第18話:彼らのために俺ができることはあるのか。


「ぷはあ。ごちそうさまあ」

「ふふっ。御粗末さまでした」


 至福で満腹の満足感に、俺はほうと吐息を零す。

 おにぎり、唐揚げ、卵焼き、とまさに俺の好物尽くし。しかも最推しの手作りだ。腹も心も満たされるというもの。


 地球と鏡合わせであるため、ミラアースには地球と同じ食材がそっくりそのまま存在している。それこそ米や醤油まであるし、料理とかの文明レベルも近代並みに高い。理由が全部『鏡合わせの世界だから』とか、全く便利な設定だよね!


「あたしも満腹ー」

「ええい、俺の膝をクッションにすんな。固くて寝心地悪いだろ、鎧だし」


 ああ、今日もデュラベルが尊いなあ。

 推しと推しのイチャつく光景は大変目の保養で、陰鬱だった気持ちが和らいだ。


 その、一方で。

 思考に余裕が生まれると、また余計なことを考えてしまう。


 ……ヨルムンガンドにはカッとなって啖呵を切ったが、時間が経つにつれて不安が膨れ上がっている。


 ここはもうゲームじゃない。ミラアースは現実と化し、ミラージュは自分の意思を持つ生きた存在となった。

 だから――彼らには自分で主を選ぶ権利も、相応しくない主を見限る自由もある。


 そう気づいて、俺は怖くてたまらなくなった。


 だって、俺にはハクメンたちを従えるに足る能力や素質なんて、何一つない。ただ三人の後ろに隠れて喧しく喚くだけの役立たず。養ってもらってなにも返せない穀潰し。いつ切り捨てられたって文句を言えないお荷物。


 せっかく上昇した気持ちが再び後ろ向きに下降し、不安と焦燥感が胸を焦がす。

 ただ楽になりたい一心で、俺は口を滑らせた。


「……なあ。なんで皆、俺なんかを助けてくれるんだ? 今回だって、俺の勝手に付き合わせてるのに。思えば、最初にギルガメッシュから守ってくれたときからそうだ。俺を助けたって、皆にはなんの得もないだろうに」


 言ってから後悔する。

 ミラージュはミカガミと一蓮托生だと示されたばかりだ。たとえ不本意でも三人は俺を守る他ないというのに、優しい言葉を期待する自分が情けない。


 しかし三人は怪訝な顔を互いに見合わせた後、代表してデュランが口を開いた。


「急になにを言い出すかと思えば、そいつは順序が逆だろ」

「逆?」

「おうよ。違う世界に住んでて大した得もないだろうに、大将はこっちの世界のピンチに力を貸してくれたじゃねえか。俺たち三人は特に大将の世話になったからな。そのときの恩を返してるようなモンさ」


 ミラージュから見たミカガミ――プレイヤーは『なんの見返りもなしに、世界を救う手助けをしてくれる無私の支援者』だということだろうか?


 でも、俺はただゲームとして、対岸の火事のごとく楽しんでいただけで。

 居心地の悪さがますます強まり、俺は縮こまってしまう。


「いや俺、大した手助けなんてしてないし。それにほら、俺以外にもミカガミはたくさんいて、俺より凄いヤツなんていくらでも」

「確かにミカガミが何人もいるなんて初耳だし、その辺の事情はよくわからんけどよ。俺たちこそ、ご立派な英雄でも神様でもないロクデナシ揃いだぜ? 本当は世界の危機なんて欠片も興味はなかった。ただ、それぞれの目的を果たすのに都合が良さそうだから、お前さんについて行っただけだ。少なくとも、最初のうちはな」

「ですが、そんな私たちを主は選んでくださった。誇りも名誉もない、怒りと憎しみに生きる私たちを否定せず、信じ頼ってくださった。私たちのような外法者が、世界を救うなどという大業を成せたのも、ひとえに貴方から賜った力があればこそです」

「オバケ騎士に妖怪忍者、それに頭の壊れた狂戦士だよ? あたしたちみたいなのを贔屓するなんて、リーダーも悪趣味だよねー」


 屈託なく笑いかける三人に、俺は胸が締めつけられた。

 ハクメンの『力を与えて』云々は、レベル上げを始めとした、RPGには付き物である育成要素のことを指しているのだろう。


 それが『ミラージュの飛躍的な強化が可能』という、この世界ではミカガミだけが持つ権能の一つと設定付けられているのだ。だからストーリー上でもミカガミに従っているか否かで、ミラージュの強さには大きな隔たりがある。


 ボスとして立ちはだかる主を持たないミラージュなんかは、余程長期間に渡って戦い経験を積んだか、人の魂を喰らうなど特別な事情で力を付けた例外だ。


 ……でも、それだってプレイヤーなら誰にでも与えられる力だ。

 俺自身が特別、ハクメンたちになにかしてやれたとは言えない気がする。


「ま、今度は俺たちがお前さんの力になるターンってことさ。変に負い目なんか感じてないで、大将はもっとどっしり構えてな」


 雑に頭を撫でてくる大きな手に、後ろめたさを感じずにはいられなかった。


 ――プレイヤーの力を抜きにして、俺は皆のためになにかできないだろうか。


 役に立たなきゃとか、見捨てられたくないとか、そういう保身も打算もある。

 だが、俺は俺としてなにか皆の助けになりたい。皆の仲間だと胸を張りたい。

 そう思う気持ちも、確かに俺の中に芽生えているのだ。


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