第27話:VS《牛魔王》


「この、雑魚どもがああああ!」


 牛魔王の振り回す鉄棍で暴風が巻き起こる。


 エネミー《ミノタウロス》と同じ力任せのように見えて、高い技巧の窺える棍捌きだ。大振りの間隙には拳や蹴りが飛び出し、その一発一発も空気が爆ぜる鋭さと重量感。初出がイベントボスだったこともあり、魔王の称号に恥じない暴威を発揮していた。


 しかし、俺の目を奪うものは牛魔王にあらず。

 魔王の猛攻を物ともせず立ち向かう、俺の最推しパーティーの勇姿だ。


「ふっ! しぃ! はあ!」


 俺の目では残像を追うのがやっとのスピードでハクメンが駆ける。

 牛魔王も捉え切れないようで、鉄棍が命中するのはことごとく残像。


 管狐クナイに加えて妖魔忍術による炎弾や風刃、さらには体術まで交えた多彩な攻勢が牛魔王に襲いかかった。西遊記に名を轟かす武人が、陽炎のごとく現れては消える幻影に翻弄される。その光景は、まさに忍びの面目躍如といったところか。


「アハハハハハハハハ! 楽しいぃぃ!」


 鎖付き鉄球をギャリンギャリン振り回してベルが笑う。

 体格差など知ったことかとばかりに、牛魔王の鉄棍と正面から打ち合っていた。


 鉄球を受けた鉄棍が衝撃にビリビリと震え、押し切れず共に弾かれる。牛魔王は屈辱に顔を歪めながら、蹴りでベルを踏み潰そうとした。ベルは紙一重で避けるが、余波の風が頬を裂く。しかし表情には恐怖心の欠片もなく、ただ闘争への狂喜に狂戦士は笑う。


「ハッ! てめえの攻撃なんざ、一撃も通さねえよ!」


 仲間を守る強固な盾となって、デュランが吼える。

 時折こちらにまで飛んでくる牛魔王の攻撃。主たる俺を守るだけでなく、【幽騎の守護】でハクメンとベルの被弾までも肩代わりする。結果としてデュランに攻撃の全てが集中するが、見事に耐え抜いていた。


 バージョンアップで攻撃偏重だったステータスが防御特化に改善。加えてハクメンの【妖狐の変幻術】による【無敵】付与で、強力な攻撃を無傷でしのげるようになった。

 今のデュランの守りは、牛魔王とて易々と破れない!


「ちぃぃ! 羽虫がチョロチョロと鬱陶しい!」

「お、おおお……!」


 不謹慎と思いながらも、俺は高揚を禁じ得なかった。

 俺の推しが、ネットで散々叩かれてきた最推しのパーティーが、今かつてなく輝いている! 性能も優秀でプレイヤー人気の高い牛魔王と互角に渡り合っている!

 くぅぅ! プレイヤーとして、推しが輝いている姿ほど嬉しいモノはない!


 ――一方で実のところ、こちらも攻めあぐねていた。


 ハクメンたちパーティーは、状態異常【呪詛】によるステータス低下で、格上の敵との差を埋める戦術。ハクメンの進化したスキル、味方全員に【状態異常攻撃:呪詛】を付与する【黒き呪炎】のおかげで、この戦術はステータス低下で敵を削り殺せる域に達した。


 しかし、肝心の攻撃がなかなか牛魔王に当たらない。猛攻を掻い潜って反撃を入れるのが困難な上、ようやく返した反撃も寸前で鉄棍に防がれる。まともにクリーンヒットした攻撃はほんの数回分だ。


 そしてSSRである牛魔王のステータスは非常に高い。【怨念の鎧】でデュランが被弾した際にも【呪詛】は入っているが、まだまだステータス低下は誤差の範疇だ。

 圧倒的なステータスの優位を未だ覆せず、膠着状態に陥っていた。


「がああああ! こうなれば……!」


 牛魔王が大きく鉄棍を振り回し、ハクメンとベルが距離を取った隙に後方へ跳ぶ。

 跳躍を繰り返して向かう先は、銀の壁だ。


「お前たちごときで試すのは勿体ないが、こいつの実験台にしてやろう!」


 ミスリルの鉱脈でなにをしようというのか?

 そう思って目を凝らし――俺は自分の勘違いに気づく。


 そもそも最初、牛魔王はなぜ労働者たちを殺そうとしたのか。いくら人間を下に見ていても、ミスリルを採掘するためには大事な労働力のはず。救出に来た俺たちへの見せしめだけで失うのは割に合わないだろう。


 しかし、ミスリルの採掘は王国の目的だ。牛魔王の狙いが別にあり、それを既に果たしたのなら労働者たちは用済みとなる。昨夜から司令官が砦を留守にしていた理由も、その司令官である主を裏切ったのも、目的のブツが発掘されたため。


 そして牛魔王が背にする銀の壁、俺がミスリルの鉱脈とばかり思っていたソレは、全くの別物。地中に埋まった、なにか途方もなく巨大な物体。しかも外縁の形状からして破片、ほんの一部だ。

 表面に浮かぶ幾何学模様がゲーム知識と照合され、俺は驚愕のあまり叫ぶ。


「馬鹿な、《ロンギヌスの槍》だと――!?」


 それはかつて、《世界の終焉》を大陸の地下深くに縫い止めていた封印。

 今のミラアースにはもう存在しないはずの、聖人殺しの槍。その破片だった。


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