第30話:必殺技

 ミラージュが一人につき一つ所持する《必殺技》。

 その発動に要するSPとは「シンクロニティ・ファンタズム」の略。身に宿す幻想……すなわち英雄や神々の力との同調率が、最大限に高まることで使用可能となる技なのだ。主に戦闘やスキルによる闘志の向上が同調率を高めるとされる。


 つまりミラージュの必殺技は、力の源たる英雄や神々に由来したモノ。

 大妖怪【九尾の狐】を宿し、その力を完全には制御できていないハクメンにとって、必殺技の使用は危険が伴う。同調率を高めた結果、【九尾】の力に精神を蝕まれたことが過去のイベントやストーリーでもあったのだ。


 ゲームのときは、正直そこまで意識していなかった。しかしハクメンにとって、必殺技の使用には決して愉快でない感情があるだろう。

 それでも彼女は決断した。勝利のため、そしてきっと仲間のために。


「我が身に降りるは、三国を傾けし魔性の獣――」

「馬鹿が、大人しくやらせると思うかあ!」


 必殺技に要する一呼吸を与えまいと、牛魔王が槍を振り被る。

 そこへ、鎖付き鉄球が飛来して槍に絡みついた。


「させない、よ!」


 重傷ながら目をギラギラ輝かせたベルが、素手で突撃する。

 対して牛魔王は、見かけ以上の鉄球の重量に思わず槍を取り落とした。しかし余裕の笑みを浮かべてベルを拳で迎え撃とうとする。


「愚かな、武器を手放すとは……がぁ!?」


 隕石じみた拳がベルを押し潰す寸前、ベルは牛魔王の想定を遥かに上回るスピードに加速。これまた牛魔王が想像だにしない重い一撃で、牛魔王の顔を殴り飛ばした。


「お生憎さま。実はあたし、素手の方が強いんだよね!」


 そう。ベルの鉄球は武器である以上に「枷」なのだ。狂戦士としての本来の力と闘争本能を封じるための。従って、素手で戦うほど理性のタガが外れてしまう。既に、回避も防御も頭から抜け落ちた暴走気味の攻勢を見せている。


 こうなったベルを繋ぎ止められる者は、ただ一人。


「邪魔だ、この小娘ぇ!」

「させるか、よお!」


 ベルが無防備に喰らってしまった攻撃は、デュランが【幽騎の守護】で引き受けた。

 盾役のデュランには、継続的に体力を微量回復するリジェネ効果付きの装備を持たせている。おかげで多少なりとも回復できたようだ。それでも満身創痍の有様。


 しかし暴走しかかったベルも相棒のことは忘れない。無意識に無謀を控えることで、動きはむしろ冴え渡って牛魔王を手こずらせる。


 そして、必殺技に必要な一呼吸は既に整った!


「あ、ああああ……!」


 苦悶の声を上げながら、ハクメンの体は変化を遂げていく。

 狐面が皮膚と同化して狐の顔そのものに。黒髪は金色に染まり、全身の露出した肌も金毛に覆われた。指先からは鋭い爪が伸びて、骨格まで人型からやや逸脱する。

 半獣半人。まさに白面金毛の妖狐に変じたハクメンは、口を裂いて嗤った。


「よくも。よくもわらわの愛しい人を傷つけたな。呪うてやる。祟ってやる。その肉も骨も血も、魂まで腐り朽ち果てるがいい!」


 ん、んんん!? 今、サラリと凄い嬉しいこと言い出したような!?


「妖魔忍術奥義【呪毒大炎上・殺生石】――!」

「なっ、これは!? ぐわああああああああ!」


 ハクメンの手に紫紺の宝玉が現れ、ハクメンはそれを握り砕く。

 瞬間、牛魔王の全身が黒い火柱に包まれて燃え上がった。


 これがハクメンの必殺技【呪毒大炎上・殺生石】だ。

 敵の体内で呪詛を呪炎に変えて爆発させ、敵を肉体も魂も焼き尽くす。その効果は、相手にかかった【呪詛】の数に比例する絶大ダメージ!


 システム的限界を遥かに超えた重複が叩き出す、この威力ならどうだ!


「ぐおおおお! こんなもの! こんなものでこの牛魔王が!」


 全身焼け爛れながらも耐えている!? どこまで強化されていやがる!

 しかし。


「あっ――!?」


 突然、牛魔王の全身が光に包まれたかと思うと、そのままあっけなく消滅してしまう。カツンと音を立てて地面に転がったのは、黒コゲになったヒョウタン。ヒョウタンはボロ炭となって崩れる。


 …………どうやら、ヒョウタンに閉じ込められていたミカガミの方が耐えられなかったらしい。主のミカガミが死ねば、ミラージュも消滅する運命。

 なんとも拍子抜けする幕引きだが、勝ちは勝ちだ。


「勝ったああああ」


 緊張の糸がプッツリと切れた俺は、仰向けに倒れてあっという間に意識を手放す。

 俺、今回は頑張れた方かなあ?


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