第19話:推しのペットや使い魔も当然推し。
すっかり日が暮れた頃、俺たちは鉱山に建てられた砦に到着した。
ここの鉱山では魔法銀ミスリルが採掘できるらしく、国境付近にあるため隣国からも狙われている重要拠点。だから砦には軍も在住し、城塞に近い規模だった。
当然警備も厳重で、砦を囲う壁には兵士が巡回している。
「はああああ。あのおっさんが司令官になってから、なにもかもめちゃくちゃだ。経費削減とか言って食事や装備を縮小され、そのくせ労働時間が倍で給金は減らされるとか、頭おかしいだろ」
「言うな。鉱山で採掘やってる連中はもっと悲惨だぞ。それにミカガミ様に逆らいでもしたら、俺たちもあのヒョウタンで……」
疲れ切った顔で歩く貧相な装備の兵士二人。
その頭上に、一本のクナイが飛来する。
明らかに的外れな軌道。しかしクナイは放物線から不自然な角度で曲がった上、周囲を見回す兵士の死角へ回り込むように、ジグザグに曲がりながら急降下。背後から二人の首を、ほんの先端だけがかすめた。
チクリとした程度の痛みに兵士は首を傾げ、三歩歩いた後にバタンと倒れる。
隠れていた草むらから出て確認すると、二人とも実に安らかな寝顔で眠っていた。
「おー、寝てる寝てるグッスリと」
「殺さないの?」
「今回は隠密行動なんだっての。殺したら騒ぎになるけど、スリーピングなら居眠りで済まされるだろ? 少なくとも警戒は遅れる。だから鉄球ギャリンギャリン鳴らすなっ」
手持ち無沙汰に鉄球を振り回すベルに、デュランが頭をはたいて止める。
今回、下手な大暴れは禁物だ。仮に砦を解放したところで、兵を逃がしでもして領主に伝わったら振り出しになる。流石に軍を動かされたら相手は難しい。
まずは潜入して砦の内情を調べる。町の人々の話によれば、鉱山の司令官がミカガミになってから、理不尽な税収と強制労働が始まったらしい。つまり、それ以前はまともな司令官によるまともな職場だったということだ。
ミカガミを排除して、以前のまともな司令官を戻すのが理想的な解決方法だろう。後始末を丸投げできるしゲフンゲフン。
人質と一緒に捕まっているなら話は早いのだが、まさか殺されてないよな?
「しかし薬の効き目も凄いが、遠隔操作できるクナイが本当便利すぎ。流石は望月流忍者の【管狐クナイ】……うおっ」
『クキュウウ!』
地面に落ちたクナイを指で突っつくと、小さな白毛の狐が姿を現した。
実体がありつつも半分透けており、丁度尻尾の部分にクナイが収まっている。
そもそも《管狐》というのは使い魔の一種で、竹筒などの『管』で飼うためにこう呼ばれる。そしてハクメンが操るクナイは、柄部分に『管』としての機能が施されていた。中の管狐によって、クナイの軌道を変幻自在に操るカラクリである。
それにしても――なんと愛くるしい。赤い目はクリクリ、白い毛並みはサラサラ、気品を感じる容貌ながら、手のひらサイズには可愛らしさが際立つ。
『クキュ!』
「おおおおっ」
俺の手に飛び乗ると肩まで駆け上がり、スリスリ頬擦りしてくる管狐。変装済みで今は兜を被っているので、隙間に潜り込むような形になってくすぐったい。
ちょ、なにこの子。サービス精神旺盛すぎでは? いくら支払えばいいので?
優秀なくノ一は使い魔も男を手玉に取るのか。小悪魔な小動物とか無敵では?
「主がお気に召したようでなにより。ですが……少し馴れ馴れしいですよ、九号。いい加減に主から離れなさい」
「「こわっ」」
表情はにこやかなハクメン。
でもデュランとベルが思わず一歩退くほどに、後半の声音が低くて怖い!
え、駄目だった? 自分の使い魔に気安く触るなと?
ハクメンは管狐の尻尾を掴んで、俺から引き剥がそうとする。
しかし、
『クキュウウウウ!』
「大人しく離れなさい! 主に無礼ですよ!」
「締まってる。マントが引っ張られて首締まってるから……っ」
この管狐、めっちゃ自分の主に抵抗してるんだが。
マントにしがみついてちっとも離れようとしないのだ。ハクメンはハクメンでやけに力込めて引っ張るもんだから、俺の首がキュッとなって命が危うい!
残念ながら『推しの手で殺されるなら本望』と思えるほど極まっていない。
なので、俺はなんとかハクメンを宥めて提案する。
「あの、ハクメン。このクナイ、俺が持っていてもいいか? ほら、こうして肌身離さず持っていれば、いざというときの護衛になってくれそうだし。皆と分断されちゃったりしたときとか、そんな感じで」
「そういうことでしたら、構いませんが」
『クキュ!』
任せろ、とばかりに胸を張る管狐。うーん、可愛い。
しかしハクメンは不承不承といった感じの顔だ。俺の護衛なんかに管狐を割くのは不味かったか? でも、この小動物チャームには抗えないっ。
「それじゃあ、よろしくな。あー、九号だからキューちゃんで」
『クキュ!』
「おーおー、ユニークネームまで付けてすっかりお気に入りだな」
「ハクメン、もしかして羨ましい?」
「な!? 私はそのような、任務に私情を挟むような真似は――!」
なんか三人でヒソヒソ話し始めたんだが。え、まさか上司の陰口?
すぐネガティブになる俺を慰めるように、キューちゃんがペロリと頬を舐めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます