第10話:VSシャドウエネミー《ミノタウロス》


 俺が《シャドウミラージュ》の世界に召喚されてから、なんと既に一ヶ月。


 転移させられた山奥からいくつかの村を経て、そこそこ大きな町に到着。《冒険者ギルド》に登録し、最低限の身分証明を確保。《エネミー》狩りで稼いでは宿に寝泊まりの生活サイクルが安定するまで、気づけばあっという間に一ヶ月経過していたのだ。


 どれだけファンタジーな世界でも、金がなくちゃ生活はできない。

 幸い、心強いパーティーのおかげでバンバン依頼をこなし稼いでいる。

 本日の依頼は、街道近くの森に発生した複数のエネミーと……盗賊の討伐だ。


「ちくしょう! こいつら、べらぼうに強いぞ!」

「ヤツを出せ! どれだけ腕が立とうが、人間じゃアレに敵うもんか!」


 全身で「悪党です」と喧伝するかのごとき、まあ典型的な風体の盗賊たちが喚く。


 数は十人ちょっと。粗末な装備。強面だが、こちらの三人に比べてあまりに迫力不足。現に三人の威圧感で向こうが怖気づいている。到底ハクメンたちの脅威には成り得ないが、問題は彼らの背後からこちらに迫る巨体。

 濁った黒で塗り潰された影絵じみた姿は、画面越しに飽きるほど見慣れていた。


《シャドウエネミー》――ミラージュと並んでゲームを象徴する敵キャラだ。


 先に述べた通り、この世界ミラアースは地球と鏡合わせ、コインの表と裏にも似た関係にある。だから地球と同じ言語、同じ単位、同じ法則が成り立つという設定だ。


 そして同じように人間や動植物がいるわけだが、当然地球にないファンタジー要素もある。地球では架空とされる概念が、ミラアースでは現実のモノと化すのだ。


 過去の偉人や神話の英雄の具現化が《ミラージュ》なら、過去の惨劇や神話の怪物を体現するのが《エネミー》。地球という光によって差した影より生まれる、魔の存在。ミラアース全ての人間に害をなす天敵である。


「やれ、《ミノタウロス》! こいつらをぶち殺せ!」

「ブモオオオオ!」


 そのエネミーが、なぜ盗賊たちに従っているのか。


 敵勢力の魔法使いがエネミーの召喚を行ったことは、ゲームでもあった。しかしいわゆる外法・呪法の類で、大抵は満足に制御できていなかった。それなのに、明らかに魔法職でもない盗賊だちが、エネミーを簡単に使役しているのはどういうわけだ?


 一ヶ月間の調べで判明した事実の一つ――ここが俺の知るミラアースよりであることと、なにか関係があるのか?


「ハハハハ! どうだ! こいつは大金はたいて手に入れた最上級エネミー! 百の軍隊も蹴散らすバケモノだ! 泣いて命乞いするなら今のうちだぜえ!?」


 ……最上級て、《ミノタウロス》のレアリティはミラージュだとRだぞ。


 察するにSR以上のミラージュやそれ相当のエネミーなんて、こちらの住人は早々お目にかかれないんだろう。Rでも並の人間じゃ太刀打ちできない強さだし、だからこそミラージュと、それを従えるミカガミは特別扱いされていたんだがな。


 ハクメンたち三人がミラージュだということは、『衣装チェンジ』の効果もあって気づいていない様子。とはいえ、盗賊たちが勝ち誇るのもあながち間違いではなかった。


 ミノタウロスは体力と防御力のステータスが高い土属性エネミー。だからレアリティの同じデュランとベルだと、殴り合いでは打たれ弱い闇属性のこちらが不利になる。ゲームでもなかなか苦労させられた相手だ。


 しかし、それも過去の話。バージョンアップで飛躍的に進化した今のパーティーなら、ステータスの差などないも同然!

 俺の守りにデュランが、ハクメンとベルが前衛に立つ、いつもの陣形で構える。


「ハクメン!」

「ハッ! ……九尾の呪詛よ、黒き炎となりて我らが刃に宿れ!」


 ハクメンが印を結ぶと、三人の武器が禍々しい黒い炎を纏う。


 バージョンアップによる新要素の一つで、スキルレベルを最大まで上げると、スキルの効果が大幅強化されるようになった。

 それによって進化したハクメンの第一スキル【黒き呪炎】――味方全体の【攻撃力強化】に加え、以前は自身だけだった【状態異常攻撃:呪詛】を味方にも付与できる。


 ここで現実化に伴い、システムの制約がなくなった影響が非常に大きい。

 ターンの概念が消失した結果、えげつないヒット数を稼げるようになったのだ。


「飛べ、【管狐クナイ】!」

「アハハハハ! そりゃそりゃそりゃー!」

「ブ、モ、ブブ……!?」


 ハクメンのクナイ、ベルの鉄球、そして二人の徒手空拳による連打が乱舞する。

 全身を打たれるにつれ、ミノタウロスの全身に絡みつく、黒い縄めいた紋様。それは幾重にも数を増やし、ミノタウロスが苦悶の声を上げる。


 ゲームでは一ターンに一人一回ずつしか攻撃できず、一回ごとに付与できる【状態異常】も一つ切りだった。これじゃあ【呪詛】によるステータス低下なんて、微々たるもので実感も難しい。プレイヤーに敬遠されたのも無理はないだろう。


 しかしシステムの制約がなくなった今、ハクメンとベルの目にも留まらない連撃により、夥しい数の【呪詛】がミノタウロスに重ねがけされていく。


 一方でミノタウロスの攻撃は素早い二人を捉えられず。よしんば当たっても、デュランの【幽騎の守護】によるターゲット集中でダメージは通らない。攻撃を肩代わりしたデュランも【妖狐の変幻術】で付与された【無敵】でほぼ無傷、しかも攻撃するほど【怨念の鎧】で駄目押しとばかりに【呪詛】が重なる始末。


 教国が誇る最上位天使兵さえ、数分と持たなかったのだ。

 Rのミノタウロスでは一分足らずで全ステータスがゼロと化し――。


「よいしょー!」

「ブピョッ」


 最後はベルの鉄球で、ミノタウロスの上半身が水風船のように弾けた。


 なにが一番えげつないって、ステータス低下はパーセントでなく固定値だから、最終的にゼロになるところなんだよな。防御力ゼロなんて、それこそ豆腐より脆いんじゃなかろうか。最大体力も下げるし、たぶん鉄球当てる前に絶命していただろう。


 どれほどステータスの勝る相手だろうと、膨大に重複する【呪詛】で削り殺す。

 これが、進化した俺の最推しパーティーの戦闘スタイルだ。

 うん、完全に悪役のやり口だなコレ!


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