第31話:推しとできたら死んでもいいアレで死にそう。


 なんか、ぬくい。

 とても柔らかくて温かいモノに包まれた心地良さの中で、意識が浮上する。


 ああ、そうだ。どうにか牛魔王を倒したのだったか。

 どれだけ時間が経った? ハクメンたちは無事か?

 というか俺、仲間の回復もせずに気を失った!?


「主! どうか落ち着いて、ここは安全です!」


 慌てて飛び起きようとしたところを、たわわな感触に押し留められる。

 開いた視界に飛び込んできたのは、忍者装束に覆われた立派な双子山。


 これは、アレだ。ハクメンに抱きしめられている状態なのか。

 え、まさか添い寝? ずっと添い寝されていたの俺!?

 宿でもそうだったが密着度が段違い!


「ハク、メン?」

「はい。ここは砦の一室です。私が採掘場から主をここまで御運びいたしました。主が気を失ってから半日近くが経過し、今は昼です」

「えっと、その間、ずっと俺に付き添ってくれたのか?」

「あ、いえ! 我らミラージュは、《神鏡》の中で傷を回復することが可能だと、デュランが気づきまして。今まで回復に努め、主に付き添っていた時間は五分もないかと」


 言われて見れば、ハクメンの体や装束にはもう傷一つ見当たらなかった。

 傷だらけのまま放置なんてならなくてよかった、と安堵する。


 しかし神鏡にそんな機能まであったとは。アレか、戦闘終了したら自動的に全快している仕様が現実化した結果なんだろうか。


「状況は?」

「前司令官による統制の下、人質を元いた村や町へ送迎する準備を整えています。労働者も同様ですが、希望する者は残留。以前の勤務待遇に戻すことを条件に、ミスリルの採掘を続けるようです」

「兵士の中に不審な動きをしたヤツは?」

「砦に帰還した際、前司令官から報告がありました。主の予想通り、領主側の息がかかった兵が数名脱出を試みたようですが、問題なく捕縛したとのこと。領主にこの事態は漏れていないと見てよろしいでしょう」

「そうか。なら、一件落着ってことでよさそうかな」

「ええ。――と、同意したいところですが、その前に」


 ハクメンの両手がギュッと俺の頬を挟み込む。

 逸らしようがなく、激しい感情を潜めたハクメンの瞳と視線がぶつかり合う。

 なんか、お説教の流れ? マウント取られて密着した、この体勢のまま?


「なぜ、牛魔王に挑むなどという無茶をなさったのですか。ただの人間が生身でミラージュに挑むなど、無謀を通り越した自殺行為。策があったにしても、命の危険を冒す必要はなかったはずではありませんか」

「そうは、言うがな。仮にあそこで逃げ出したところで、すぐ追いつかれて殺されるだけだったと思うぞ? 結局、ああするのが一番助かる望みがあったんじゃないか? それに……俺だって少しくらい、ハクメンたちの助けになりたかったんだ」

「貴方はっ」


 叫びかけて、ハクメンはぐっと言葉を呑み込んだ。

 俺の首に両手を回し、まるで慈しむかのように優しく抱き寄せる。


「貴方は、もっと自分を大事にしてください。戦う力だけが、人の強さや価値ではないでしょう? それを私に教えてくれたのは、他ならぬ主です。貴方が貴方だからこそ、私は忠義を誓うのです。どうか、自分を蔑ろにしないでください」


 なぜ。どうしてハクメンは、そんな風に言ってくれるんだろう。

 だって現実の俺には、なんの力もなくて。彼女にかけた言葉だって、ゲームの選択肢に過ぎないはずで。

 ハクメンが与えてくれる温かさを、俺はどうしても素直に受け止めきれない。


「ハクメン。俺は――あづっ」


 不意に痛みを覚えて顔を離す。手で触れると、頬の傷から血が滲んでいた。

 そういえば、牛魔王にやられて顔中傷だらけだったな。


 回復アイテムで治るだろうかと考えていたら、ハクメンが顔を近づけてきて!?


「ん……」

「!?」


 ハクメンが! 俺の頬に! キスをした!?

 その衝撃だけで思考回路が爆発寸前だったが、頬に手を当ててさらに驚く。

 ちょうど、ハクメンにキスされた箇所にあった傷が塞がっているのだ。


「妖魔忍術【鎌鼬の軟膏】。我が体液を薬に変え、たちまち傷を癒す術にございます」


 チロリとハクメンが垂らした舌には、白濁の液体が纏わりついている。

 うん、エロい。ではなく。


 そういえば妖怪の鎌鼬って三匹一組で、三匹目が薬をつけていくって話もあったか。だから斬り裂かれても出血しないし痛みもないんだそうな。


「血を薬に変えることで自らの傷を塞ぐのが常ですが、このように唾液を薬に変えれば、主の傷を癒すことも可能でございまする」

「えっ、待って。まさか!?」

「はい。主の慰労と、ミカガミとして自信をつけるのに、こうするのが最適だとデュランとベルに勧められたので。どうかそのまま、ジッとしてくださいませ」


 頬を朱に染め、潤んだ瞳で、艶っぽい表情を浮かべたハクメンが唇を寄せてくる。

 ちょ、マズイ。これはマズイ。俺の理性が到底持たない!


「たんまたんま! こういうの、よくないと思うの! 確かにくノ一って、こういう男を篭絡する感じの技能も必要かもだけど! 誰にでも破廉恥な真似するのは俺が許さな「こんなこと、愛しい御方以外にするはずがないでしょう」ふぇ?」

「なんでもありませぬ。では、御覚悟を」

「ちょ、ま、あ――っ!」


 なんやかんやで俺の怪我は綺麗に治り、代わりに顔がベタベタになった。


 あと、ファーストキスノ味ハ軟膏デ苦カッタデス。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る