第23話:銀貨三枚の重みを握りしめて。
「反乱だ! 人質が脱走したぞ!」
「もっと応援を寄越せ! 平民兵士どもも寝返りやがった!」
「クソ! 卑しい平民の分際で――ぎゃ!」
「おっしゃー! 行けええええ!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
地下牢で一夜を明かし、時刻は早朝。
前司令官の説得に応じた兵士たちの決起により、後から来た組の貴族兵士たちを蹴散らしていく。職務怠慢で寝ぼけ頭の貴族兵士など、まるで相手にならなかった。
兵士たちが説得に応じてくれたのは、俺たちという援軍に加え、俺たちが既に副官の一人を倒したことが大きい。ミカガミの数が二対二で並んだため、これなら行けるのではないかと思ったようだ。
尤も、レッドはミラージュを呼び出せないので、本当はまだ一対二だが。
倒されたミラージュが復活するまで、呼び出せる三人分の枠は埋まったままらしい。
そのためレッドは、新しく入手したミラージュも結局呼び出せなかったのだ。
「オラオラ、どうした! このミカガミ、レッドに敵うヤツはいるのかあ!?」
「無茶するなあ、あいつ」
にも関わらず、レッドは剣を片手に皆の先頭に立っている。
《ミカガミ》の称号は貴族兵士たちにとっても恐怖の象徴。それを利用して敵を尻込みさせ、少しでも周りの負担を減らそうと体を張っているのだ。自分を守るミラージュもいないのに、大した度胸である。
周りを引っ張る勢いといい、俺や、ミラなんとかより余程主人公っぽい。
「ああいうのを、『将』の素質とかいうのかな?」
「まだまだ未熟もいいところだけどな、素質自体は確かにあるだろうぜ。前線に立って『背中で味方を引っ張る』タイプだ、大将とは逆だな」
「……その言い方だと、俺にも素質があるみたいに聞こえるんだが?」
「リーダーはどっちかというと、後ろで『味方の背中を支える』タイプだよね。まあ二人とも、まだ磨いてすらいない石ころ状態だけどさ」
「秀でた部分が違えば、それを生かすための立ち位置も変わるということ。主が引け目を感じる必要はありません」
遠回しに励まされてる? 気を遣われた?
なんにせよ、卑屈になっている場合じゃない。兵士たちが前後で人質を守る隊列の中、俺たちがいるのは中央。これはなにも怠けているわけじゃない。貴族兵士の数は圧倒的に少なく、そいつらの相手だけなら兵士たちで十分。
つまり、兵士たちで対処できない相手に備え、俺たちは中央に陣取っているのだ。
「そこまでだ! お国の意向に従わない反逆者どもめ!」
そして、その相手は砦の出入り口で俺たちを待ち構えていた。
砦に新しくやって来た、もう一人の副官。敵方のミカガミだ。相方のミラなんたらの赤服を意識してか、こっちは青い服装だった。
こちらも前に進み出て、レッドと共に青服男と対峙する。
「ちっ。敵国の使い走りにされる程度の脇役が、勧誘してやった恩を忘れてよくも僕の手を煩わせたな! あの上司気取りのダサいおっさんに、また嫌味言われるだろ!」
「敵国? 使い走り?」
察するに向こうは、俺たちのことを隣国が送り込んだ刺客と思っているらしい。
レッドは俺の話を聞いてなかったのか。さては三歩で忘れやがったな?
「なんの話か知らねえが降参しろ! あんたのミラージュは、牛魔王にやられる前に三体とも俺がぶっ倒した! 俺と同じで一体も呼び出せないはずだ!」
「その上司とやらのミカガミも、昨夜から採掘場に出向いたまま戻っていないのは把握している。大人しく降伏するなら命までは取らない」
ミラージュを呼べない今のうちに始末したい、というのが本音ではあるが。
一番不味いのは、この一件が領主や国に伝わって軍を動かされることだ。だから一人も逃がすわけにはいかないし、蹴散らした貴族兵士もハクメンが【管狐クナイ】でこっそり皆殺しにしている。
率いる兵士も五人といない中、しかし青服男は余裕の笑みを浮かべた。
「はっ。図に乗るなよ。君たちみたいな雑魚ごとき、ミラージュを出すまでもない!」
青服男が取り出したのは、ゲームでも見覚えがない黒い結晶だった。
地面にばら撒かれた数個の結晶が砕けると、黒い霧のようなものが発生する。
このエフェクトは、シャドウエネミーが現れるときの!?
実際に、結晶と同じ数のエネミーが出現した!
「魔法陣もなしに、エネミーを召喚した!?」
「依頼で討伐した盗賊にも、エネミーを使役するヤツがいたが……まさか、貴様らの仕業なのか!?」
「はあ? 仕業もなにも、仕様だよ仕様。今のシャドミラじゃ普通なの。やれやれ、連れてるミラージュも貧弱な上に情報弱者とか、救いようがないね」
青服男は大袈裟に肩を竦めつつ、これ見よがしに追加の黒い結晶を取り出す。
まだまだエネミーは大勢召喚できる、というわけか。
「とはいえ、戦力の差は一目瞭然。土下座して謝るなら、今からでも仲間にしてやらなくもないけど? 第二部からのシャドミラは、国ごとに分かれてプレイヤー同士が争う陣取りゲーム。味方陣営のプレイヤーは多いに越したことないし? ま、楯突いた罰として、一年は課金用のゴールド献上かな!」
「誰がお前らの仲間になんて!」
「生憎、前払いで依頼を受けたんでね。貴様らを叩き潰すのが先約だ」
「依頼ぃ? こんなボロ着た貧乏人どもからの報酬なんて、どうせガチャ十連分にも届かないはした金でしょ? こっちにつけば愚民どもの血税で毎日ガチャを回し放題だぜ? どっちにつく方が得かなんて、猿でもわかる話じゃないか」
俺はマントの下から、首に紐で下げていた小さい袋を取り出す。
袋の中身をひっくり返せば、手のひらに転がるのは三枚の銀貨。
「は? なに? まさか、そのたった三百ゴールドが依頼料?」
「そうだ。十にも満たない子供が俺に寄越した三枚の銀貨だ。母親にプレゼントを買おうと、近所の店で手伝いをして稼いだ金だ。その母親はお前らの仲間に殺された。これが自分に出せるお金の全部だから、どうかお母さんの仇を討ってと依頼された」
単位がゴールドで銀貨というのも変な話だが、ともかく日本の三百円と同程度の値段。
母親の血がこびりついた銀貨を見て、青服男は鼻で笑った。
「バッカじゃないの? そんなベタベタのお涙頂戴に乗せられて、ガチャ一回分かそこらのカス料金で依頼受けたわけ? その痛いコスプレといい、自分に酔ったヒーロー願望持ちイキリ野郎はこれだから――」
「黙れ、クズが」
あたかも威圧されたかのごとく、青服男とエネミーたちが身震いする。後ろでハクメンたちが代わりに威嚇してくれたのだろうか。今は虎の威を借りる狐でも構わない。このクソッタレを二度と嗤えなくしてやれれば、なんだって。
「この銀貨三枚の重み、貴様の頭蓋を砕いて思い知らせてやろう……!」
「っ、殺せ! あの虚仮脅しハッタリ野郎を八つ裂きにしろおおおお!」
青服男の号令に合わせ、エネミーが牙を剥いて殺到する。
こちらもハクメンたちが飛び出し、戦いの火蓋が切られた。
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