第15話:VSヨルムンWモルガン?


「馬鹿め! そんなゴミパーティー、俺の最強パーティーで秒殺してやるよ!」


 ミランが腕を掲げると、《神鏡》が光を放った。

 光は二つに分かれ、全く同じ姿の女性となってヨルムンガンドに並び立つ。


 胸元から腹まで大きく開いた扇情的な黒のドレス。薔薇の冠から伸びる茨に顔を半分覆われ、蠱惑的な笑みを刻む唇には紫のルージュ。手にした杖の先端には、茨に絡め取られ力を失った聖剣の鞘が。


 アレは、《モルガン》! 『アーサー王物語』に登場する魔女【モルガン・ル・フェイ】の力を宿すミラージュだ! というか、同じミラージュの複数存在アリなのかよ!?


 ……それにしてもヨルムンガンドといい、二人のモルガンといい、一言も喋らない上になんか目が虚ろだ。まるで操り人形、いやまさか実際に操られてるのか?


 なんにせよ、これはかなりマズイ。


「ダブル《モルガン》からの、ヨルムンガンドの開幕必殺技編成か」

「そうだ! 攻略サイトじゃ高難易度攻略の常連! お前みたいな雑魚プレイヤーには一生真似できない、絶対無敵パーティーだよ!」


 ミランが勝利を確信し切った顔で哄笑する。


 モルガンは支援に特化したSSRミラージュだ。必殺技を撃つのに必要なSPを味方へ大幅にチャージし、攻防に高倍率のバフを付与するスキル構成。極めつけに自身の必殺技は、敵の必殺技を三ターン封印するというインチキ性能。


 しかしここで問題になるのは、モルガン二人のSPチャージによって開幕から放たれる、ヨルムンガンドの必殺技だ。

 その攻撃内容は、北欧神話で雷神【トール】を殺した猛毒のブレス。


 全体に超絶ダメージを与えるばかりか、【大蛇龍の神殺毒】という固有の状態異常で、毎ターン五桁の固定値ダメージを与えてくる。通常の【状態異常解除】や【状態異常無効】では対処不能。一度に削り切れる体力が限定されたゲージ制の高難易度ボスも、ゲージ数分のターンしか持たないチート技なのだ。


 当然、ハクメンたちではとても耐えられない。そもそも俺や町の住人たちなんか二秒でグズグズに溶けた肉塊になるぞ!? たぶん!


 俺はつい先日知った《神鏡》の謎機能を用い、声を発さず念話でハクメンたちに指示を飛ばす。『よろしいのですか?』だと? オーダーは既に下した! 殺れ!


「っ。承知!」

「アハハハハ! やるよ、ヤるよ、殺るよおおおお!」


 デュランは俺の護衛に残り、ハクメンとベルが突撃した。

 ヨルムンガンドの必殺技を撃たれたら、確実に負ける。

 なら、撃たせなければいいまでの話だ。


「ハハハハ! バーカ! 先攻を取ったって、そんな雑魚どもが一ターンでヨルムンガンドの体力を削り切れるもんか! その程度のダメージ計算もできないのかよ無能!」


 モルガン二人のスキルが発動し、SPをフルチャージするヨルムンガンド。

 ハクメンとベルは構わず疾走した。


 そして二人はヨルムンガンドに肉薄し――その脇を素通りする。

 通り抜けた先には、間抜け面で顎を落とすミランが。


「は? え? いや、それ反則っ」


 ミランの顔面に、ベルの投擲した鉄球が命中。

 骨が砕け、歯と血が飛び散り、顔の皮が削ぎ落とされる。

 グラリと倒れかかるミランの体を、背後に回ったハクメンがそっと受け止めた。


 そして頭の上下に手を添えて、


「南無」


 ほとんど音も立てず、五回転したミランの首が胴から千切れ落ちた。

 まるで枝から果実をもぐようなあっけなさは、まさに驚嘆の暗殺技巧。


「生憎だったな。この世界じゃ、ミラージュをガン無視したプレイヤーへの直接攻撃が成立するんだよ」


 そもそもゲームでは、俺たちプレイヤーは神鏡越しに干渉するだけの存在。

 設定的にもプレイヤーへの攻撃はありえない事態だったが、今は違う。こうして同じ大地に生身で立っている以上、俺たちプレイヤーにも死の危険が付き纏うのだ。


 まあ、俺も野宿で野犬に襲われた際に思い知った話だが。そのときはデュランの【幽騎の守護】のおかげで無傷で済んだ。ターゲット集中で守る味方の範疇に、今はミラージュでない俺も含まれるらしい。


 こんな風に、現実化した今のミラアースでは、俺たちプレイヤーにとっての常識が通じないことも多々ある。ミランには想像もつかなかったんだろう。この世界がゲームだという認識に縛られすぎたのだ。


「あいつのミラージュ、自分の大将を守ろうともしなかったな」

「やっぱり、自我を奪われ操り人形にされていたみたいだな。自分で考える意思がない状態だから、命じられた以外の行動は一切取らないし、指示がなければ咄嗟に主を庇うこともしない。あのミランってヤツの自業自得だろうさ」


 だからミランが死んだ時点で、ヨルムンガンドも必殺技を放たず停止している。

 デュランの骸骨顔が、どこか複雑そうな表情に見えた。生前は主君に忠義を尽くす騎士だった身として、思うところがあるのかもしれない。


「リーダー! オーダー通り、顔面挽き潰してやったよー!」

「ベルッ。……これで、本当によろしかったのですか?」

「よろしいもなにも、命じたのは俺だからな。ベルもナイス鉄球だった」


 能天気な口調でバイオレンス発言するベルと、それを嗜めて俺に気遣うような声をかけるハクメン。二人に俺は至極冷静に言葉を返せた。

 人を殺した。同郷の人間を殺した。でも、正直あまり動じていない。


 盗賊たちのときだってそうだ。血の匂いやグロテスクな死体に気分が多少悪くなったが、逆に言えばそれだけ。命じただけだろうと、人を殺したこと自体にはなんとも感じなかった。

 命を奪うなんてこんなものなのか、俺が自分で思う以上に非情な人間なのか。


「別に後悔も罪悪感もない。ただ、特に愉しいとも思わない。そう感じた自分に、正直ホッとしたのも事実だ」

「ふうん。そっちは、マシなミカガミに召喚してもらったみたいだねえ」


 背筋を悪寒が突き抜ける。今の発言は、ハクメンたち三人の誰でもない!


 咄嗟に声がした、ミランの死体が転がる方へと視線を向ける。

 瞳に光を取り戻したヨルムンガンドが、プレイヤーの俺には馴染みのある、気怠そうな表情でこちらを見つめていた。


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