第9話:推しと迎える朝は色々な意味で心臓に悪い。
窓から差し込む朝日の眩しさに、目が覚める。
知らない天井。馴染みないベッドの硬さ。嗅ぎ慣れない空気の匂い。
困惑も混乱も一瞬。込み上げるのは夢でなかったことへの安堵と、一抹の不安。
漠然とした恐怖が心にこびりついていて、どうにも眠った気がしない。
気怠い思いを引きずりながら俺は瞼を開き、
「おはようございます。御目覚めになられましたか、主」
「うひょあ!?」
控え目な微笑みを浮かべた、絶世の黒髪美女と目が合う。
衝撃のあまり眠気とか色々ふっ飛んだ俺は、無様にベッドから転げ落ちた。
ぬおお、モロに後頭部を強打……!
「大丈夫ですか、主!?」
「大将、いい加減に慣れろよ。毎朝その調子じゃねえか」
「むにゃむにゃ、むー」
部屋にもう一つあるベッドの上から、ネムネムなベルに抱えられた火の玉ヘッドが呆れ顔でこちらを見下ろす。デュランは朝からベルとイチャつきおって……とても眼福です、本当にありがとうございます。
頭を放置してベッドに寝転ぶデュランの胴体は、流石に鎧を脱いでいる。
細身ながらも鍛え上げられた体。死体にしては新鮮だが、首から上が綺麗に欠損していた。
うーん。鎧抜きだと単純にホラーかサスペンスだな。
首の断面は真っ黒に塗り潰されてるのが、せめてもの救いか?
「全く、俺のこのホラースタイルにはすっかり慣れた感じなのによ。ハクメンの添い寝にはなんでちっとも慣れないのかねえ?」
「いや、言うほど慣れてはいないぞ。ただ、目覚めから黒髪美女に微笑みかけられるのは刺激が強すぎて、デュランの姿に驚いている余裕がないだけというか」
「りーらー、もしかりて、どうてい?」
「男のデリケートな問題を寝ぼけ眼の舌足らずでつっつかないでくれません!?」
「主、誰もが最初は未経験。恥ずかしがることはありませぬ」
「やめて! そのフォローは死体に鞭打ってるだけだから!」
ああもう、なんでこうなった。
宿代節約のためにと、四人で二人部屋なのはいい。でも、なんで男女一組ずつに分かれて寝るんですかね……。普通、男同士と女同士で分けない?
まあベルに「デュランと一緒に寝たい」なんて言われたら、デュラベル推しとしては「どうぞどうぞ」と生暖かい笑顔で了承するのは当然。
ただ、そうなると俺がハクメンと一緒に寝る流れになるのは盲点だった!
なんかハクメンも「おはようからおやすみまで、主を御傍で御守りするのは忍者の務めですから」って乗り気だし。異性としては欠片も意識されてない感じが悲しくなるし。触れるか触れないかの微妙な距離感に、心臓バクバクで一杯一杯だし!
アレ? 寝不足気味の原因って単に俺が童貞だから? やかましいわ!
「なんか、うちのベルが本当にすまん。こいつ、思ったこと口から垂れ流しだから」
「同情するならベルと二人でイチャついてください」
「なんでそうなる!? 大将、事あるごとに俺とベルとくっつけたがるのはやめ「もっとくっつけばいいの? ぎゅー」ベルはいい加減、俺ヘッドを離せ! もう目覚めてるだろうが!? スリスリ頬擦りもやめ「ありがたやー」大将は両手を合わせて拝むなああああ!」
ああ、推しと推しのイチャイチャが今日も尊い……。
これだけで今日一日を乗り切る活力が湧き上がるというもの!
「主、こちらに水を張った桶を御用意いたしましたので、洗顔をどうぞ。洗った後はこちらのタオルを。拭いている間に私が御髪を整えておきましょう。朝食には昨夜のおかずの残りを具にしたおにぎりと、行商から購入した味噌でおみそ汁を――」
そしてハクメンのかいがいしいお世話に、俺もう駄目になりそう!
料理・裁縫・洗濯と家事万能で気配り上手なハクメンは、お嫁さんスキルも非常に高いのだ! 嫁にしたい……「ハクメンは俺の嫁」って異世界の中心で叫びたい……。人の夢と書いて儚いアレだがな!
添い寝だけで心臓が爆発四散しそうなのに、攻略とか無理無理。泣けてくる。でも朝食はめっちゃ美味いので、あっという間に平らげていく。
ああ、それにしても――何度見ても感激だ。
俺の愛する推しキャラが、目の前でこんなにも生き生きと動いているなんて。
「大将、まーたオーバーな顔してるぞ? こう、感極まった感じの」
「そのキラッキラした目であたしたち見るの、よく飽きないよねー」
「いやあ、未だに夢でも見てるような気分でさ。……大変な状況だって、わかってるつもりだ。それでも、やっぱり嬉しいんだ。こうして皆と一緒にいられることがさ」
「主は――」
ハクメンが、なにか凄く複雑な表情を浮かべる。
呆れているような、苦々しいような、それ以上に喜んでいるような?
いや、ぼっちの俺に女心の読解なんて求められてもだな。
「なんでもありませぬ。今日も一日頑張りましょう。このハクメンが、全身全霊を以て主を御守りいたしまする」
「あ、うん。ありがとう?」
じゃなくて。最初になにを言いかけたのか、凄い気になるんだが!?
デュランとベルは、なぜか二人してニヤニヤしてるし。なにかそんなにおかしいこと言ったか、俺?
「さあ、主。行きましょう」
俺が頭を捻っている間に、三人は身支度を完了させたらしい。
代表して、ハクメンが手を差し伸べてくる。穏やかな微笑が目に眩しい!
――家族はどうしてるとか、帰る方法とか、考えないわけではないけど。
今はまだ、この夢のような時間を堪能させてもらおう。
さあ、今日も推しキャラたちと異世界生活を始めますか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます