第12話:推しへ上手にアプローチする方法急募。

 盗賊の討伐完了を報告し、報酬片手に冒険者ギルドを後にする。


「オイ、あれが噂の?」

「そうそう。頭おかしい速さで依頼を片づけてる、謎の流れ者パーティー」

「今日も《エネミー使い》の盗賊を瞬殺したとか――」


 すれ違う人々が、畏怖と疑惑と憧憬を込めて口々に囁き合う。

 この町にたどり着いて二週間足らず。その間に俺たちはすっかり有名人だった。


 ここはマグニス王国の王都から最も離れた国境付近の町。

 その立地と町の規模を差し引いても、ここには冒険者……というか若い男が少ない。なんでも鉱夫や兵士として、軍から急な招集をかけられたとか。そのせいで人手が足りなくなり、好機とばかりにエネミーや盗賊の被害が増えていたそうで。


 そこへフラリと現れたのが俺たちだ。山積みになった大量の依頼を連日解決していった結果、この辺りではちょっとした英雄扱いを受けている。

 ……ただし、『俺自身を除いて』という注釈がつくが。


「で、あの一人だけオーラの全くないガキがリーダー? 冗談だろ」

「あくまで雇い主って話だが、あの不景気な面にそんな金があるのかねえ」

「親の金で諸国漫遊ってか? 女侍らせていい気になりやがって」

を思い出して嫌な気分になるぜ。なにが救世主だか」


 俺に向けられる言葉なんて、こんなやっかみばかりだ。

 それも致し方ない。三人に比べ、俺はどう見たってただの荷物持ち。


 ギルドでは「三人の雇い主で、実家の無茶ぶりで見聞を広める旅に放り出された学者の卵」という設定で通したが、いい顔はされない。どうも金持ち息子の道楽と思われているようだ。


「主、しばし御待ちを。あの無礼者どもの首を三回転ほど捻ってきます」

「うん、やめて? あれくらいでいちいち首をろくろ回しとかしたら、キリがないって。俺は気にしてないし、まあ概ね間違いじゃないし」


 別に、自分がチヤホヤされたいわけじゃない。むしろ、推しの三人が称賛される方が何百倍も嬉しい。俺の推しは最高なんだ!

 推しの悪口なら首を四回転半だった。


 しかしそれはそれとして、いたたまれなさを覚えるのも事実。

 控え目に言って、今の俺は三人に養ってもらっているだけの穀潰しだ。


 ここにたどり着く道中の野宿さえ、ハクメンたちに頼りっぱなしで、俺一人だったら確実に野垂れ死にしてた。戦いとなれば、いよいよ俺はなんの役にも立たず。今回の盗賊退治だって、三人の大暴れを後ろから観戦するばかりで。


 だからせめて、三人をガッカリさせない振る舞いくらいはしたいのだが。


「ですが――うみゅっ」

「ほら、饅頭どうぞ。ハクメ、いやハク、甘いの好きだろ?」

「もぐ。こくん。いえ、主の護衛中に気を抜くような真似は……」

「気を張りすぎてても余計に疲れるだけだって。無理に気を抜けとも言わないがな、糖分補給くらいはいいだろ? ハクが優秀な忍者なのも、甘いもの好きな女の子なのも、俺はよく知ってるつもりだからさ」


 なんて、気の利いたセリフを言おうとしても不格好極まりない。


 盗賊を皆殺しにした後の、ハクメンの問い。殺気を当てられながらスムーズに言葉を返せたのは、偏に夢想したシチュエーションの一つだったからで。要するに日頃の妄想がたまたま当てはまっただけで。


 うん、冷静になって振り返るとめちゃくちゃ恥ずかしい!

 今のも後半、調子乗って口説いた感じになってないか?

 大丈夫? 引かれてない? 最推しに距離取られたら精神的に死ぬ!


「ほらほら、ハクもあたしみたいにもっとくっつかなくちゃ。リーダーが頑張って恋人っぽく振る舞おうとしてるんだからさ」

「しょ、承知。では、失礼いたします」

「――――」


 別の意味で死にかけた。

 腕に思い切りむにゅんと押しつけられる、たわわな感触に昇天寸前だった。

 腕を組みながら胸を押しつけ、さらには頬を朱に染めた恥じらい顔だとぉぉぉぉ!?


 流石はくノ一、男心をくすぐるどころか一撃必殺するような破壊力! 小さなお口で饅頭を頬張る姿も大変愛らしいです! でも俺の理性が死んじゃう!


「いや、あの、ちょっと近すぎるのでは?」

「えー? だってあたしとデュランがこれだけくっついてるのに、二人がくっついてないと不自然に見えちゃうでしょ? ここは一つ、二人も同じだけくっついて釣り合いを取らなくちゃ」

「いや、ベルがもうちょっと俺から離れれば済む話じゃないか?」

「やだー」

「やだかー。やだじゃ仕方ないよなー」

「大将、ベルに甘すぎやしない?」


 だってデュラベルは正義だから仕方ないよね!


「それに、ハクがあんまりリーダーに畏まってると怪しまれるんじゃない? ボクたちがミラージュだってこと、秘密にしとかないとマズイんでしょ?」

「む」


 そう。三人がミラージュであること、俺が《ミカガミ》であることは周囲に隠しているのだ。どうにも、きな臭い噂を耳にしたために。


 今も、三人には普段の服装を本来とは変えてもらっている。バージョンアップに伴う新要素の一つにあった、ミラージュの衣装チェンジで。


 ハクメンは露出の少ない正統派な忍者装束。ベルは剣闘士を思わせる軽装の金属鎧。デュランは兜で火の玉頭を、マントで首周りを隠す格好だ。三人ともプレイヤーには不人気だったこともあり、これだと一見してミラージュとは気づかれまい。


 それで、問題の噂というのが――


「っ。主! 遠方より破壊音と悲鳴が。それにこの気配は……ミラージュです!」


 忍者の優れた聴覚で、ハクメンが真っ先に異変を察知する。

 直後、彼女の言葉を裏付けるように爆発音が轟き、煙が上がった。

 俺は反射的に走り出し、三人も即座に続く。


 待ち受けるのは想定こそしていたが、想定より遥かに早く訪れた事態。

 同じ《ミカガミ》、プレイヤーとの対決だった。


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