第29話:こんな俺にでもできること


「うわああああああああ!」


 俺は戻ってきたクナイを手に、牛魔王へと斬りかかる。

 しかし、まず足元にたどり着くまでが遠い。こちらに来てから、デュラン監督の下で体を鍛え始めたが、一ヶ月でノロマが解消されるはずもなく。叫び声が間抜けな尾を引いた。その間、牛魔王の呆れた視線が痛い。


 ようやく足元に到着し、クナイで斬りつける!


「か、たっ!?」


 硬い! 予想以上の手応えに、一発で手首を捻って痛めた。

 涙が出そうになるのを堪え、二回三回とクナイを振るう。


 四回五回、牛魔王の足には傷どころか痣すらつかない。

 六回七回、静まり返った場に虚しい音だけが響く。

 八回九回、時間を経つほど俺の滑稽さが際立つばかり。


「ふああああ。で? 気は済んだか?」


 牛魔王が欠伸などしながら、嘲笑を浮かべて見下してくる。

 俺はそれに返答することなく、とにかく蚊が刺すような攻撃を繰り返した。

 やがて苛立ったように眉を吊り上げ、牛魔王の手がこちらに伸びて来て……!


「いい加減にしろ! 貴様ごときの攻撃が、吾輩に通じるとでも思ったか!」

「う、ああああ!」


 牛魔王の手に捕まった俺は、狂ったようにクナイを振り回す。

 何度手に刺そうが、牛魔王はなんの痛痒も感じていない様子で嘲笑った。


「全く、人間の脆弱さと愚かさは救いようがないな。「ああああ!」身の程を弁えず、勇気と無謀の区別もつかず、諦めなければ「ああああ!」なんとかなると思い上がる。貴様ら下等な「ああああ!」虫けらがどう「ああああ!」足掻こうが、選ばれし者たるミラージュに敵う道理が「ああああ!」しつこいわあ!」

「が――!?」


 天井が落ちてきたような衝撃。瞼の裏で火花が飛び散る。


 牛魔王の手に捕まったまま、地面に叩きつけられたらしい。甲高い耳鳴りが頭蓋骨に響き、痛みで全身がバラバラになりそうだった。激突の拍子に兜が外れて、鼻血がボタボタと滴り落ちる。唇も切ったようで、口の中に血の味が広がった。


 それでも、かろうじて取り落とさずに済んだクナイを、なお牛魔王の手に突き刺す。


「無駄な足掻きをいつまでもぐだぐだと見苦しい! 貴様の攻撃なんぞ、何百回繰り返そうが無意味だとまだわからないか!」

「――知ってる、か? 【状態異常攻撃】は、攻撃自体が通らなくても、状態異常は通る、んだ。【回避】や【無敵】、高い防御力に弾かれて、ダメージが全く入らなかったとしても、当たった数だけ状態異常はかかる」

「はあ? なにを言って……!?」


 牛魔王の巨体がグラリと崩れかかる。

 その真っ白な肌を、黒い紋様が蛇のように絡みつき蝕んでいた。

 全身を這い回る紋様の数に、牛魔王の表情から余裕が失せる。


「【呪詛】だと!? 馬鹿な! これだけの数、一体いつ……まさか!」

「ククク。気づくのが遅いんだよ、この鈍感牛野郎が」


 全く、今の今までよく気づかなかったものだ。

 俺のクナイが、禍々しい黒い炎を帯びていることに。


 デュランのターゲット集中による守りが、ミカガミである俺のことも対象としたように。ハクメンの【黒き呪炎】が、俺の持つ管狐クナイにも【状態異常攻撃:呪詛】を付与していたのだ。俺が武器なんて使ったところで威力など皆無だが、状態異常は別。


 人間を、ミカガミを見下すこいつなら、警戒もせずいくらでも喰らってくれると思ったぞ。塵も積もればとはまさにこのこと。


「人間ごときが、生意気な真似をぉぉぉぉ!」


 激昂した牛魔王が、俺を壁目がけて投げつけた。

 あ、マズイ。これは死ぬ。どうしようもない。

 次の瞬間には潰れた肉塊と化すかに思われた、そのとき。


「妖魔忍術【一反木綿】!」


 視界一杯に広がる黒が、俺を優しく受け止めた。

 名からして、布を自在に操る感じの術なんだろう。

 優しく地面に降ろされると、切迫した顔のハクメンが覗き込んできた。


「主! なんという無茶を!」

「は、ははは。どうかな。やっと、ちょっとは役に、立てたかな?」


 力なく笑って見る。散々助けられて守られて、これっぽっちしか返せないのは情けないが。ほんのちょっとでも、助けになっただろうか。


 ハクメンはなにかぐっと呑み込むように唇を一度引き結び、決意に満ちた声で言う。


「主、私に《必殺技》の使用許可を」

「でも、それは」


 大量の【呪詛】をかけたとはいえ、槍の力でパワーアップしたという牛魔王のステータスは未知数だ。一気に倒すには、確かにハクメンの必殺技が今最も有効な一手だ。

 しかし、ハクメンにとって自身の必殺技は忌むべきモノのはず。


「大丈夫です。どうか私を、貴方の忍びを信じてください」

「……いつだって、信じてるさ」


 俺は迷いなくハクメンを送り出す。

 ああ、だけど――推しの腕の中で息絶えるのも、ちょっと捨て難かったなあ。


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