

 デュランとベルはどうしたかというと、少々問題が起こって今は神鏡の中に。


 公演が無事終了した後、俺たちは団員に声をかけられた。その際、デュランがエネミーの攻撃から守ったという子が、不意打ちでデュランの兜を外した。どうやら、お礼に頬へキスでもしようとしたらしい。


 しかしデュランはデュラハン。兜を外した下には、燃える骸骨があったわけで。


 団員の子が甲高い絶叫を上げたものだから、俺たちはもう音速でテントから逃げ出した。デュランとベルは神鏡の中に入ってもらい、俺とハクメンは服装を一般市民風に変更。格好も人数も変えたので、衛兵を呼ばれても撒けるはず。


「これから如何しますか? 私たちは馬車での会話で、彼女らに博物館が目的だと話してしまっています。今向かうのは危険かもしれません」

「そうだなあ。どこかで時間を潰した方がいいかも……お?」


 ふと目に留まったのは、《大和骨董品》と看板に書かれた小さな店。この世界じゃ当然のように日本語が標準語になっているが、達筆な文字は《ヤマト天陽国》独特のものだ。察するに、ヤマト由来の品を専門に扱っている店なんだろう。


 そういえば寿司の屋台なんてあったくらいだ。ヤマトとの交易が盛んなら、こういった店があっても不思議じゃない。


「……っ」


 そして視線を横にやれば、目をキラキラさせたハクメンが。


「入って見るか? ハクメン、こういうの好きだろ?」

「い、いえ! 私の趣味に主を付き合わせるというのは!」

「いいからいいから」


 ハクメンの手を引いて店の中へ。うん、何度触れても緊張で冷や汗出そう!


 こじんまりとした内装。意地の悪そうな店主。そして棚に陳列するのは屏風絵、掛け軸、壺といった美術品から、刀や槍などの武器まで。果てはクナイや手裏剣、『忍法』なんて書かれた巻物もあるが、果たして本物なのか。


「おおぉぉ」


 ハクメンがずっと目を輝かせっぱなしな辺り、品質は確かなものなのか、あるいは気にならないほどはしゃいでいるのか。

 なんにせよ、ハクメンが楽しそうでなによりだ。


「ほほう、なかなか目利きのできるお嬢さんらしい。ここにあるのは、どれも隠れた逸品ばかりだ。特にお嬢さんが手にしているその刀。実は彼の《安倍晴明》が神通力を込めたという、霊験あらたかな退魔の剣で――」


 バキン、と金属の砕ける音。

 店主の言葉に思わず、ハクメンが手にした刀を握り潰してしまったのだ。

 しかも反射的に噴き出た呪炎で、札や屏風といった燃えやすい品に火がつく。


「な、なにしてくれてんだあんたああああ!?」

「すいません! 弁償しますんで!」





「本当に申し訳ありません。剣に込められた霊力で、安倍晴明とは無関係の品だとはわかっていたのですが……」

「あれは仕方ないだろ。あいつの名前出されて冷静になれないのは無理もないさ。すぐに火は消したから思ったほど被害も出なかったし。あの店長はデタラメ並べて値を釣り上げようとするインチキ野郎だったから気にすることない」


 骨董品店を後にし、現在あんまり繁盛してなさそうな喫茶店のテーブルで一服中。


 即金で弁償しようとしたこっちをカモと見たか。骨董品店の店長は嘘八百で、ミラージュに関わる希少な品だと法外な値をつけてきた。


 しかし、こちとら仮にもミラージュと共に戦い、ときに敵に回して戦ってきたミカガミだ。品が帯びる魔力の薄っぺらさだけでデタラメだと判別がつく。


 なので欲をかいた店主はハクメンの忍術で、葉っぱを化かした金貨の山の下敷きにしてやった。今頃は葉っぱに埋もれて儚い夢に浮かれていることだろう。


「成長していない己を恥じるばかりです。一瞬でも私怨に我を忘れ、あまつさえ主に迷惑を御掛けするなど」

「いや、俺も配慮が足りなかった。ああいう店なら、真贋はともかく陰陽師絡みの品があるのは事前に気づくべきだった。世界の終焉を回避しても、ハクメンにとってはなにも終わっていないんだよな。まだ、一族の仇を討っていないんだから」


 ハクメンにとって一族を滅ぼされた仇である、ミラージュの安倍晴明。

 結局、メインストーリー第一部の間に彼奴との決着はつけられずじまいだった。

 本当なら、今すぐにでも安倍晴明を探し出しに行きたいのかもしれない。


「すまないな。俺のお守りなんかで足踏みさせて」

「そんなことはっ。私こそ忍びでありながら、己が私怨を優先するなど」

「いいんだ。家族を奪われた気持ちなんて俺には想像もつかないが、ハクメンの復讐を否定する気はないし、したくない。ただ……復讐さえ果たせば自分はどうなってもいい、みたいな考え方だけはして欲しくないんだ」


 それはハクメンの物語を見守る中で、ずっと抱いていた気持ち。

 あらかじめ用意された選択肢では伝え切れなかった、俺自身の言葉を口にする。


「ハクメンの復讐は正当なモノだ。だからこそ、復讐を果たした後は家族の分も笑って生きなくちゃ駄目だ。過去の憎しみをしっかり晴らして、笑って未来を生きるために、復讐は果たされるべきなんだ。そのためなら、俺はいくらだって力になるよ」


 大した役には立てないだろうが、と俺は苦笑した。

 するとハクメンは大きく開いた目を閉じ、長めの沈黙を挟んで呟く。


「主。どうか少し、長話に付き合ってください。妖魔に乗っ取られて暴れ回り、多くの善意に救われて置きながら、己の復讐しか頭になかった愚か者の話に」


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