第20話 弥勒菩薩半跏思惟像

 次の日。雨が降っていた。まあ、梅雨入りが近いから仕方ないだろう。

「八雲〜。今日は納品に行くから付き合えな〜。」

今日は、新規のお客さんのところに納品だ。納品は結構好きだ。新しいところに行くと色々なものを見ることができるものだ。


「こんにちは〜。神山古物です。」

「よく来てくれたね。さあさあ、こっちに運んでくれ。」

恰幅のいいおじいさんだ。それよりも、なんてデカイ家なんだ。日本家屋だが、塀で囲われており、門から玄関まで少し歩く。立派な桜や風情のある庭。池まである。どこかのラグジュアリー感溢れる歴史的遺産の庭みたいだ。

「堀さん、ついに見つかりました。これだけのものは、早々お目にかかれませんよ。私自身コレクターとして家に飾っていたいですもの。」

社長がコレクターなのはコレクター界隈で有名だ。目利きもできる。

「わしも死ぬまでにお目にかかれることを光栄に思っているよ。社長さんありがとうございます。」


 今回の商品は、菩薩だ。それも弥勒半跏思惟像だ。国宝に指定されているものもあるぐらい有名な形だ。弥勒菩薩とは、菩薩の中でも位が高いと言われている。その理由は、菩薩の中で一番如来に近い位置にいるからだ。菩薩は、如来になるために兜率天という場所で修行をしている。釈迦の入滅後56億7000万年後に如来となり、人間界に現れ人々を導くと言われている。如来に近いと言われる菩薩が残り56億年も修行して、ようやく如来になれるとは…。俺はどれだけ修行するのだろうか。

「開けますよ。」

そう言いながらダンボールから出し、包装を剥いでいく。

 見事だ。古色づくりで、一刀彫り。片足はあぐらを組み、もう片方は下ろしている。その下ろしている足に頬を付き、瞑想をしている。いかにも寝ているように見えるが、顔は実に穏やかである。

「素晴らしい。その一言だ。それ以上の言葉は、この場を下卑たものにしてしまう。」

流石の文化人といったところだろう。この場でどのような言葉で彩っても、言い表せない。ならばいっそのこと、素直な感想が一番良い。

「すごいですね。これを一目見れただけで、嬉しいです。」

俺もそう答える。事実、ものすごい興奮している。


『御主よ。これをこの家に置くと池の龍神がその中に入るぞ。』


えっ…。でも、池には祠があってそのなかに龍頭観音がいると堀さんはいってましたけど…。


『それは本当だ。しかし、この家を建てる時、地鎮祭をした者が未熟であったのだろう。龍神を封じ込めてはいない。ただ、置物として置いた状態だ。この菩薩像は、龍神の御霊として龍神が力を使い、ここに持って来させたものだ。それだけここの龍神は力が大きくなっている。』


まじかよ。でも俺がどうもすることができないからな…。


「こんにちは。柿原です。堀さん来ましたよ。」

そういうと若いお兄さんが来た。

 だが、おかしい。この人は仏具を持ってはいるが、力が弱すぎる。

「よく来てくれた。今回はこれをどこに置けばいいかな?」

「そですね、少し聞いて見るとします。」


「そうですね。この池が見えるところに置いて欲しいと菩薩からお告げがありました。」

「そうか。ならばこの部屋の奥に置くとしよう。」


 俺はなんだか、怒りが湧いて来た。間違っていることを言っているからだ。この世界で間違うことは命に関わる。そのため後から謝罪や賠償では意味がない。


「少し待ってください。その人が言っていることは間違っています。菩薩ではなく龍神がこの家にはいます。菩薩ではなく龍神が言っていることです。」

その場の空気が凍った。堀さんが怒っているというよりびっくりしていた。ただ柿原の方が食ってかかって来た。

「何を馬鹿なことを。このような清々しい空気の家に龍神だと。ふざけてるのか!?」

「ふざけてはいません。第一そのようなことを言っても、なんの得もありません。あなたですよね?この家の地鎮祭をしたのは?』

「そうだ。この家には池があるから、そこに龍神を呼び寄せないためにも菩薩で守護をしてもらうのが普通だろう。」

 はぁ〜。この人は聞きかじってやっていたのだろう。本職ではないな。

「じゃあ、僕の言っていることことが本当かどうか見ていてください。」

そのまま、俺は靴を履いて池の前に立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る