第36話:君たちがもっと笑顔でいる世界を願っている。
情報収集の間に日が暮れ、旅の疲れもあったため宿で一泊した翌日。
俺たちは目的の博物館へ向かう前に、《戦乙女サーカス》へ赴くことにした。
口約束みたいなものとはいえ、招待に預かった身としては行かないのもどうかと思った次第で。別に露出は少ないけど太ももが眩しいサーカス団員にホイホイ釣られたわけじゃない。ハクメンにあの衣装を着て見て欲しい気持ちはあるが!
「ようこそお越しくださいました! どうか楽しんでいってくださいね!」
都市の中央広場に設立された大型テントの中、俺たちが通されたのは円形に舞台を囲う観客席の中段。如何にもVIP席っぽい、他よりちょっと豪華仕様の席だ。
こっそり耳打ちされた情報によれば。戦乙女サーカスの目玉は【浮遊】効果付きのドレスを着た戦乙女が舞い踊る空中ダンス。そしてこの席は、戦乙女たちが最も接近するコースに設定されているとのこと。
おかげさまで、この席は一年先まで予約が満杯。金持ちお偉方は勿論、王族まで予約を入れているそうな。うーん、商売上手!
ちなみに俺たちが通された席は、丁度ドタキャンが入ったらしい。
しかもお独り様の貸し切りで、予約した主はミカガミらしく……別に俺は無関係なのに、申し訳ない気持ちにさせられた。
「デュラン、サーカスの女の子にデレデレしちゃ駄目だからね?」
「いや、俺がベル以外にデレデレしたことあったかナンデモナイ。ちょ、なんでもないっつったろくっつくな!」
デュラベルはまた隙あらばイチャつきおってからに。
いいぞもっとやれ!
「その、主はやはり、ああいった華やかな格好をした女性が好ましいのですか?」
「ふぇ?」
デュラベルに内心ニヨニヨしていたら、隣のハクメンがそんなことを言い出す。
「私はこの通り、実用性に重きを置いた格好で、色合いも暗くて。忍びとしてはそれが正しいですし、潜入で一般の女性に扮することもありますが。私のような外法者では、あのような女らしい格好はどうしても不釣り合いで。えっと、主としては、目の保養的な意味で、ご不満があるのではないか、と」
なにこの子、ちょっと元気のない顔でたどたどしく可愛いこと言い出してるの?
え? え? サーカスに行くと決めてからずっと表情硬かったが、そんなことを気にしてたのか? そういえば馬車に乗っている間ほぼ無言だったのも、凄く女の子してる団員たちと自分を比較して気にしちゃったから?
そんなハクメンが世界で一番可愛いとミラアースの中心で叫びたい!
「もう始まるみたいだから、大将もハクメンもイチャつくのは後にしとけー」
「リーダーにとってはハクメンが世界一可愛いって言ってあげればいいのにー」
「エスパー!?」
「わ、私はただ、円満な主従関係のために! ところで主、えすぱーとは一体?」
そんなこんなして、戦乙女たちによるサーカスが開演した。
ジャグリング、イリュージョン、アクロバット、フープ、ロープ……地球じゃサーカスなんて実際に観たことないが、ハクメンたちの戦いとは別の意味で圧倒される。しかもファンタジー世界だから、演出が一際派手かつ幻想的だ。
そして演目には全体を通じたストーリーがあり、どうやらミラージュ《シグルド》と《ブリュンヒルデ》にまつわる物語らしい。ワルキューレ役の団員たちが語り手となって、二人の愛と希望の物語を謳うのだ。その点はミュージカルにも近いか。
……北欧神話に語られる英雄【シグルド】と戦乙女【ブリュンヒルデ】の物語は、悲劇であり悲恋だ。劇的な恋に落ちた二人だが、奸計で記憶を奪われたシグルドが彼女を裏切り、嘆き怒り狂ったブリュンヒルデは彼を殺した後に自身も命を絶つ。
《シャドウミラージュ》で繰り広げられるミラージュたちの物語は、地球での史実や神話という運命をなぞり、ときに打ち克つ物語だ。
その中で、ミラージュのシグルドとブリュンヒルデは神話と同じ結末を迎えた。俺が知るシャドミラの世界ではそうだった。
しかし、この世界では違う。
「この世界のシグルドとブリュンヒルデは、運命を変えることができたんだな」
「はい。最後はアスガルド皇国の神皇《オーディン》と対決する事態となりましたが、《フェンリル》を味方につけたのが大きな勝因でした」
「スルトまで参戦してきたのは流石に驚いたよねー」
「俺は最初オーディン側だったヴァルトラウテが、ミラージュじゃない普通の人間に惚れて即座に鞍替えしたのが衝撃的だったなあ……」
俺が知るシグルドとブリュンヒルデの話は終始ほぼシリアスだったが、こちらでは随分と愉快なことになっていたらしい。――結局、最終決戦で二人は命を落としたという。それでも、原作では叶わなかった幸福な時間をたくさん過ごせたようだ。
他にも、まるっきり二次創作みたいに原作から乖離して、多くの悲劇が喜劇に変わっている。俺は、そのことが素直に嬉しい。
復讐者とか、死霊の騎士とか、狂戦士とか、そういうダークな設定が大好物の俺だが。やっぱり物語は、バッドエンドよりハッピーエンドの方がいい。
ここが、原作であった悲劇の多くを塗り替えることができた世界なら。
他ならぬ俺たちプレイヤーのせいで、この世界がめちゃくちゃになるようなことがあってはならない。ゲーム気分で世界を踏み荒らそうとしているプレイヤーがいるなら、同じ世界の人間として見て見ぬフリはできない。
一度は滅びかけた世界で、懸命に立ち上がろうとしている人たちの姿を見て、俺は強くそう思ったのだ。
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