第6話 人間の弱さ
田上さんたちが帰る前に二時間を戻そう。
そもそも、龍神などの神は血のつながりがある人たちや縁のある人たちの体を行き来している。それゆえに誰がきてもその家に取り付くものを引き出してくることができる。
しかし、それでは家などに住み着いていたり、その土地に住み着いていたりする神などはどうすることもできない。そんな時にやることが屋敷払いだ。いたってシンプルなことだ。依頼者の家に行って家の中で原因を取り除こうとすることだ。
その日程を決め、帰ろうとする時、今日のお礼としてお布施みたいなものをいただく。その料金表はいたってシンプルだ。相談一回につき1万円。しかし今日みたいなことがあると除霊代として別途もらうことになっている。加えて今回のように特別に道具が必要になった場合その代金も請求される。
そのため今回は総額で23万円の支払いを請求していた。しかし、田上さん夫妻は、快く支払いを承諾してくれた。田上さんの家は自営業だ。いわばゲン担ぎだと思え、ソコソコの貯蓄があれば払えないことはない金額だ。
しかし、それが俺ならどうだろうか。大学三年生という年齢で23万円という金額がどれだけ大きいものかというと時給1000円のバイトを1日4時間、週に5日入ったとしよう。ざっと計算しても3ヶ月以上は働きながら生活しないと貯めることができない金額だ。それを払うことができるというのは経済力があるのだろうと思った。
二家族が帰ってしばらくして、爺さんが封筒を持ってきた。なんだろうと思い、中を見ると3万円入っていた。
「こんな金額受け取れません!!第一、俺は何もしてません。」
爺さんに封筒を押し返す。爺さんは受け取ろうとせず笑いながら口を開く。
「あの人たちはお前に感謝していた。今まで安心せずに暮らしていたのが今回をきっかけに少しずつ安心して暮らせて行く。それにあの仏像を家に置くことでワシらが屋敷払いに行くまでは安心して暮らせるじゃろう。そういうの含めてお前さんへのお礼じゃ。ありがたく受け取れ。」
そう言われ俺は受け取る。今まで手に入れてきたお金は、何かしら俺が頑張って受け取ったお金だ。しかし、今回は違う。不動明王という自分以外の力を借りてその対価としてお金を受け取った。
これでいいのかわからない。そんなことを考えていると他のことが頭に入って来ず、気づいたら帰り道をバイクで走っていた。
その夜、ベランダでタバコを吸おうとする。
今日の出来事を振り返りながら、ジッポでタバコに火をつけた。
『人間とは実に弱いな。そのようなことで悩み、心を痛める。しかし、実際誰よりも欲の塊である。そんなものだ。』
不動が語りかける。俺は、そんなことはないと考えつつも、心のどこかでそれを肯定している。
『人間は何かにすがろうとするものじゃ。それは仏であろうが神であろうが同じだ。そして人間の心は神や化け物の類や仏の悪の部分好んで入ろうとする。わずかな隙間でも入れないほど強大な神や化け物は入ろうとする。そのため、今日のようなことが起こる。それを祓いのけ、我々がしっかりと守護して行き、導いて行く。そのようなことを間近で見続けるお前は、ある意味お前の望む非日常なのではないか?』
そう言われるとそうなのかもしれない。
自分は、いつも他人とは絶対的に違うところが欲しかった。それがついに手に入ったのである。
俺は、これから先どうなって行くのかが楽しみだ。心が熱くなり、高揚する。
『しかし、肝に命じておけ。その満足感がこれから先少しでもお主の思い描いていたものととズレが生じた場合、いままでお主が払ってきたもの達がその心の隙間を喰らいにくるぞ。不動明王の加護が少しでも薄れていれば、お主は其奴らに殺される。その死に方は無残なものである。お主が人であったという形がなく死ぬようになるかもしれない。』
ゾッとした。俺が今からやって行くことの重大さに今気づいたのかもしれない。そもそも、人間が正しいという考え方をしていた。
しかし、勝手に神や霊が住んでいたところに勝手に踏み込み、その土地を荒らし、生活をしていた俺たちは、神から罰を受けても仕方がないのかもしれない。
それを不動明王の力を借りて、無理やり俺らが生きやすいようにしている。
加えて俺はその行為に大きく貢献している。
そんなことをして入れば、当然報いが来てもおかしくない。
『そうならないように、お主はしっかりと不動明王を祀っていけ。そうすれば何事からもお主を守っていく。』
その夜は、不動明王にいろいろなことを教えてもらった。経典だの不動明王達十三仏についてや神達について。
人間とは、勝手だ。しかし、人間は弱い。俺もその一人だ。
だからこそ、そこしっかりと理解していかなければならない。
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