第32話:残されたのは謎に次ぐ謎。
人質と労働者を解放し、無事に依頼を達成した俺たち。
しかし、まだ個人的にやり残したことがある。
鉱山で発見した、《ロンギヌスの槍》の破片だ。
破片を調べるために、俺たちは採掘場へと再び足を運んでいた。
俺が知る《シャドウミラージュ》にはもう存在しないはずで、しかしハクメンたちによればあって不思議じゃないという。この食い違い、記憶の齟齬はなにを意味する?
手がかりはきっと破片に隠されているはずだ。
「しかし、槍の破片がこんな山の中に遺っていたとはなあ」
「破片といえど周囲の鉱石をミスリルに変え、ミラージュをあそこまで変貌させる力。流石は《世界の終焉》を封じていた聖槍ですね」
「でも、あたしたちがこうして触れてもなにも起きないね?」
……全く口を挟めない。
壁面をあちこち観察したり触ったりして調べながら、俺はハクメンたちの会話に加われずにいた。口を開けば失言する予感しかないのだ。
「改めて思い出すと、よく生き延びたモンだよなあ。《アーサー》に《呂布》に《ヘラクレス》、《ゼウス》に《オーディン》に《ベリアル》、英雄も神々も総出で挑んだ大決戦だった。神から先にどんどん脱落していくから、絶望感半端じゃなかったぜ」
「しかし、神々が命をかけて力を削いでくれなければ、私たちは勝利できなかったでしょう。それほどまでに聖女、いいえ聖女を器に具現化した《終焉》は強大だった。聖女を器としたことで、聖槍の力をも取り込んでいたのかもしれません」
「なんであの土壇場でジャンヌが裏切ったのかは、結局わからずじまいだったよね。ジャンヌと恋仲だった《ジル・ド・レ》は、なにか気づいた様子だったけど――」
ほら、また覚えのない初耳の話が。
ゼウスたち大国の王は、互いに争い合って最終決戦を前に滅んだはずだとか。
最終決戦でミラージュたちの先頭に立ったはずの聖女が、なんでラスボスに鞍替えしてるんだとか。
史実でも聖女に仕え、聖女が火刑に処された後は心を病んで悪魔崇拝に堕し、童話で有名な殺人鬼『青ひげ』のモデルになったとされる【ジル・ド・レ】。ミラージュとしての《ジル》は聖女に想い届かぬまま、凄惨な死を遂げたはずだとか。
俺の知る《シャドミラ》のストーリーと明らかに矛盾する、二次創作かなにかのような情報ばかりが上がってくる。
これって、つまり、『俺の認識が間違っていた』ということなのか?
「……っ。主、少々この場を離れます」
「へ? うお!」
隣のハクメンがふと顔を上げたかと思えば、勢いよく跳躍した。
そのまま破片の壁を駆け上がっていき、天井近くの高さまで行ってしまう。
しばらくして降りてきたハクメンの手には、なにやら包みが握られていた。
「なにやら光ったのが目に留まりまして。どうやら包みに巻かれた懐中時計が灯りを反射したようです。梱包する紐の代わりとしたのでしょう」
「あんな上で光ったのに気づくとか、流石の忍者視力だねー」
「しかし、なんでこんなものが?」
「壁面の溝の奥深くに捻じ込まれていました。おそらく最終決戦の際、ミラージュの誰かが死に際、せめてもの遺品として残した物かと」
「状況が状況だったからなあ。三国同盟と再封印で万事解決のはすが、ああなっちまったし。それにしても一体誰が――」
包みを広げて見ると、中には刃の折れたダガー、炎の刺繍が入った黒いハンカチ、六角形の変わった髪飾り、それとなにかの部品らしき歯車。
そして、最後に一枚の写真が。
「こいつは……」
「《スルト》と《玄武》の……」
「結婚式の写真だ! 懐かしい!」
そこには如何にも幸せ一杯という笑顔の男女が二人。タキシードに着られている感が否めない大人しそうな少年と、可憐なウェディングドレスに真っ赤な顔で縮こまる姉御系の女性だ。見覚えがありすぎる顔の、しかし想像だにしなかった姿に俺は目を疑った。
特に女性の方。ミラージュ《スルト》といえば、ラグナロク教団を率いていた首魁。メインストーリー第一部に於ける悪の親玉だ。その立場上ゲームには未実装で、多くのプレイヤーが実装を待ちわびる人気キャラでもある。
世界を焼き尽くさんとした魔王の面影が、この写真にはどこにも見当たらない。
というか、北欧神話の魔王と中国の神獣ってどういう組み合わせ!? ミラージュとしてもストーリーやイベントじゃ、接点らしい接点なんかなかったはずだぞ!?
そもそもスルトは【スルト】の力を宿したがために魔王の烙印を押され、誰にも愛されなかった憎しみから世界の終焉を願った悲劇の女。それがこんな、心底幸福そうな顔をして。愛し愛されること知ったその顔は、終焉を望んだりするとはとても思えない。
……いや、実際望まなかったのだろう。
ハクメンたちが口にしていた《三国同盟》とは、おそらく《アスガルド皇国》《オリュンポス神国》《ヨハネ教国》の同盟。この三国はメインストーリー終盤、スルトの策謀により戦争で共倒れになる。しかし、『ここ』のスルトはその逆をした。
決定的だ。まさかとは思ったが、もうそうとしか説明がつかない。
――ここは、俺が知る《シャドウミラージュ》とは異なる歴史を歩んだ世界なのだ。
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