第17話:推しとスクールライフやキャンパスライフを送りたかった人生。


 ムシャクシャして厄介事に首を突っ込んでしまった俺は、依頼を受けて鉱山へと向かうことに。依頼内容は当然、強制労働に連れ去られた人々の解放だ。


 より正確に言えば、砦で鉱山採掘の指揮を執っている敵ミカガミとミラージュの排除。それで労働者たちの反抗と脱走を援護するという形だが。


「とりあえず、砦にいるヤツを皆殺しにしちゃえばいいの?」

「よくねえよ。鉱山の砦には、労働者たちに反抗させないための人質も捕まってるらしい。だからキルゼムオールは駄目だ。それに、一応ミカガミが一緒に捕まっているかもって話だからな。腕に《神鏡》付けてるからって即殺すのもなし」

「じゃあ、向こうから攻撃してきたら?」

「そいつは十中八九敵だろうから殺していいな。残り一でも怪我してまでこっちが気遣う義理もねえし」


 先行するベルとデュランの物騒な会話を聞きつつ、起伏の多い道をヒイコラ歩く。

 兵の巡回を避けるため、整備された山道ではなく獣道を進んでいるのだ。 


 町の人たちの話によれば、なんでも俺たちより以前に、町に立ち寄った流れのミカガミがいるらしい。そいつは「労働者たちを必ず助ける」と宣言して鉱山に向かったきり、なんの音沙汰もないとか。

 捕まったか、殺されたか。途中で放り出したなんてオチだけはないことを祈る。


 自分で言うのもなんだが、俺たちはお世辞にも人助けなんて向いてない。だからそのお人好しが生きていれば、労働者たちを守る逃がすはそちらに丸投げするつもりだ。俺たちは得意分野のクソッタレ潰しだけやらせてもらおうというわけで。


 面倒の押しつけ? いやいや、合理的な役割分担である。


「――ただいま戻りました。この先は開けた場所になっており、遠方から視認される危険性がございます。左回りに迂回するのが得策かと」

「あいよ、了解だ。ところでその返り血は、エネミーか?」

「はい。迂回ルートに《ゴブリン》を五体発見したので、先に始末して置きました」


 斥候から戻ったハクメンはこともなげに言う。


 デュランに指摘されて軽く掲げた腕には、透明な刃が伸びていた。空気の揺らぎと付着した返り血で、かろうじて視認できる透き通り様だ。物音立てず痕跡も残さない、鮮やかな手並みだったであろうことは確認するまでもない。


 俺は思わず、しげしげとハクメンの腕を見つめた。


「しかし、いつ見ても見事だな。流石は【鎌鼬】の刃か」

「それほどでも。妖魔忍術【鎌威太刀】は、風にて不可視の刃を形成し敵を裂く技。望月流の初歩的な忍術の一つなれば、多少は熟達していなければ恥となりまする」


 少し頬を染めて謙遜するハクメン。狐面外しつつの照れ顔ソーグッド!


《望月流妖魔忍術》とは、ミラージュ《望月千代女》を開祖とする忍術流派だ。

 地球の【望月千代女】は戦国時代に名を残す女性で、彼の武田信玄に仕えた巫女にして、俗説ながら忍者だったともされている。

 史実の真偽はともかく、《望月千代女》は忍者と巫女の力を併せ持つミラージュだ。


 ミラージュの千代女はメインストーリー第一部より遥か過去の時代、ミラアースにて独自の忍術流派を興した。巫女の力による降霊術で妖魔を我が身に降ろし、妖魔の力を使役する忍術。それが《望月流妖魔忍術》である。

 ハクメンも望月一族の末裔で、【九尾】の力を宿せたのも巫女の血筋によるモノ。


 しかし……妖怪の力で透明な刃とか、完全にフィクションな忍術だよなあ。ゴブリンなんかもそうだが、何度も改めてここがファンタジーの世界だと実感する。

 なんて思いつつ俺がしげしげ見つめていると、ハクメンが苦笑しながら言った。


「主は、つくづく変わっておられる。我ら一族の忍術は、怪異の力を我が身に宿すおぞましき術。闇に生きる外法者の技です。それに対して貴方は、まるで眩いものでも見るかのような目をなさる。私を、恐ろしいとは思わないのですか?」

「言わんとしていることは、わからないでもないがな。妖魔の力だろうが英雄の力だろうが、簡単に人を殺せておっかないのは同じことだろ? 大事なのは、それ振るうのがどういうヤツかってことで。だったら、俺がハクメンを怖がる理由はない」


 俺は知っている。

 ハクメンは一族の仇討ちのために生きる復讐鬼だが、その復讐心は家族を深く愛していた気持ちの裏返しだと。怒りと憎しみの根底にあるのが、死んだ家族の魂の安らぎを願う愛情だと。望月が平和な世を願う優しい一族だったことを。


 だから、俺はハクメンに自分を卑下して欲しくはないのだ。


「貴方は――」


 ハクメンは言葉が詰まったように、胸元でキュッと手を握る。

 引かれた? 呆れられた? 変にかっこつけようとしてなにか失言したか?


 決まったセリフだけを喋るゲームのキャラにはできない、生きた存在だからこその複雑な表情や反応。コミュニケーション能力が死んでいる俺には、それを上手く読み取れない。

 今まであまり気にしていなかったそのことが、時折酷く不安になってくる。


「は、話し込んでいる場合じゃなかったな! 先を急ご、おぅ!?」

「おっと。足もうガックガクになってんぞ、大将」


 強引に話を切り上げて歩き出そうとした矢先、足がもつれて転びかける。

 それを受け止めたデュランが、俺の若干震えている足に目をやると言った。


「ふむ。ここらで一度休憩にするか」

「え、いや、俺はまだ」

「あたし疲れたー! 休憩しなきゃもう一歩も動けないー!」


 体力オバケのベルが、そう叫んで手近な木を背もたれに座り込む。ハクメンは唐草模様のシートを広げて、既に休憩の準備を整えていた。


 明らかに気を遣われている。転移させられてから下山する道中の野宿でもずっとそうだった。貧弱な俺に歩調を合わせてくれている。それに対して俺は前からあった申し訳なさやいたたまれなさに加え――焦りと恐怖を覚えてしまう。


「すまん。俺一人のせいで足を止めさせて」

「なに言ってんだ。人間とミラージュで体力が段違いなのはしょうがねえだろ」

「もう昼餉の頃合いですし、依頼の前にしっかり英気を養いましょう。僭越ながら、町で厨房を借りて御弁当を拵えました」

「ハクメンの手作り弁当!?」

「はい。御話し頂いた主の好物を揃えておりまする」


 ヤダ、結婚したい……嫁にして一緒に幸せな家庭を築きたい……。

 現金すぎる自分の思考回路に呆れながらも、俺は一旦全てを明後日の方向に丸投げし、ハクメンの手作り弁当に舌鼓を打った。


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