第26話:誰が相手だろうと推しが上だと叫びたい。
巨大な男だ。腕も足も胴も首も太い。しかし肥満という印象は微塵も感じさせない、岩山を思わせる厳つい巨躯。顔もまた岩のような厳つさ。闘牛のように雄々しく魔王のように禍々しく、まさしく【牛魔王】を名乗るに相応しい威風だ。
俺は強張った喉からどうにか声を絞り出し、牛魔王に問いかける。
「色々言いたいことはあるが……まず一つ。貴様のミカガミはどこに行った? そうやって口が利けるところを見るに、【強制マニュアルモード】は受けていないようだが」
赤服男ミランがヨルムンガンドたちを洗脳したカラクリ。それこそが神鏡の《親交度》の項目に追加されていた【強制マニュアルモード】だ。どうやらこいつをオンにすると、ミラージュはプレイヤーの指示でのみ動く操り人形にされてしまうらしい。
しかし、俺にはこれが使えなかった。アイコンが灰色になってて、押しても反応しないのだ。推測だが、《親交度》の値が一定以上あると使用不可能ということらしい。
「【強制マニュアルモード】を使わない、あるいは使えないだけの絆を築いた猛者なら。貴様を前に出して一人だけ隠れるなんて真似、まさかしないだろうな?」
文字通り、ミラージュとの親交の深さを示す《親交度》だが、実は効率主義の廃プレイヤーほど全体的に低い傾向がある。
戦闘に出すだけではなかなか上がらず、《談話室》という項目で会話やプレゼントを繰り返す必要があること。親交度を上げても戦闘に直接恩恵がないことが主な理由だ。そのため性能主義、ランキング主義のプレイヤーは大抵ここをおろそかにする。
当然、俺はハクメンたち三人とも親交度は最大値だ。
最大値まで上げるだけの手間暇は、キャラへの愛情なくしてかけられない。
それができるミカガミなら、今まで会った中で一番話の合うヤツだと思うのだ。
牽制半分、期待半分の言葉は、しかし牛魔王の哄笑に一蹴される。
「グハハハハ! 絆? 絆だと? 我らミラージュに貢いで媚びへつらうだけの下等な人間が、戯言をほざくものよ! 吾輩を召喚したミカガミならほれ、ここにいるぞ」
牛魔王は腰に下げていたヒョウタンを掲げて見せる。
『西遊記』でヒョウタンといえば、まさか!
耳を澄ますと、中から苦しみに満ちた呻き声が!
「それは《金角》《銀角》の《
「おうよ。呼びかけて返事をした相手はたちまち中に吸い込まれ、一日も経てば骨まで溶かす宝具だ。貴様らミカガミは人間の中でも特に貧弱だからなあ。『用済み』の主もこいつにほんの一時間放り込んだだけで、吾輩に口答えするのをやめおったわ」
「で、でも――」
確かに正式名称はともかく、返事をした相手を吸い込むヒョウタンの話は、誰でも一度は聞いた覚えがあるだろう有名なエピソードだ。
しかし《シャドミラ》のイベント報酬であるあのヒョウタンは、あくまでミラージュ《金角》《銀角》のステータスを大幅強化する専用装備。人を吸い込む効果なんて一文たりとも記されていなかったはず……そう叫びかけた自分の浅はかさに舌打ちする。
馬鹿か、俺は。ハクメンの妖魔忍術の件を忘れたか。ゲームでは設定上の話に過ぎない要素も、今は現実となっている。あのヒョウタンにも、地球の逸話に基づく力が宿っていたってなんらおかしくはないのだ。
「ハッ! ミラージュがミカガミに反抗することがそんなにおかしいか? むしろ、今までお前たちのような虫けらに従っていたのがおかしいのだ! 我らミラージュは、神仏英傑の力を宿す選ばれた存在だぞ! それが、よくも虫けらの使い魔になど!」
動揺の理由を誤解されていたが、牛魔王の憤りには返す言葉がない。
プレイヤーというだけで無条件に従属を強いられ、ミラージュが屈辱を感じるのは当然と思えた。少なくとも俺自身を顧みて、彼らを従えるだけの資格があるとは口が裂けても言えやしない。
反論もできない俺を鼻で笑うと、牛魔王はハクメンたちにニタリと笑いかけた。
「どうだ? お前たち、俺と手を組まないか? なにやら我らが救ってやった世界で、虫けらどもがくだらぬ陣取り合戦を始めようとしているようだ。しかし我らミラージュこそ、世界の覇権を手にするに相応しき者! 吾輩は既に、この国を乗っ取るだけの力を手に入れた! その虫けらの首を捧げて忠誠を誓えば、それを分け与えてやろう!」
「断る」「嫌だね」「やだねー、だ」
即答。
考えるまでもないと言わんばかりの、被せ気味の切り返しだった。
「あたしはデュランが一緒ならなんでもいいけど、地位とか権力なんて話は面倒なんだよね。リーダーと一緒の方が、もっと自由に戦えるし!」
「俺もかつては騎士だった身だが、国に仕えるのはもうノーサンキューだ。弱き者を守るとこの剣に立てた誓いは、大将の下でこそ果たせるんでな」
「我が刃を捧げし人は、主ただ一人。我が忠心、見損なってくれるな!」
「ふん。所詮は大局も見えぬ、矮小な雑魚揃いか。ではまとめて潰れるがいい!」
言うや否や、牛魔王が鉄棍を振り下ろす。
採掘場を揺るがす轟音。巻き上がる土埃。亀裂が地面から壁に達するほどの衝撃。
一撃で終わったと確信する牛魔王の笑みは、しかし次の瞬間には強張った。盾と剣を交差させ、見事に鉄棍を受け止めたデュランを見て。
「なに――ぐは!?」
その呆けた横っ面を、ハクメンとベルが蹴り飛ばす。呼吸を完璧に合わせたダブルキックに、牛魔王も堪らず膝を突いた。
「誰が矮小な雑魚だって? 俺のミラージュを見くびるなよ、牛魔王。斉天大聖とやり合ったときの気迫と覚悟でかかって来い!」
怯えて竦んで見せたところで、どうせ見逃してくれる相手じゃない。だから見栄と虚勢の大盤振る舞いで啖呵を切ってやった。
でも、「大将にハードル爆上げされたんだが」って顔の三人は本当にごめん!
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