第24話:VS《ゴブリン》《オーク》《ハウンド》etc.etc.


「ハハハハ! 馬鹿め、戦いは数なんだよおお!」


 さらに《神鏡》より、追加の黒い結晶をばら撒きながら青服男が哄笑する。

 矢継ぎ早に出現するエネミー。《ゴブリン》《オーク》《ハウンド》等々、レアリティNの下位存在。デュランやベルと違い、ミラージュとして人の姿を取ることもない。盗賊が使役していたミノタウロスに比べレベルも低いようだ。


 一体一体は全く脅威じゃないが、とにかく数が多い。

 ハクメンがクナイを乱れ撃ち、ベルが鉄球で薙ぎ払うも、次から次へ投入されるエネミーの勢いが止まらない。まるで波が押し寄せるようにして大群が迫った。


「どうだ、この大軍勢! たった三匹のミラージュじゃあ捌き切れないだろ! たとえ自分の身は守れても、人質どもまで守り通せるかな? まさかあ? わざわざ人質を助けに来た正義の味方くんがあ、見捨てるような真似はしないよねえ?」


 青服男は間延びした口調でこちらを煽り立てる。

 実際問題、デュランのタゲ集中は一度に守れる対象の人数に限りがあった。ゲームでは戦闘に参加できる人数が最大三人なので、設定にも明記されなかった制限だ。


 守護をかけた対象に密着でもすれば、周囲の数人くらいは一緒に守れるかもしれない。しかし今も数を増やし続けるエネミーの群れから、全員をカバーするのは不可能だった。


「ハーッハッハッハ! さあさあ、エネミーはまだまだ出せるよ? どうする? どうするのさ? そんな低レアの雑魚どもや、オカズ以外に使い道がないエロ忍者になにができるのさ!? ハハハハハハハハ!」

「なにができるかって、とか?」

「ハハハ……はい?」

「ハクメン」

「御意。――妖魔忍術【身外身】」


 ハクメンは印を結ぶと、尻尾から毛をやや多めに引き千切った。痛くない?

 軽く息を吹きかけて毛が宙に散らばり、ポンッと煙と共に弾ける。


 そして煙が晴れるとそこには、ズラリと並ぶ狐耳くノ一軍団!

 うん、なにこれ天国?


「ん、こほん。殲滅せよ! 一匹も通すな!」

「「「御意!」」」


 うっかり鼻の下が伸びそうになるのをこらえて命じれば、何重にもユニゾンして返ってくる最推しの声。うーん、耳が極楽浄土!


 分身ハクメンの放つクナイの絨毯爆撃が、エネミーの群れを瞬く間に潰していく。

 必死にエネミーを追加投入しながら、青服男は口をあんぐりと開けて叫んだ。


「な、はっ、ハアアアア!?」

「なにを驚く。忍者といえば分身の術は定番だろ? ちなみに【身外身】というのは、『西遊記』で有名な【孫悟空】が使った分身の術に対する呼び名だぞ」

「イヤイヤイヤイヤ! おかしいだろ!? 《ハクメン》のスキルにも必殺技にも、分身の術なんてなかったはずだ! いや待て、そういえばイベントで、大掃除するのに分身使った話があったような……でも、それはあくまでストーリー上の話だ! 戦闘に持ち出すなんて反則だ! チートだ! インチキだ!」

「そっちこそ馬鹿め。ここはもうゲームじゃなく、異世界で現実だ。持っている能力を三つまでしか使えないなんて、ゲームの都合による縛りはなくなっているんだよ」


 確かに設定上でどれほど多彩な技を持っていても、ミラージュのスキルは一人につき三つに限られる。それはゲームとして成立させるための、当然の制約だ。


 しかし現実化した今のシャドミラならその縛りはない。そもそも砦に潜入するのにも、ハクメンは妖魔忍術を惜しみなく披露してたしな。


 システム外の力を発揮できるという点でも、ハクメンたちの実力は最早、ゲームの評価では計れない域にあるのだ。


「さて、いい加減に手駒も尽きたか?」

「な、くっ!」


 神鏡を何度も指でなぞりながら、青服男は焦った顔で舌打ちする。黒い結晶の在庫がとうとう空になったようだ。分身ハクメンたちが、一斉にクナイの切っ先を青服男に向けて構える。ひっと悲鳴を漏らす青服男。


 しかし、レッドがそこに待ったをかけた。


「そ、そこまでだ! もう相手に戦う術はないんだ、なにも殺すことはねえよ。ここはゲームじゃないって、ミカゲも言っただろ? いくら憎くたってそいつを殺したら、人殺しになっちまうじゃねえか」

「…………」


 こいつはなにを言ってるんだ? と周囲が困惑した顔になる。

 ここまでの道のりでも、レッドは殺人を避けていた。俺がハクメンに始末させた生き残りの貴族兵士も、レッドが叩き伏せるだけでトドメを刺さなかったヤツだ。


 その傍らでは味方側の兵士が、普通に貴族兵士を殺していたが。レッドの中でも、『ここはゲームだ』という認識が拭えなかったのか。同じプレイヤーが殺されようとしている今になって実感が芽生え、人死にを見るが恐ろしくなったのかもしれない。


 甘いと断じるのは簡単だが、きっとレッドの反応こそが真っ当なのだろう。

 俺や青服男たちみたいに、さっさと殺しに順応してしまう方がどうかしている。

 かといって青服男を見逃す選択肢はないが、どう納得させればいいものか。


「なんだ、それ。情けのつもり? 脇役のくせに。やられ役、踏み台のくせに。なに僕を見下してるんだよおおおお!」


 俺が逡巡した隙を突く形で、青服男が神鏡から武器を引き抜いた。ミラージュの汎用装備の一種、爆発魔法が込められた弾丸を放つ銃だ。


「ハハハハ! 死ねええええ!」

『キュー!』


 引き金が引かれる直前、俺の懐から管狐クナイが飛び出す。

 クナイは銃口に突き刺さり、衝撃で腕ごと銃身が持ち上がった。ちょうど、青服男の頭の位置まで。青服男の反応が完全に遅れ、引き金にかかった指は止まらない。


「え――?」


 銃口を塞がれた銃は暴発。元々ミラージュ用の、ミラージュを怯ませる威力の爆発だ。青服男の側頭部が無残に抉れて消し飛んだ。

 屍となって崩れ落ちる青服男。言葉を失うレッドと人質や兵士たち。


 傷一つなく手元に返ってきた管狐クナイを握り、俺は告げる。


「悪いが、自分の命を危うくしてまで敵を気遣えるほど酔狂じゃない」


 正直死ぬかと思った。キューちゃん超ファインプレー。

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