第14話:推しへの課金は惜しまないが節度と良識は大事。
「なんだ、てめえ!? いや、本当になんだ!?」
俺の飛び蹴りを喰らい、地面で盛大に顔を削った赤服男。
立ち上がりながらの怒声は、俺の姿を見て困惑が混じったモノに変わった。
今後のことも考えると、こうして厄介事へ首を突っ込む際に素顔は隠した方がいい。
そこで俺は、誰でも装備できる汎用装備の《夜叉の兜》と《ダークネスローブ》で変装……というか仮装したのだ。ハクメンたち三人も今は衣装チェンジを解き、本来の姿で傍に並び立っている。
赤服男から引き剥がした女性は、ハクメンとベルに任せて後ろへ下がらせた。
赤服男の視線を遮るように、俺とデュランが前に進み出る。
「てめえもプレイヤーか。なにその恰好、ダークヒーロー気取りですかあ? 欠片も似合ってねえんだよ、このコスプレ野郎が!」
「似合いもしないコスプレはお互いさまだろう」
「ああ!? 引き立て役のその他大勢の分際で、俺の主人公コーディネイトにケチつけんのか!? 中二野郎が生意気なんだよ! お前、世界ランキング何位よ? ランキング四桁台のこの俺、《ミラン》様に気安い口叩ける順位なのか、オイ!?」
うわあ、こいつランキング至上主義者かよ。
ゲームをより楽しむために上を目指すんじゃなく、人の上に立って見下したいがためにゲームをやる。目的と手段がすっかりあべこべになった、一番面倒なタイプだ。
《シャドウミラージュ》というゲームは、プレイヤー間の競争意識が酷く激しい。
定期イベントでのランキング制度と上位者限定報酬。低レアと高レアの圧倒的な性能格差のため、課金しまくってSSRを大量に所持するプレイヤーほど人の上に立てる仕組み。そもそもイベント自体、SSRの大量所持を前提にした難易度も珍しくない。
上位者限定報酬の内容も、またいやらしい。レベルの上限解放アイテムや理不尽な効果付きの装備等々で、廃課金と無課金の格差を一層広げる。これらが原因で上は嘲り下は妬み、掲示板やSNSでは罵詈雑言の飛び交う地獄絵図。
人気がそれほど高くないわりに、知名度の高さは世界的な理由がこれだ。毎日のように炎上してはネットニュースを騒がせているでのある。
ランキング上位者の全員がこんなだとは思わないし思いたくない。しかし、こういう手合いが少なからず存在するのも事実。現にこうして目の前に一人いるし。
「そんなことより、これはどういう事情なんだ? 傍から見る限りじゃお前、ただの偉そうな強盗殺人犯にしか見えないんだが?」
「はあ? ガチャだよ、ガチャ。《
《鏡結晶》ってミラージュの召喚、いわゆるガチャを回すのに必要なアレか?
え、この世界でガチャって回せるの? ハクメンたちがいるだけで幸せだったから確認してなかったなあ、そういえば。
それにしても――なんて、馬鹿馬鹿しい。
「つまり、なにか? 貴様はガチャに課金するための金を、この人たちからむしり取っていると? そんなふざけた理由で、人殺しまでしたっていうのか?」
「うっぜええええ。なにお前、正義の味方のつもり? たかがNPCを同じ人間扱いして庇う僕ちんカッコイーってか? ゲームと現実混同したキモオタ野郎が、他人様のプレイングに口出ししないでくれませんかああ?」
完全に人を馬鹿にした態度で煽ってくる、赤服男改めミラン。
……なにが不愉快かって、一瞬でもこいつの主張に一理あると思ってしまった自分だ。
現実では味わえない非日常を楽しむのがゲームの醍醐味。そこには暴力や犯罪といった非道徳的な行いも含まれる。そしてゲームのシステムがそれを認める限り、どういう楽しみ方をしようがプレイヤーそれぞれの自由だ。
だが、『これ』は違う。違うと、俺は断じて否定しなくてはならない。
「周りをよく見ろ! ここはもう画面越しのゲームじゃないし、俺たちの前にいるのはNPCじゃない。血が通って涙も流す、生きた人間だ!」
死体の虚ろな瞳が、それに縋りついて泣き叫ぶ声が、酷く胸をざわつかせる。
彼らを否定することは俺にとって、ハクメンたちを否定するのと同じ。
画面の垣根を超えて三人に出会えた、俺自身の喜びと幸福に対する裏切りだ。
だから俺はこの世界で、自分にも他人にも「どうせゲームだからなにをしたっていい」なんて理屈を許すわけにはいかないのだ。
「貴様の身勝手で流れた血を見て、涙を見て、貴様はなにも感じないのか!?」
「ゴチャゴチャ説教垂れんじゃねえよ、偽善くんがよお! ここは法治国家日本じゃなくてシャドミラの世界だぜ!? ここじゃ力こそ正義、俺たちプレイヤーが神! ミラージュ一匹従えていないモブどもなんか、殺そうがどうしようが俺たちの自由なんだよ!」
力と立場の圧倒的優位に溺れ切ったニヤケ面で、ミランは高笑いする。
ああ、嫌いな顔だ。弱い者を嘲って踏みつけて悪びれず、自分が報いを受けるなんて少しも考えていない。自分は永遠に踏みつける側だと思い上がっていやがる面だ。
今まで何度もこの面に立ち向かって、無力な俺はいつだってなにもできなくて。
だが、今は違う。俺の怒りに応えてくれる者がいる。
「そして同じプレイヤーでも、ランキング四桁の俺とお前じゃ格が違うんだよ、格が! そんな雑魚ミラージュ連れて、どうせランキング圏外の分際で口答えしやがって! お前なんか『雑魚の分際で主人公に逆らいました罪』で死刑だブァァァァカ!」
「…………もういい。貴様が、俺の安い良心がとても痛みそうにないクソッタレなのは、よくわかった。――殺せ、俺のミラージュよ。あの不愉快なニヤケ面を挽き潰して、五回転首を捻じ切ってやれ」
自分の発した言葉の重みが、呼応する三つの殺意に表れて圧しかかる。
それでも後悔はなかった。躊躇う気持ちも起こらなかった。
ただ、怒りだけがあった。
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