第13話:推しの後押しほど心強いものはない。


「主、御待ちを」

「うぐえ」


 曲がり角から飛び出そうとしたところで、ハクメンに引き戻される。

 うぐおお。首が、首の骨がグギッってなった。

 首の痛みをこらえつつ、身振りの指示に従って物陰から様子を窺う。


 そこは町の一番大きな通りで、なにやら人の輪ができていた。

 輪の中心に立つのは、やたらふんぞり返った態度の男が一人。赤を基調とした服は、なんというか熱血主人公が着そうな格好だ。しかしまるで似合っていない。


 そしてその傍らに立つのは、鱗模様のフードを被った白い長髪の青年――!?


「よりによって《ヨルムンガンド》かよっ。なんてモノ引き連れてやがる」


 この距離からでも冷や汗を禁じ得ない、禍々しいプレッシャーに喉が強張る。


 北欧神話の悪神が産み落とした毒蛇の怪物【ヨルムンガンド】。その力を宿すミラージュ《ヨルムンガンド》は、イベントでボスを務めた期間限定SSR。性能もチート級で、メインストーリー第一部でも非常に重要な立ち位置にいたキャラだ。


 それを従えているということは、赤服男は俺と同じ《ミカガミ》で間違いあるまい。


 しかし黙って人間の後ろに控えるヨルムンガンドとか、違和感が酷いぞ。

 人間にも神にも等しく無関心で、あるのは「美味いか不味いか」の区別だけ。間違っても従順に付き従うような性格じゃなかったはずだが……。


「だーかーらー! ゴールドが足りないんだよ、ゴールドが! いいから黙って有り金全部寄越しやがれ! 俺はミカガミ様だぞ? この世界を救ってやった救世主様だぞ? モブがプレイヤーに逆らうなっての!」


 腕を掲げ、ミカガミの証である《神鏡》を見せつけながら唾を飛ばす赤服男。

 町の代表らしき老人に怒鳴り散らすばかりか、腹に蹴りを入れて突き飛ばした。


 周囲の何人かが非難の声を上げるも、ヨルムンガンドの一瞥で足が竦んでしまう。それを見た赤服男が嘲るように鼻で笑った。


 ……この光景こそ、俺たちが正体を隠さなければならなかった理由だ。


 本来なら、ミラアースを終焉から救う異界の使者である《ミカガミ》。

 しかし現代ではミラアースの各地で、ミカガミがこんな調子で横暴の限りを尽くしているという。どうやら俺や城で一緒にいた三人の他にも、大勢のプレイヤーがこの異世界に召喚されているらしい。


 誰もが赤服男に恐れおののく中、蹴り飛ばされた老人が気丈にも声を上げる。


「恐れながら、ミカガミ様。若い衆のほとんどが鉱夫や兵士として駆り出され、町の者は既に食べていくのもやっとの有様。これ以上、ゴールドを搾り取られては皆干乾びてしまいます。このようにご無体な要求、何卒お考え直しを――ガッ!?」

「ハイハイ、そういう無駄なリアリティ演出とかいらねーから。プレイヤーに金やらアイテムやら貢ぐのが、お前らモブの存在意義だろ。俺たちの役に立たないなら死ねば? つーか労働力にもならない老害ジジイとか、生きてる価値なくね?」


 胸に大きな風穴を開けられて老人が倒れる。俺にはとても目で追えなかったが、おそらくヨルムンガンドの通常攻撃。高圧水流のレーザーだろう。

 老人の死体を踏みつけて唾を吐く赤服男が、不意に口元を笑みに歪めた。


「ああ、そうだ。こういうときは、女どもにカ・ラ・ダ・で支払ってもらうのがお約束だよなあ。ほら、救世主様にたっぷりご奉仕してくれよ? ……なんだよ、その反抗的な目は? 言っとくが俺は領主の遣いでもあるんだぞ! つまりこれは国が認めた合法! 逆らうヤツは死刑だ! ホラホラ、食い扶持減らしに間引きしてやるよお!」


 絵に描いたような下衆野郎の顔で、赤服男が勝ち誇るように高笑いする。

 不運にも目をつけられ、髪を掴まれて引きずられる女性。水流レーザーが無差別に放たれ、鮮血が飛び散り悲鳴が飛び交う。


 もう我慢ならず飛び出そうとした俺の肩を、ハクメンが再度引き留めた。


「御待ちください。あの男の服に縫い付けられた紋章、城で目にした国章と相違ありません。おそらく、領主の遣いという弁もハッタリではないかと」

「噂を聞く限り、国が好き勝手を許してるのも本当っぽいよねー」

「つまり、ここで首を突っ込めば国が敵に回りかねない。助けたところで、流れ者の俺たちに連中が感謝してくれるかどうか。ヨルムンガンドに挑み、一国を敵に回し、それだけ危険を冒しても見返りは全く期待できない。ここで飛び出すのは、そういうことだ」

「でも……!」


 三人の主張が正しいと理解しつつ、歯軋りせずにはいられない。


 相手は強いミラージュを従えていて、国家権力まで味方につけている。

 ましてや虐げられているのは、恋人でも家族でもない赤の他人。

 関わるだけ百害あって一利なし。それで散々馬鹿を見てきたのが、今までの俺だ。


 でも。でも。でも!


「状況は理解できたよな、大将。その上で訊くぜ。――?」


 しかし予想に反して、デュランの続く発言は俺の浅慮を咎めるものではなく。

 ただ、俺の意思を問うものだった。


「俺たちの大将はお前さんだ。どうするかを決めるのは大将で、俺たちはそれに従うまでだ。だからお前さんが決めろ。この状況を前に、どうするのかをな」

「あたし元は傭兵だし、殺せと命じられれば誰でも殺すよ? でも、誰を殺すか決めるのはリーダーの役目。あたしたち三人の誰でもなく、リーダーが決めること」

「我ら元より正義も大義も知らぬ外法者。故に、ただ主の御意思で決断をば願いまする。貴方が、どうしたいのかを」


 神妙な顔つきで問いかけるハクメンに、俺は二秒だけ目を閉じ、開く。


「どうするべきか」「どうするのが正しい選択か」俺にはいくら考えてもわからない。

 だが「どうしたいか」なら、そんなこと最初から決まり切っている。


「オラ、さっさと立って自分で歩けよ。それとも公衆の面前で剥かれる趣味が――「全年齢向け自主規制キィィィィック!」ぶげぇ!?」


 とりあえず、こいつのクソッタレなニヤケ面をぶっ潰す!

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