第16話:自分に自信はないが推しへの信頼は天井知らず。
「自分の意識を、取り戻したのか?」
「おかげさまでねえ。このクソが死んで、僕らにかけられてた【洗脳】も解けたみたい。……ああ、身構えなくていいよお。なんか、僕らこのまま消えるみたいだしい。気分最悪すぎて、さっさと寝たいんだよねえ」
「同感ね。私も、この最低な記憶を私の存在ごと抹消してしまいたいわ」
「私も私に同感だわ。私の体を、こんな下等で低能な男に、ああ吐き気がするっ」
同様に意識の光を取り戻しつつも、嫌悪感に淀んだ目で二人のモリガンが言う。
その様子だけで、ミランが洗脳した二人に普段どういう扱いをしたか察しがついた。
きっと男の俺に想像できる以上の屈辱だったのだろう。二人の魔法がミランの死体をズタズタに引き裂き、ヨルムンガンドの水流レーザーも加わって念入りに磨り潰された。仮にこの世界に蘇生手段があったとしても、決して復活できまい。
その間にも三人の身体は光を帯び、徐々に透明になっていく。
ミカガミと契約を結んだミラージュは、倒されても戦闘終了後に復活できる。どうやらその反面、ミカガミが死ぬと契約したミラージュも消滅するらしい。ゲームだった頃にはわからなかったし、確かめようもなかった事象だ。
多くを尋ねる時間は残されていない。それでも一つだけ訊き出したいことがあって、俺は三人に問いかけた。
「一つだけ教えてくれ! あいつは一体、どうやってお前たちを洗脳していたんだ!?」
「……それを知ってどうするの? 君のミラージュを、自分の言いなりの道具にする手段を知っておきたいわけかい?」
お前も所詮あいつと同じか、と嘲るようにヨルムンガンドが冷笑した。
聞き捨てならない言葉に、カチンときた俺は声を荒げて言い返す。
「見くびるなよ。――俺がそんな下衆野郎に成り下がった瞬間! その手段を使うより先に! こいつらが俺の首を六回転させた後で挽き肉にして見せるさ! 俺が誰より信頼と心血注いで育て上げた、最高で最推しで最強のミラージュを見くびるな!」
しーん。
ヨルムンガンドも二人のモルガンも、こちらのミラージュ三人も、そして周囲の人々までがなぜか沈黙する。え? なに? 俺、なんか滑った?
「ぷっ、あは、ハハハハハハハハ! そこかあ、怒るとこそこなんだあ? 自分は弱くてミラージュに敵わないと、よくもまあ堂々と宣言を。でも、ああ。そっちの三人が君に付き従う気持ち、ちょっとわかる気がするなあ。あははっ」
「笑うな! そ、それはそれとして! その【洗脳】とやらが他人のミラージュにも有効な手段だとしたら、対策を考えなくちゃいけないだろ? なにか、調べるヒントだけでも心当たりがないか?」
「ふふっ。あー、おかしい。最後に少し愉快な気持ちにさせてもらったお礼に、私が一つ教えてあげるわ。《境渡りの神鏡》から、《親交度》という項目を探してご覧なさい。尤も、貴方なら知ったところで利用できないし必要もないでしょうけど」
「それじゃあ、私からも一つ。もしも鉱山へ強制労働させられている人々を助けに行くつもりなら、そこの砦にもあと二人ミカガミが待ち構えているわ。特にこの男ともう一人を副官として率いる司令官は《牛魔王》を従えているから注意することね」
一緒になって大笑いしていた二人のモルガンが、それぞれ助言をくれた。
しかし、今度は『西遊記』の【牛魔王】と来たか。また厄介そうだなあ。
「あれえ? この流れだと、僕もなにかしないといけない? 情報は二人に先越されちゃったし……あ、じゃあコレあげるねえ」
「主!」
なにやら口に手を突っ込んでモゴモゴさせるヨルムンガンド。
そして軽い調子で投げて寄越した物に、ハクメンが血相を変えながら、懐から取り出した布でそれをキャッチする。広げて見せると、それは牙だった。
「まさか、《大蛇龍の死毒牙》!? 神も殺せる毒の牙をポンと放り投げてくるなよ! うっかり素手でキャッチしたらミラージュでも即死だぞ!?」
「あははっ。まあ、神様でも殺したくなったときに活用したらあ?」
お気楽に笑って手を振ったのを最後に、ヨルムンガンドたち三人の姿は完全に消え去った。とはいえ、ミラージュにとって消滅は死と同義ではない。異界の英雄や神々の力と結びつき、新生した彼らは通常の理から逸脱した存在なのだ。
また別のミカガミの手で、新しいヨルムンガンドが召喚されるだろう。二人のモルガンが同時に存在できているのも、おそらくその辺りが理由。他のミカガミもモルガンやヨルムンガンドを持っているはずだしな。
そして俺の手元には、ゲームじゃイベントランキング百位以内しか入手できなかった超激レア素材が残された。これ、どうしたらいいんだろうか?
「如何いたしますか、主?」
「とりあえず神鏡の中に仕舞っとこう。他のアイテムと同じように、神鏡の中に収納できるだろうし。確かヨルムンガンドの強化だけじゃなく、装備の素材にもなったはず」
「いえ。牙の処遇もありますが、こちらについて」
あー、うん。わかってる。わかってるとも。
周囲に視線を巡らせば、町の人々が俺たちの前に跪いていた。
こちらを窺う目には恐怖よりも、縋りつくような祈り。
つまりは、助けを求める視線が集中砲火で俺に突き刺さる。
「どうするの?」
「決めるのは大将だぜ?」
「我々はただ、主の意志を遂げるための刃となるのみです」
……自分から首を突っ込んだ以上、このままとんずらは無責任が過ぎるよなあ。
俺は観念して、彼らに詳しい事情を聞き出すべく膝を折った。
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