第35話:推しが絡む意見の相違はすぐ戦争に発展する。


『《世界の終焉》を乗り越えたミラアースは、覇権を唱えるミラージュによって国と国、人と人同士が争う動乱の時代に突入した。芸術と歴史の都に蠢く悪意が狙うは、神が遺した雷霆。神の遺産は誰の手に、そして雷神の鉄鎚は誰に下されるのか!』


 これがメインストーリーの項目にて、新しく記されたプロローグだ。

 目的地を示すマーカーは、今まさに俺たちが向かっている都市を指し示した。


 狙ったようなタイミングになにか嫌な予感を抱きつつも、とにかく目的の都市に俺たちは到着。そして――。


「はえー、凄い賑わいだね!」

「露店も結構出てるな。くそう、腹がハングリーになってくるぜ」

「主! あそこに稲荷寿司の屋台が!」

「稲荷寿司というか寿司の出張販売みたいだな。川があって水路を利用できるとはいえ、新鮮な魚も流通してるなんて凄い……ちょ、屋台は移動できても逃げないから引っ張らないで。腕に当たってるただでさえ凄いモノが物凄いことになってるから!」


 俺たちは例のごとく冒険者を装い、ダブルデートの体で大通りを歩いていた。


 分厚い城壁と厳重な警備に守られた都市は、それだけになかなかの活気がある。大勢の市民が行き交い、通りに並ぶ商店では売り子が笑顔で声を張り上げていた。冒険者の姿も多くあるので、俺たちも自然に溶け込めているだろう。


 日本の都市部で育った俺は元より、ミラアースの各地を旅したハクメンたちも、こういった場所は初めてじゃない。それでも驚くほどの賑わいだった。


「たった二十年でここまで復興してるとはな。一度世界が滅びかけたとは思えない。あのラストバトルで、世界のあちこちが閃光に焼かれたっていうのに」

「あの戦いで各国の王が斃れましたが、王亡き後も《三国同盟》は機能していたようですね。各国の相互援助なくして、これほどの急速な復興は成し得なかったはず」

「それが、どうして戦争を始めようとしてるんだろうね?」


 問題はそこだ。

 俺が知るシャドミラの世界でなら、終始険悪な関係にあった三大国が、終焉を回避した後に争い始めてもそう不思議ではない。


 しかしこの世界では、ゲームのシナリオから多くの乖離を経て、三つの大国は和解した。同盟を結び、団結して世界の終焉を阻止しようとしたのだ。


 教国に属していた聖女が不可解な裏切りを行って、なお同盟が崩れなかったことは、この都市の発展が裏付けている。他国との関係が険悪なら、《ヤマト天陽国》由来の寿司なんか露店で売らないだろうし。


 だからこそ、鉱山の一件が解せない。

 砦の人たちも、国が急に戦争の準備を始めたことに疑念を抱いている様子だった。

 その辺りについて調べるべく、観光を装って都市の住人から情報収集を開始した。



「二十年前に、世界全体で酷い天災があったって話かい? 俺がまだ生まれる前の話だけど、小さい頃はこの辺りも廃墟同然だったからなあ。俺たちじゃ想像の追いつかない、大変な災害だったのは確かだろうね。それが、よくここまで立ち直ったもんだと思うよ。国内だけじゃなく、他の国からも多くの助けがあったおかげだろうね」


「あの頃はどこの国もボロボロで、戦争なんてする余裕はなかったわよ。火事場泥棒や盗賊はいたけど、うちじゃ《ヴァルトラウテ》様率いるワルキューレ隊が国中を警備して回ってくださったの。《ブリュンヒルデ》様を始め御姉妹を失くしたばかりだったというのに、御労しや……。それに無事な国や都市からの支援が迅速に行われたから、被害の割に大きな混乱はなかった印象ね」


「でも……確かに最近になって、不穏な空気が漂っているんですよね。兵士や兵器工場の作業員の募集を毎日見かけるようになりましたし、場所によっては強制招集がかかっているとか。私の知り合いが行商をやっているんですか、急に関所が設けられて多額の関税を徴収されたとぼやいていました」


「嘆かわしい話じゃよ。あの恐ろしい災害から、互いに助け合ってここまで復興したというのに。ようやく取り戻した平和を破って戦争など。先王陛下が病に伏して三年、どんどん国はおかしくなって来ておる。世界の救い主だという《ミカガミ》様が降臨なさってから、逆に世が乱れ始めているかのようで――」



「やっぱり、混乱の元凶はミカガミにあり、か」


 市民の証言は、砦で得た情報と概ね合致していた。


 復興で戦争どころではなく、長らく平和だった情勢が、最近になって急に戦争へと向かっていること。そしてその背景に、各地で出現した《ミカガミ》が関与していること。


 砦の青服男が言っていた。『第二部からのシャドミラは、国ごとに分かれてプレイヤー同士が争う陣取りゲーム』だと。誰がそんなことを言い出したかは知らないが、もし各国に散らばったプレイヤーが、揃ってその気になっているとしたら。


 救世主だったはずの俺たちミカガミが、今度は世界を混乱に陥れようとしている。

 せっかく平和になった世界で、同じ平和を願ったはずのミカガミ同士がなぜ、なんのために争い合う。ガチャか? イベント報酬か?


「僕、遠目だけどミカガミ様を見たことがあってさ。なんか叫びっ放しでおっかない感じだったよ。言ってることも意味わかんなかったし。なんか、『向こうのプレイヤーはキノコの森派だから絶許』とかなんとか。なんの話だろうね?」


 ……いや、まさか。

 異世界にまで来て、キノコタケノコ戦争とか言い出さないよな? な?


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