第28話:ロンギヌスの槍


 地球と鏡合わせのミラアースで現実と化すのは、歴史の偉人や神話の神々、怪物ばかりではない。歴史的な事件、神話の悲劇といった「出来事」までが具現化する。

 そして――《ラグナロク》《最後の審判》《ハルマゲドン》といった終末論も。


 様々な形で論じられる《世界の終焉》、それが過去のミラアースで自然災害のごとく発生したのだ。それは、神々の力を宿すミラージュたちによって封印された。その封印こそが大陸中央に突き刺さった、途方もなく巨大なロンギヌスの槍なのだ。


 この槍を破壊して、ミラアースに《終焉》をもたらそうとする組織《ラグナロク教団》との戦い。それがシャドウミラージュのメインストーリーだった。


 しかし槍は最終的に破壊されてしまい、天にも届く巨獣に変じた《世界の終焉》を死闘の末に打ち倒す。《終焉》を乗り越えたミラアースに平和が――そうしてメインストーリーの第一部は幕を閉じた。


 問題は、だ。


 正確に言うと、槍は跡形もなく消滅した。《終焉》が巨獣に変じる際、実体化のための依代として吸収されてしまったのだ。倒された巨獣も光の粒子となって消え去り、肉片一つ残らなかった。

 だから、ロンギヌスの槍が破片の一欠けらでも残っているはずがない。


 しかし俺の混乱は、ハクメンたちの反応によってさらに加速した。


「どういうこと……いえ、思い出しました! 最終決戦のとき、槍は《ジャンヌ・ダルク》の裏切りによる再封印術式の暴走で爆破された。《世界の終焉》の力がジャンヌの手に渡り、爆発四散した槍の破片は大陸中へ飛び散った。その一つが、この山中に!」

「なるほどな、妙だと思ったぜ。ミスリルは濃密な神秘によって変質した金属。神代の深く古い地層で発掘されるのが普通だ。それがこんな山の頂上近くで採掘されるなんてよ。ここで採掘されたミスリルは、ロンギヌスの神秘に当てられて発生したモノか。てめえはそれに気づいて、自分のミカガミを裏切りここを乗っ取ったわけだ」

「あたしも思い出した! ジャンヌが《ファフナー》を騙し討ちしたせいで、せっかくの《三界同盟》もめちゃくちゃになっちゃったんだ!」

「え? え? え?」


 疑問符で頭が埋め尽くされる。


 フランスの聖女を原典とする《ジャンヌ・ダルク》が裏切り? 再封印を邪魔して、《終焉》の力を手にした? そもそも再封印ってなんだ? なんで序盤で倒したボスの《ファフナー》が話に出てくる? それに《三界同盟》って一体?


 なにもかも初耳。どれもメインストーリー第一部の最終決戦には、一文だって出た覚えのない話ばかり。三人の言葉には、明らかに俺の知る《シャドウミラージュ》の筋書きと食い違いがあった。突然、足元の地面が崩れ始めたかのような恐怖感。


 静かに半分パニックとなった俺の混乱を置き去りにして、事態は急変する。


「ロンギヌスの槍の力を見せてやろう! ハアアアア!」


 牛魔王が巨大な破片に手で触れると、破片の幾何学模様から光が迸る。

 採掘場を真昼のように照らす輝き。膨大なエネルギーが幾何学模様を駆け抜け、牛魔王の下へと流れ込んでいく。


「グオオオオアアアアアアアアッッ!」


 雷に打たれたかのごとく全身を痙攣させ、目と口から光を放つ牛魔王。体内で荒れ狂うエネルギーの激流に、全身の肉と骨が嫌な音を立てながら軋んでいた。

 そのまま爆散するのではないかと思われたが、牛魔王の体に変化が生じる。


 元々五メートルはあった巨体が、筋肉の密度を増してさらに一回り大きく膨張。身に纏う鎧までが体躯に合わせて巨大化した。そして体も鎧も、色彩が抜け落ちたかのような白に染まっていく。


 極めつけは、背中から生えた三枚の翼と、頭上に浮かぶ輪っかの成り損ないらしき光のオブジェ。どちらもその形状は《セラフィム》を思い出させる。

 如何にも不完全体といった様相ながら、それは『天使』のごとき変貌だった。


「オオオオ、漲る! 力が漲るルルルルゥゥゥゥ!」


 薬物でもキメたような奇声を上げながら、三又の槍に変じた鉄棍を一振り。

 技もなにもない無造作な薙ぎ払いは、津波じみた光の衝撃波を放った!


「う、わああああ!?」

「ぐぐ、がっ、がああああ!」

「主――!」


 どうしようもなかった。


 盾になってくれたデュランが堪え切れずふっ飛び、俺も足が地面から掬い上げられる。天地がわからなくなるほど三半規管がシェイクされ、遠のいた意識が全身を打つ衝撃と激痛で叩き起こされた。


 痛い。涙が出るほど痛い! でも、デュランが守ってくれなかったら痛いじゃ済まなかった。おかげで、痛くて堪らないが自力で起き上がれる程度には無事だ。


「皆……!?」


 パーティーは全滅していた。いや、まだ消滅してないから全滅寸前と言うべきか。


 三人とも遠く離れた場所、壁際に倒れてピクリとも動かない。特にデュランが重傷で、体が壁に埋もれていた。おそらく【幽騎の守護】で、衝撃波のダメージを全員分肩代わりしたのだ。それでも、壁に叩きつけられたダメージだけで他の二人も戦闘不能に。


 ありえない。こんなのゲームにはなかった。反則だ、インチキだ。内心嘲っていた副官たちと同レベルの現実逃避が、頭の中でグルグル回る。


「ブフゥゥ。素晴らしい、これが聖なる人を殺めた聖なる槍の力か。進化した吾輩の犠牲者第一号となれたこと、せいぜい冥土で自慢するんだな」


 天使モドキと化した牛魔王が、三人にトドメを刺そうと歩き出す。

 俺のことなんか目もくれない。ミラージュがいなくちゃなにもできない虫けらなんて、いつでも殺せるということだろう。


 だから俺は――管狐クナイを、牛魔王の後頭部に思い切り投げつけてやった。

 当然ダメージはゼロ。だが、牛魔王は足を止めてこちらを振り返る。


「あん?」

「俺が……俺が相手だ、牛魔王!」


 頼るべき三人は動けない。都合のいい助けなんか来ない。

 だったら、だったら俺がやるしかないだろうが!


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