第20話:推しを手に入れるためなら神頼みだってする。


「ちくしょう! これで七連敗だ! あいつ絶対イカサマしてるって!」

「騙し合いも勝負のうちさ。いいじゃないか、どうせあのペンダントも労働者から巻き上げた金品だろう? 如何にも貧乏人の安物らしい鍍金製だったしね」


 砦の通路を歩く兵士が二人。

 壁を巡回していた方より気持ち豪奢な鎧の、貴族らしき身なりだ。


「昨日無礼討ちにしてやった、みすぼらしい平民男のものだ。妻の形見がどうとか抜かしていたが、平民の分際で装飾なんて生意気なんだよ。宝石は相応しい者が身につけてこそ、と回収したものの、まさか宝石もガラス細工の偽物を掴ませるとは!」

「ハハハ! 下賤な平民に金品を期待するのが間違いさ。それより、これから向かう地下牢の人質で愉しもうじゃないか。身分が卑しいメスやガキほどイイ鳴き声を――」


 胸糞悪い会話は、両者の脳天に針が深々と刺さったことで中断される。

 張り付いていた天井から降り立ち、ハクメンが手早く死んだ兵士の装備を剥ぎ取った。


「こちらの方が主の体格に合いそうですね。それでは主……主?」

「ア、ハイ。ナンデモナイデスヨ?」


 返事が片言になってしまう。


 忍者のハクメンはともかく、俺に天井に張りつく技能なんてない。

 従って、俺はずっとハクメンにしがみついていたのだが。それが向き合う体勢でして、そうなると必然的に密着度高く、たわわに埋もれてしまうのも不可抗力の致し方なしでして。ナニの、いやなんの話とは言わないが!


 心なしか、マントの下に潜むキューちゃんからジトーとした視線がイタタタ。

 ちなみにデュランとベルは《神鏡》の中。ミランがモルガンを呼び出すのを見て、ミラージュを神鏡の中に収められることを知ったのだ。


 試しに一度入ってもらったところ、薄暗い空間で眠っているような居心地らしい。時間の経過が苦痛にならない程度に微睡み、呼びかければ応じられる程度に覚醒している、不可思議な状態とのこと。

 二人は潜入に向かないため、中で待機してもらっている次第だ。


 俺は神鏡の中に入れないし、どうもミラージュはミカガミから一定以上離れられないらしい。ミカガミが死ぬと一緒に消滅する件といい、実体を保つのにミカガミからなんらかのエネルギー供給を受けているのだろうか?


「しかし、ベルを待機させたのは正解だったな。ろくでもない兵士とそうでもない兵士、まとめて皆殺しにしちゃっただろうし」

「同意します。おそらく『武装しているか否か』くらいでしか区別がつかないかと」


 どうやら現在、この砦の兵士は二種類いるようだ。

 一つは以前からここで働き、ミカガミの横暴に不満を持っている真っ当な兵士。


 もう一つはミカガミと一緒に国から派遣されてきた貴族の兵士。こちらはミカガミをよいしょする太鼓持ちで、ミカガミに媚びへつらうことで甘い汁を啜る連中だ。前者の真っ当な兵士たちに仕事を押しつけ、自分たちは酒や賭けチェスに興じている。


 加えて労働者や人質をいたぶるのが娯楽とは、高貴な血筋の生まれはドブ水のごとく高尚な趣味をお持ちらしい。

 真っ当な方の兵士を味方にできれば、人質や労働者の解放もスムーズに行きそうだな。


「人質がいる地下牢へ入るのに、こいつらの装備で変装するのはわかるんだがな。兜がないんじゃ顔は隠せないだろ? そこはどうするんだ?」

「私に御任せを。――妖魔忍術【のっぺらぼう】」

「ぎょっ!?」


 グニャって! ハクメンの顔が、粘土みたいにグニャって!


《のっぺらぼう》といえば姿形こそ人ながら、目も鼻も口もない顔で人を驚かせる、逆に言えばそれだけの基本無害な妖怪だ。

 どうやら妖魔忍術としては、そこから粘土細工のように好きな顔を作り出す術らしい。


 淀みない手つきで、横たわる兵士とそっくり同じ顔を造形する。その間に髪型や体つきまでが瓜二つに変化していた。見事な変装、ではなく変身、いや擬態と言うべきか。


「では、主もどうぞ」

「声まで変わってるし。その声で主とか呼ばれるの凄い違和感……え、待って。なにその肌色の粘土みたいなの。それを顔に塗れと? ちょ、心の準備がっ」


 詳細は省くが、俺の顔も見事にもう一方の兵士そっくりになった。

 違和感ないのが逆に違和感凄い。特殊メイクでも受けたような気分だ。


 死体は手近な倉庫の奥に隠す。二人が目指していた方角へ通路を進めば、ほどなくして地下に続く階段が見つかった。


 入口前にいた兵士も顔パスで抜け――親の仇でも見るような目をした辺り、真っ当な方の兵士っぽい――、無事に人質がいる地下牢に到着した。


 しかし。そこで目にした光景に、俺たちは思わずあんぐりと顎を落とす。


「エッスエッス、レアレア、エスッエスッレアー! オラ、気合入れて続けぇぇ!」

「「「え、えっすえっす、れあれあ、えすえすれあ~」」」


 即席の祭壇の前で、奇怪な踊りに合わせて奇天烈な叫びを上げる少年と、それにぎこちなく追従する女子供を中心とした人々。周囲の壁や地面には石で書き殴ったと思しき、魔法陣のようで実際はデタラメであろう図形の数々。


 謎すぎる珍妙な儀式を前に、俺とハクメンはなんとも言えない顔になった。


「主、その、これは一体」

「深く考えないでいいぞ。ただのしょうもない願掛けだから、アレ」


 あの少年が例の、町を発ったきり戻ってこなかった味方? ミカガミで間違いあるまい。


 そして不本意ながら、なにをしているのかも俺にはわかってしまった。

 こいつ、なぜにこんなところでレア祈願の儀式やってるんだ?


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