第2話:リアル推しのリアル笑顔にリアル心臓が止まりかける。


 俺、鏡音影明の最も好きなことの一つ。それは、上から人を見下して勝ち誇ってやがるクソッタレのにやけ面に、一発ぶちかましてやることだ!


「人を了承もなく呼び出しやがった誘拐ジジイの分際で、好き勝手ほざくな! 自力で自分の国も守れない無能が何様だ! 無関係な余所の他人様に頼むなら、床に頭を擦りつけるくらいは態度で示せ! 高貴な生まれなら恥ってものを知りやがれ!」

「ギャハハハハ! 図星刺されたからって逆ギレしてやんの! ガチャ運も金もない負け組くんが必死こいちゃって、マジ受ける――「どっせええええい!」ぐぴぃ!?」


 クソッタレ王のついでに、人を雑魚呼ばわりして笑いやがったクソッタレ二号にも、渾身のドロップキックを浴びせる。一緒に召喚された少年の一方、ハーレムライフがどうこうと騒いでた軟派野郎だ。


 気持ち的には顔面狙いだったんだが、所詮運動不足の大学生じゃジャンプの高さが足りず。でもそれが却って良かったか、ドロップキックは相手の股間に命中した。


「ゴチャゴチャうるさいんだよ、このレア厨が! 自分の金でレアキャラ集めるのはお前の勝手だがな、俺がどのキャラを愛用するかも俺の勝手だろ! レアリティの高さと数で他人を見下していいなんて理屈がどこにある!」

「~~~~~~~~!」


 股間を両手で押さえ、言葉にならない苦悶の声を漏らすクソッタレ二号。

 一緒に召喚された組の残る二人、インテリ系イケメン眼鏡と今時ギャルっぽい女子高生はそれを鼻で笑うだけ。助けるどころか同情する素振りもない。ざまあ。


 なんて、俺がスカッとしていられたのもそこまでだった。


「てめ、主人公の俺に向かって、よくも舐めた真似をぉぉ! 殺す、ぶっ殺してやる! ――出て来い、《ギルガメッシュ》!」


 目を血走らせたクソッタレ二号は、右手を掲げて叫ぶ。


 その手首より宙に舞い上がった《境渡りの神鏡》が光り輝き、鏡から放たれた光が人型を形作る。光が収まると、そこ現れたのは黄金の鎧を纏う長身の女性。神々しくも人間味ある、傲慢を絵に描いたような笑みの美女だ。


 ……メソポタミア文明の英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』の主人公にして、ウルク王朝の王と女神の間に生まれた半神半人。それがギルガメッシュだ。


 ただし、彼女はあくまで「地球の英雄【ギルガメッシュ】の名と力を宿すミラージュ」であり、叙事詩のギルガメッシュ本人ではない。だからこそ史実などの原典に縛られない、自由なキャラクター付けができるのだが。


 このギルガメッシュのように美少女化なんて序の口。しかし、ギルガメッシュの名に恥じない力の持ち主だということも事実である。

 現にこの、対面しているだけで意識が遠のくほどのプレッシャー!


 あ、ヤバイ。これ死ぬヤツだ。


「この無礼者がああ! 大罪じゃ、死罪じゃ! 即刻処刑せよ!」

「アハハハハ! 適当に叫んだら本当に出やがった! やれ、《【黄金女帝】ギルガメッシュ》! SSRの力をあのカスに思い知らせろ!」


 今の今までひっくり返っていたクソッタレ王と、クソッタレ二号が喚き散らす。

 ギルガメッシュは酷く億劫そうな顔をしながらも、その声に応じた。


 浮遊する玉座に腰かけたまま、指先を軽く振るう。すると虚空から黄金が粒子となって溢れ出し、それが凝結して剣や槍といった無数の武器を形成した。さながらナノマシンのごとく変幻自在の黄金は、叙事詩に登場する【ギルガメッシュ】の友、神が粘土細工より創造した【エンキデゥ】に由来する異能だ。


 空中に配置された武器、その矛先が全て俺に定められる。

 逃げ場はない。防ぐ術もない。助けなんかあるわけがない。


「え、なに? チュートリアルでもう一人脱落? 馬鹿すぎじゃない?」

「低レアなんて使ってる低能じゃ、これも当然の結末だね。やれやれ」


 女子高生はゲーム感覚なのか、目の前で人が死にそうなのに軽い反応。

 インテリ眼鏡は主人公を気取って、無様な脇役を見る冷めた目つきだ。

 孤立無援。四面楚歌。味方は誰もいない。自分を囲うのは嘲笑と蔑みばかり。


 ……ああ、ちくしょう。いつもこうだ。昔からこうなんだ。

 理不尽なことに怒って、噛みついて、その結果俺は一人になる。


 最初は、イジメからクラスメイトを助けようとしたとき。

 主犯のいじめっ子に、見て見ぬフリの生徒や先生に、俺は声を荒げて力の限り反抗した。だけど周りから疎まれ煙たがれるばかりで、俺の方が悪者扱いされて。最後は庇った相手にまで拒絶された。


『堪え性がない』『我慢が足りない』『そっちに非があるのでは?』


 冷笑混じりの訳知り顔で諭されても、納得なんかできなくて。

 この憤りは間違ってなんかいないと意地になって。

 だけど上手に立ち回る頭も、力で解決するような腕っぷしも俺にはなくて。


 わかってる。思い知っている。俺は主人公になれる立派な人間じゃないって。

 こんな俺を助けてくれる人なんて誰も、どこにもいない――。


「大将!」「リーダー!」「主!」


 飛来する刃、確定したはずの「死」を、黒い影が遮る。

 俺の《神鏡》から、漆黒の輝きと共に飛び出した三つの影。


 ――それは燃える骸骨を宙に浮かせた、首なしの騎士。

 ――それは可憐な顔に狂気の笑みを浮かべる、狼の皮を被った少女戦士。

 ――それは艶美な肢体を黒装束に包んだ、狐面の女忍者。


 まるで俺を守るかのように、彼らはそこに立っていた。

 事実、飛来した武器は全て彼らの手で弾き落とされている。


 画面越しには眼に焼きつくほど見慣れた姿。だけど、なんの隔たりもなく目にするのは初めての姿。ああ、この衝撃、この感動をなんと言い表せばいいのか!


「デュラン……ベル……ハクメン……!」

「よう、大将。俺たちも大概だが、お前さんも相当にクレイジーだな!」

「それでこそあたしたちのリーダー、って感じだけどね!」

「御命令を、主。私たちが、貴方の刃となりましょう」


 俺が《シャドミラ》で最も愛するキャラクターたち。

 俺の最推しパーティーが、現実の存在となって俺に笑いかけてきた。

 ヤバイ。嬉しさと興奮のあまりショックで心臓が止まりそう!


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